はじめてのランク測定〜どいつもこいつもクソばっか〜
訓練所からそのまま王の言っていた公園へ転移する俺。天気も良いので沢山の人が公園を行き交っている。が、特に俺を気に止める人はいない。残念だ。学生デビューの俺をもっと見てほしいのに。
「おはようございます。時間ぴったりですね」
そんな俺に声をかけてきたアーク。俺と同じブレザーだ。俺と同じブレザーだ。やべ、嬉しすぎて二回も言っちまったぜ。
「おっすアーク! 敬語抜けてねえぞ!」
「……ちゃんと眠れたか、フィア」
「ばっちり! 目覚めは最悪だったけどな!」
「?」
話しながら公園を出て学園に向かう。歩いて二十分くらいかな。その間に王へ思伝を送り、魔力を抑えてもらった。うおおお超気持ち悪い! 落ち着かねえ!
「おいフィア。今なんか魔力が……」
「王に封印してもらった。あれ? 分かる?」
「俺は膨大な量の魔力ならなんとなく気配を感じる。それが無くなったからな。それにしてもちょっと……抑えすぎじゃないか?」
だよね!! やっぱりそう思うよね!? だって違和感ハンパないもん。便秘って感じ。
「いや、なんかさ。生まれつき魔力が少ない奴が学園でどんな扱いされるのかを身をもって知れって、王が……」
「マ、マスター! そんなお考えを……!」
「ちが、だから王が」
「流石です。なんて深いお考えをお持ち……持っているんだ」
ちょ、こいつ途中から無理やり敬語外したよ。無理があるだろ。そんな何も無かったような顔してんじゃねえよ。
「もういいや。そういうことで……」
「フィア。着いたぞ」
いつの間にか俺の一歩先を歩んでいたアーク。かけられた声に反応して顔を上げれば、最初に目に入ってくるのはアークの暗い金の短髪。そこから顔を傾けると、俺の待ちわびた学園があった。白を基調とした校舎。なんか美術館みたいに立派だ。恐らく教室があるであろうその大きな校舎の左にでかい体育館と、右には校舎のちっちゃい版みたいな建物が二つあった。科別の実習棟だろうか。こっからは見えないけど校舎の向こう側にも何か建ってそうだ。
感覚をよーく澄ませると、その全てに厳重な強化コーティングがされているのが分かる。魔力の暴発とかでぶっ壊れるのを防いでるんだろうな。中からも外からも衝撃に強くなってる。つーか、
「遠っ!!」
校門から校舎までが遠いわ! 五百メートルくらいあんじゃね? 両サイドに桜が植えられ、並木道みたいになってる。校舎までの一本道はコンクリートだが、両脇の敷地は全面芝生で、ベンチとか噴水とか花壇とかあって、なんかもう訳わかんねえ。やっぱりここ美術館なんじゃないかな。
「イオール国最大の魔法学園だからな」
「それにしてもすげーな。さすが国王」
そうです。この学園建てたのブラスディア国王です。国王が学園を建設し、国王の家臣の一人が学園長として運営しているので学園の名前はそのまま『ブラスディア学園』。略してブラ学とか呼ばれてる。ブラジャーみたい。
「フィアは取り合えず教員室だったな。教員室は校舎二階の左から三番目の教室だ。プレートがあるからすぐ分かるだろう」
「俺もついに学生か。き、緊張してきた」
「大丈夫だ。クラスには俺がいる。自己紹介だけ考えておけ」
そう言って笑みを浮かべるアークさん。はい皆さんー。ここにイケメンがいますよー。つーか俺達を抜かして校舎に向かっていく生徒さん方が ちょいちょい振り返ってくるんですけど! なに!? やめて見ないで! いくら俺が格好いいからってそんな!
「あ、あの、アークくんおはよう!」
「ああ」
「よっすアーク! 今日ははえーな!」
「まあな」
「アークおはよー!」
「おはよう」
あ、そうですか。皆さんアーク目的ですか。なんだこいつ! モテモテじゃねえか! もうなんかアレだ。お前が孤高の制裁者でいんじゃね!? だってこいつクールだし。しかもクールだし。あとそうだな、クールだし。
「どうしたフィア」
「いや、ちょっと自分という存在価値を振り返ってみた」
「? そうか」
若干落ち込みぎみながら校舎に入ると下駄箱がずらりと並び、みんな靴を脱いでそこへ入れ、変わりに室内用のローファーを出して履いている。
「なんつーか。あんまり魔法使わねえんだな」
「ここは魔法を勉強するための学校。学び途中の未熟な力をむやみに使わずに生活するのが、この学校の方針だ。でも魔動力のエスカレーターはある。教師は運動を嫌がるからな」
「駄目じゃん!」
しかし困ったぞ。俺には室内用のローファーなんか無い。靴下か。別にいいけど。そう思いながら靴を脱いだときふと鞄の存在を思い出した。もしやと思って見るとローファーが入っている。
シジイぃいい!!
