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幕間 光、奪い去る者

 魔人――アンヒュルの領域の、誰もやって来ないであろう険しい山奥に居を構えている金髪の男は、ベッドから上半身を起こし、周囲の状況を見渡していた。


 辛うじて下半身が隠れ、上半身は一糸纏わぬ細く、筋肉質な身体を惜しげも無く晒す男の部屋にはある種の地獄が表されていた。


 隣に横たわり、白い布で適当に掛けられた女が一人。

 そして中央辺りに穴の空いた椅子に四肢を拘束されている少女が一人。


 その少女が座っている椅子の下には、木の桶が置かれている。


 彼女たちは虚ろな目でどこか適当なところを見ていて、朝の光を浴びていても大した反応一つ返していない。


 どこか壊れた、光を失った瞳の二人の違いは一つ。

 ベッドの女は布を剥げば男と同じ何も纏わぬ姿であり、少女は一部分以外きちんとした服を纏っている……という点だ。


 男の方は大して興味もない様子で欠伸をして、身体を起こし、身支度を整えていた。


「失礼しますよ」


 そんな狂気渦巻いた場所に、ノックの音ともに入るのは一人の男。

 元から部屋にいた男とは違って、その目には知性を宿している。


 丸い眼鏡を身に着けている男は、部屋の中に入ってすぐにむせ返るように立ち込めた臭いと、その惨状を目の当たりにしたせいか……眉をひそめて女と少女をそれぞれ見比べていた。


「……なにをするかは本人の自由ですが、せめて約束がある時は――」

「ああ、うるさいうるさい。何をしようと俺の勝手だろうが。

 それとも、お前は俺に指図できるほど偉いのか? ん?」


 気だるそうに眼鏡の男を睨んでる彼は、相応の迫力を持っている。

 威圧されてしまった方は、怖気づいて足を止めてしまった。


「そういうわけではなく、最低限の礼儀をですね――」

「知るか。俺に礼儀を弁えてほしけりゃ、それなりの事をやれ。わかったか?」

「……わかりましたよ。それで、彼女は?」


 これ以上、下手な事を言って男の機嫌を損ねてしまっては敵わない……とばかりに眼鏡の男は視線を少女の方に移した。

 少女の何も移さないその青い瞳を見ながら、顔をしかめ、酷いものを見るような視線を向ける。


 さらさらした白の入り混じったその金髪にそっと手をかざしても、何の反応もない少女に対し、眼鏡の男は静かにため息をついた。


「……彼女にはやりすぎないように言われているはずでしたが?」

「はっ、そんな青臭いガキに手なんか出すわけないだろうが。

 部屋が汚れるから下着だけは脱がしたが、それ以外は何もしてねぇよ。

 ま、その分はこの女で愉しませてもらったがな」


 まるで道具を扱うかのようにぽんぽんとベッドの女を軽く叩く男には反省の色は一切なく、むしろ仕事をしたのだから文句を言われる筋合いはない……そういうかのようだった。


 眼鏡の男は再度ため息をついて、あられもない少女から目を逸らし、臭いを追い出すために部屋の窓を開放する。


「部屋を汚すような事をするからですよ……」

「なるほど、それじゃあお前は、俺の責めに耐えきれると――そう言うんだな?」


 男の楽しげな視線が眼鏡の男にまっすぐ向かうが……彼はすぐにその視線から逃げるように身体を左に移動させる。

 あまりの事に思わず呟いてしまった言葉が男に聞こえていたことに眉をひそめるのも当然。


 眼鏡の男は男が何をしているか一部始終を見たことがある。

 だからこそ、彼は男には逆らえない。

 男の与える恐怖に耐えられる者は、この世に一人もいないと言えるのだから。


「それで、彼女は元に戻るのですか?」

「当たり前だ。俺が少し弄ってやればあっという間に元通りだ。

 精神が逝く一歩手前まで追い込んでやったから、二度目が無いことくらい十分理解できてるだろうよ」

「……見たところ、そこの女性と同じように見えるのですけど?」


 眼鏡の男が視線を向けたのはベッドで横たわってる女性のことだった。

 少女と女性の状態の違いがいまいち理解できない眼鏡の男は疑問を投げかけたが、男は馬鹿にしたように鼻で笑う。


「俺の能力は死んだ心までは元に戻らない。いくら消しても戻しても壊れてしまう。

 詳しいことはどうでもいいが、女はもう死んでる。そいつは生きている。

 それだけわかれば、どうでもいいだろう?」

「……そうですね」


 男は心底どうでも良さそうに女と少女を一瞥している。

 彼にとって、最早その二人はその程度の存在というわけだ。


 もっとも、恐怖を植え付けられた少女が再び反発すれば、また嬉々として少女を壊しに行くであろうが。


「わかりました。

 それでは、早速してもらって構いませんか?

 あの方が駒を所望されておりますので……」

「……仕方ねぇな。ちょっと待ってろ」


 眼鏡の男が『あの方』と言った瞬間、男はため息とともに少女の方に近づいていく。

 それほどまでに男にとって、『あの方』と呼ばれている存在の言うことがどれだけ絶対であるかわかるほどだ。


 男が準備しているのを横目に、眼鏡の男はじっと少女の方を見る。


「君が悪いのですよ。何も知らずに余計なことをするから」


 眼鏡の男が憐れむような目で少女を見ても、彼女は反応の一つも返さず、どこか虚空を見るばかり。

 以前の少女の姿を知っていて、面倒を見ていたからこそ、複雑な思いが胸中に渦巻いているようだった。


「これで少しは反省することを願っていますよ……ルーシー」


 その言葉にすら反応はなかった少女――ルーシーはその呟きの直後に男によって恐怖を取り戻し……聞くに堪えない悲鳴を周辺に響かせる。


 周囲には誰もいないそこではどれだけ悲鳴をあげても、助けを乞うても誰にも気づいてもらえるわけもなく……ルーシーは自分を取り戻すまで、ただひたすら恐怖の渦に囚われ続けるのであった……。

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