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幕間 愛しき者の為に

 ――人の住む区域にあり、最も寒い地域に拠点を構える国……シアロル。


 国の中心になるにつれて土地はやせ細っていき、雪の降り積もらない日は少ない。代わりに鉱石が豊富に取れる国のためか、農作業は基本的に他の国に近い領域で行い、その分手厚い守りと保護を受ける事になっている。


 そういう特性上、シアロルは他国に攻められると真っ先に食糧を豊富に持つ都市から順に落とされることになるという弱点を抱えている。


 だからこそ、この国は他国が侵略することを決して許さない。

 以前アリッカルを拠点にしていた盗賊たちがいたが、シアロルの農業都市に手を出した途端、アジトは瞬く間に制圧され、敵は皆殺しにされたという記録がある。


 自国の領土を一時とは言え侵攻したことに対し、アリッカルは抗議もせず、むしろ何も言わず黙認するほどだ。

 そのことからも、シアロルの軍事力の恐ろしさを垣間見える。


 だが、彼らは決して他国を攻めることはない。

 現皇帝であるロンギルスが何を考えているかはわからないが、少なくとも彼がその点に関して興味を示さないことで、世界は均衡を保っていると言えるだろう。


 彼の興味は他のどこかにあるようにも見える。

 だが……それは恐らく誰にもわかることはない。


 詮索する者は、ことごとくが行方をくらませてしまう事が、その証拠になるだろう。


 ――『この世界の国々の在り方』抜粋――



 ――



 シアロルの首都であるクワドリスの城……その一室。

 そこは他の部屋とは格が違い、決して自己主張をしない家具たちが主の生活を支えていた。


 男は片手に他の国の物よりも透明度の高いグラスに入ったシャンパンをゆっくりと傾けながら香りと味を確かめていた。


 その様は正に気品に満ち溢れており、他の者とは画する雰囲気を放っていた。

 大きな窓の外には銀の世界が広がっていて、それは彼の心を遠い過去へと連れて行ってくれる。


 その過去に思いを馳せていた男のところに、ノックもなしに扉が開く。

 そこに現れたのは一人の少女。


 薄く光る白金の髪に、宝石のように輝く青い瞳。

 整った顔立ちはまるで人形のにも思える神秘的な美しさを秘めている。


 どこか陶器のように無機質な表情をしていたその少女は、男の姿を見つけた途端、その様子を一変させる。

 銀の世界に咲く一輪の麗しき花……彼女の見せる笑顔は周囲にそう形容されるほどだ。


「来たか」

「Мой любимый папа!」


 微笑み返したその男に向かって、脇目もふらずに少女は駆けていき、勢いよく抱きつく。

 もし、これを他の者がやれば、間違いなく死罪になるどころか、その場で殺されてしまっても文句は言えないだろう。


 それだけの地位がこの男にはあり、それすら認められるほど、この少女は男に愛されていた。


「ははっ、私もだ。Любимая дочь」


 グラスをテーブルの上に置いた彼の目には、少女と同じ色欲に帯びた熱い視線。

 傍から見れば、二人の関係は背徳的だろう。


 愛し合う者たちには自分たちだけが世界の全てであり、その他の者たちは足元にも及ばないからだ。


「ん……ちゅ、ちゅる……はっ、ちゅむ」


 指し示したかのように貪るように愛を確かめ合う二人は、互いに強く抱きしめ合う。

 どれだけ長く、濃厚な愛を交わしていただろうか……名残惜しげに離したそれは艷やかに光る透明な糸がたらりと垂れ、少女の胸元に落ちた。


「知ってはいるだろうが、お前にはこれからある仕事をしてもらいたい。

 わかっているな?」

「Да」

「よし、いい子だ」


 男は強く抱きしめ、少女の髪の感触を確かめるようにゆっくりと撫で、少女はうっとりとした表情でそれを受け入れ、男の胸に顔を埋めていた。


「今回の仕事が終わったら、一日、時間を取ろう。

 そこでじっくりと……愛を語ろうではないか」

「……うん」


 熱に浮かされた視線を送る少女は、その情欲に塗れた表情で我慢できないとばかりに男の胸板を触りながら頬を擦り付け、愛情を注いでいく。


「……どうした?」

「あ……」


 あまりに物欲しそうな目をしていた少女に、意地悪そうな笑みを男は向けていた。

 少女は甘える時、好きだと言うことは普通に口にすることは出来るが、行為を催促する時は必ず恥ずかしがって中々口に出せずにいる。


 だからこそ、男は『きちんと言わないと何もしないぞ?』というような態度を取って少女の赤い染まった顔を見物しているのだ。

 少女はむくれるように少し頬を膨らませるが、またすぐに恥ずかしがってちらちらと男の様子を伺ってしまう。


「……もっと、キス、して。

 後でじゃなくて、今。いっぱい、愛をちょうだい」

「……いいだろう。私の愛しい、殺戮の女神」

「царь……愛してる」


 そっと、男は少女の頬を撫で、引き寄せるように顔を近づける。

 徐々に近づくその時を待ち焦がれるかのように瞳を潤ます少女を、愛おしそうな表情で男は見つめた。


「お前を見た者は、その姿に羞恥を知り、己を恥じるだろう。

 咲き誇る薔薇も色褪せ枯れゆくほど、美しい」


 男の言葉を一身に浴び、心の奥底から嬉しそうに頬を緩ませる少女の口を、男はゆっくりと塞いだ。

 外には一面の銀色の世界が広がり、少女と男はその世界に埋もれるように、互いに愛を確かめ合う。


 何度も……何度も……この白と黒の境目に溶け合うように一つになっていく――。

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