「良かったな」
「いやあ、やっぱ王だな!! 下の者のことをよく考えてる!! 素晴らしいよ!! そしてこのローファーがカパカパじゃなければもっと素晴らしかった!!」
履いたはいいがサイズが大きすぎる。三歩歩くと靴が置いてけぼりだ。仕方なく片手をかざしてサイズを変える魔法を放つことにした。ちょっとだけ小さくしたり大きくしたり出来るっていう、なんか謎のめっちゃ簡単な魔法。魔法名とか言わなくても出来ちゃうくらいの。そして魔力をこめて放出した瞬間、俺は驚愕した。
…………出来ない。
ちょおぉおおい!! ど、どういうこと!? なんか すかしっ屁みたいのしか出なかったんだけど!! ちらりとアークを見てみれば、そこにあったのは俺以上に驚愕した瞳。沈黙が流れる。
「フィ、フィア。これは……一体」
「ふんぬぉおおお!!」
呆然と呟くアークを無視して、俺はかざした手に精一杯の力を込める。力を込めて、込めて込めて込めて、そして叫んだ。
「縮小ぅ!!」
めっちゃ叫んだ。なんとか魔法は発動し、ローファーは俺サイズになる。俺は両手を床について荒い息を必死に整えた。つ、疲れた。ヤバイなこれ。予想以上だ。あまりのショックに固まったまま動かないアークの前に立ち、俺は満面の笑みを浮かべる。
「アーク。俺、泣いていいかな?」
皆さん、ここに能無しがいますよ。
「だ、大丈夫だフィア! 考えてみろ。一発でぴったりのサイズに出来るのも凄いことだろ? 魔力は少なくたって、それを扱う技術は衰えていない! なっ?」
「ありがとうアーク。こんな、能無しの俺を……」
「しっかりしろフィア! 今のお前は抑えられてるだけで、本当は俺より凄いんだ! ほら、夢の学園生活が待っているんだろう?」
その言葉にハッとする。そうだった。学生の俺には魔力なんて大した問題じゃない! 楽しい学生生活が俺を待っている!
「そうだった。俺としたことが……! ありがとうアーク! 俺、負けない!」
「あ、ああ……」
俺のテンションの変わりように若干引いたアークを気にもせず、俺は教員室への階段を駆け上がった。今なら、他の生徒さん達の不審者を見るような目だって気にならない気がする。アークの言った通り、教員室と書かれたプレートの前で制服を整えた。深呼吸を一つし、扉を開ける。さすがにここはちゃんとしとかないと怒られそうだ。
「失礼します。本日よりこの学園に編入することになった、フィア・リエルトです」
「おお!? お前がフィア・リエルトか! いやあ待ってたぞ! 待ちくたびれたぞ!」
そう言って人懐っこい笑みを浮かべて向かってくるのは筋肉もりもりの大男。少し長めの坊主頭で、こめかみから後頭部にかけてを三本線にソリこんでいる。耳はピアスまみれ。ジャラジャラうるさい。そんで恐いくらいに歯が白かった。
「お前の担任のスティオールだ。おお!? おまえ八重歯があるのか!! 素晴らしいな!!」
意味が分からない。こいつ俺以上に訳わかんねえな。そしてタコだらけのごつい手で握手してくる。別に握手は良いんだ。握手は良いんだけどそんなに握力フル活用する必要あるかな!?
「いでででで!! 痛い痛い!!」
「ス、スマン! 強く握りすぎたか!?」
慌てて離すスティオール先生。骨がギチギチ鳴ったんですけど!? なんだこいつ! 天然か!?
「よし!! では行こう!! 素晴らしき学園生活の始まりさああ!!」
「だから痛いって!! 引っ張んな!! 超いてえ!! 聞けよコラ!!」
他の教師はいつものこととでもいうように助けてくれない。半ば引きずられるようにして俺は教員室を後にした。行き着いた先は三階の一番端の教室。一年A組だ。この学校は一階が三年、二階が二年、三階が一年のクラスとなってるらしい。三階の一番端とか。遅刻しそうだわ。
「まずは俺が入るからなフィア・リエルト。俺が呼んだら入ってこいよ? いやあワクワクするな!」
なんでお前がワクワクしてんだ。俺のワクワクをパクんな。
俺の返事も聞かずに意気揚々と教室に入っていくスティオール先生。廊下まで聞こえていた騒がしさが段々静まり、スティオール先生の声が響いてくる。何やら朝の連絡事項をささっと済まし、そして俺の話になった。
「よし! じゃあここで嬉しい知らせだぞお前ら! なんとこのクラスに! フィア・リエルトがやってきた!」
ちょ、なにそれ!! なんで有名人が来ました的な感じんなってんの!? うっわ教室めっちゃ静かなんだけど。どうすんのこれ。俺どんな感じに入ってけばいいの。
「さあ入ってこい編入生! 緊張することはないぞ編入生!」
あ、編入生そこで言うんだ。駄目だ俺。こいつについて行ける気がしない。手のひらの訳の分からない汗を我慢しながら、妙に重たく感じる扉を開ける。当然のことながら教室中の視線が全てこちらに向いていた。 半端じゃない緊張感のなか感覚の無い足を必死に動かし、教卓の横に立つ。ニヤニヤするスティオール先生。まじぶん殴ってやろうか。
「さあフィア・リエルト! 一年A組へようこそ! 自己紹介だ! まずは名前だなフィア・リエルト!」
うん、そうだね。もうお前が何回も何回も言っちゃってるけどね。
誰一人喋らない教室で、自分の呼吸音すら皆に聞こえてしまいそうだ。だがしかし! 俺にはそんなこと関係ないね! 念願の学生だぜ学生! おれ学生! うおおテンション上がる! 俺はみんなから目線を外してチョークを取り、言われてもないのに黒板に名前を書いていく。
「フィア・リエルトだ! これからよろしく!」
教卓に勝手に両手をついてそう叫ぶと、意外とみんな友好的に拍手してくれた。あれ? アークが涙目だ。お父さんかよ。
「よおおおし素晴らしい挨拶だ! じゃああとはランクでも発表しておこうかフィア・リエルト!」
その言葉に俺とアークの二人ともの顔がひきつった。ランク。そんなこと言わなきゃいけないのか。
ランクってあれね。強さ順みたいな。魔力量とか技術とか判断力とか全部考慮して出されるんだけど、一番重要なのは魔力量で、次が技術かな。まあ最初は魔力量だけでランク分けされて、技術とかも考慮したランクをつけてほしい場合は自分で試験を受けるしかない。その試験も、特定の地位の人の推薦と、お金が必要だったりする。大人の汚さが垣間見えるな。
ランクは下から順にG・E・D・C・B・A・S・SS・X・MASTER……と、結構多い。学園に通うような人は大体出だしがDかCで、卒業までにAになれたら優秀。極たまにSとかになっちゃう奴もいる。
そしてそう! 俺MASTER! だからギルド"マスター"って呼び方なんだぞ。ギルドのトップの通称はギルド"リーダー"だからな。ギルドマスターって呼ばれてるのは俺だけ。カッコいいだろ? 残念ながら今はマスターのマの字も無いけどね。自分で言ってて涙出そう。
だから大変だ。俺いまのランク分かんないもん。自分のランクも知らないくせに魔法学園に通うとか、つまりあれだよ。恥ずかしいんだよ。やる気あんのかよ、みたいな。
「あ、えっと……ランクは~……」
先程とは一転。蚊の鳴くような声で戸惑う俺。アークなんかおろおろしている。これはもうどうしようもないな。分かんないんだし。
「分かりません。計ってください」
諦めて言うと教室がざわついた。なんで分からないんだとか、何しに来たんだろうとかもうテンプレ通りです。いや俺のせいじゃないって。ジジイのせいだって。
そんな俺にスティオール先生は一瞬きょとんとしたが、すぐに何事もなかったかのように教室の棚をごそごそし出した。
「そうかそうか! よし俺が計ってやろう!」
何だか嬉しそう。そしてでっかい水晶玉を出してきた。なんか汚え。なにあれ。ホコリと蜘蛛の巣まみれのそれを服の裾で適当に拭き、俺に渡してくる。女子の小さい悲鳴が上がった。可哀想にスティオール先生。たぶんしばらくは女子近寄って来ねえぞ。
久しぶりに持った水晶。人の顔くらいはある大きな玉だ。俺はそれを両腕でしっかり胸に抱えこんだ。抱っこするように。おい勘違いするなよ。こういう計り方なんだからな。
これ持って魔力を少し流せば水晶が光り、それを感知して自然に最大魔力量を算出してくれる。というわけで魔力を流して……。
流して。
流して……。
光んねえんだけど!
みんなはまだ俺が流して無いんだと思って、早くしろよ的な目で見てくる。いやいやいやいや流してるからね!? もしやこれはあれか。縮小やった時と同じパターンか。
俺は大きく息を吸い、腹に力を入れる。そして魔力を貯めて貯めて、必死に流し込んだ。
「ふぉおおおお……ッッ!!」
これはなんの羞恥プレイですか。水晶抱き抱えて腰を落とし、顔真っ赤にして力む俺マジ阿呆みたい。
そしてようやく、水晶はポヤッと光った。この光り方はまさか……。
みんなも俺と同じことを思っているらしく、信じられないといった表情で固まっている。そして水晶に浮かび上がる一つの文字。
『G』
最低の中の最低ランクだった。
分かってたけどね! もう何でもいいわ! Gランクとかぶっちゃけ初めて見た。この年で能無しと呼ばれるのはEランク。平均と言われてるDやCと比べて一段階しか違わないが、その差は歴然だ。DやCはいっぱいいるがEなんて極たまにしかいない。
でもそれ以上なのがGだ。気づいたと思うけどFランクってのは存在しない。わざわざEの次のFを飛ばして区別されたのがG。つーかGランクの人を見つける方が難しいって言われてるくらい。世界中に両手で数えられるくらいしかいないんだから。
だからつまり何が言いたいかというとですね。皆の視線が痛いということですね。あのスティオール先生さえ黙らせた俺! 凄くね!? もはや教師を越えたぜ! ははっ、超ウケる……。
物凄く長い沈黙が流れる。とその時、窓際の一番後ろの席のアークの機嫌がよろしくないことに気付いた。だぶんこれはあれだ。王に怒ってる。いくらなんでも抑えすぎだ……と。
や、でも王は悪くない。あんなに疲れてまでやってくれたのは本当にありがたかった。そうだな。だからジャイアントスイングくらいで許してやろうかな。
「す、凄いじゃないかフィア・リエルト!!」
その時スティオール先生が鼻息を荒くしながら俺の肩に掴みかかってきた。どうしたコイツ。頭イカれたか。
「Gなんて! 先生は初めて見たぞ! 素晴らしいフィア・リエルト!」
「いや、あの、先生……」
「魔力量なんか特訓すればすぐ増える!! これからどうとでも強くなれる!! 伸び代の塊だぞ!? よし、君は今日から先生と二人三脚だ!!」
駄目だこいつ。早くなんとかしないと。ていうか一瞬嫌みかましてんのかと思ったら違うな。こいつ本当に感動してるみたいだ。そんな事を思っていた時だった。一番前の席にいた厳つい見た目の男子生徒が吹き出したのは。
「……ぶはっ!! あはははは!! 超ウケる!!」
机に突っ伏して大笑いする男子生徒。よくよく見ると、みんな近くの席同士でクスクス笑いあっている。あまりの空気の違いについていけずボーッとしていると、男子生徒は顔をあげて目元を拭った。
「おいみんな! 超レアな能無しが来たぞ! ぶはっ、GだってよG!」
「ふふ、やめなよジル~」
「おれ初めて見た!」
「サインくださいフィアく~ん」
一気に騒がしくなる教室。あれ? これってもしかして、俺めっちゃ馬鹿にされてる?
「おいG! 学校間違えたんなら大人しく戻れよ?」
「あんなに堂々と自己紹介しといてGだって! 恥ずかし~!」
なんだこの一致団結具合は。凄いなお前ら。ていうか俺は聞き逃さなかったぞ。あだ名のように『G』とか呼びやがったのはどいつだコラ。
みんな俺の話題で雑談を始めやがった。なんつーか、聞いてた以上だな。能無しが学園でどんな扱いをされるのか。まさかこんな短時間で知れるとは思わなかった。馬鹿にされているのは分かる。編入生でもクラスメイトでもなく、一瞬にして俺の立ち位置は限りなく格下の能無しへと落とされた。みんなの目が違う。もう、俺を自分と同じ『人間』として見ていないだろう。でもなんだか妙に落ち着いている俺。
目の前の人間のランクが自分達と違うものだと判明しただけでこの変わりよう。こんなものでしか、こいつらは人を判断できないのか。
くだらない。
楽しみで仕方なかった学園生活への思いが、なんだか妙に冷めていくのを感じた。