今日から俺は学生です!
結局聖白へ戻ったのはもう日が沈んでから。報酬は受け取ってない。全部村長に返すよう伝えた。
あーもうやべーよ。なんかすげえやるせない。だってさ、遅いじゃん。散々村人殺されてから魔獣殺ったって正直意味がないと思う。大体任務の依頼が来てから行くってのがおかしいんだよな。任務が来るってことは誰かがもうどうしようもない状況になっちゃったってことじゃん。金払ってでもどうにかしてほしいってなるくらい。
それって人々を守ってるって言えんのか? そうなる前に助けてやるのが、守ってるってことなんじゃないか?
さっきからそんな考えばっか頭によぎる。暗い気持ちでギルドの中へ入り、自室のある三階へと向かう途中、アークに会った。
「お戻りでしたか、マスター」
「お! アーク!」
隊員たちの前でなければ俺たちはただの友達だ。俺は勢いよく肩を組む。
「マスター。キャラが崩れてますよ」
「二階じゃん。別に平気だろ」
幹部の部屋と会議室等しかない二階には、一般の人や隊員たちは通常来ない。まあでも野郎同士で肩組んでるのも気持ち悪いのですぐに離れた。
「何処へ行かれていたのですか?」
「任務。その前は国王んとこ」
「ああ、俺にも思伝がありました。本当に通われることになったんですね」
「 そうなんだよ! しかもお前と同じクラスだって! うおおお超テンション上がるわ! 学校ってなにすんの!? 戦えばいいの!?」
「いいわけないでしょうが。勉強ですよ勉強」
呆れたようにため息をつく。つーか勉強ってどうすんの? 俺独学しかしたことねえよ。あ、でもエスカに教わったりしてたことあったな。あんな感じかな。
「勉強の方はマスターは心配なさらずとも大丈夫だと思います」
「マジか! さすが俺! ていうかお前、敬語禁止な」
アークが固まる。こいつ目付き悪いし金髪だから真顔で見られると恐いんだよね。ちびっちゃいそうだぜ。
「な、なに言ってるんですかマスター」
「だってクラスメイトになるんだぞ? 敬語とかおかしいって。皆からしたら『お前誰だよ』ってなるって」
「無理です無理無理無理! マスター、いいですか!? それは俺にとって、死ぬまで逆立ちで歩けって言ってるようなもんですよ!」
「『ですよ』じゃねえよ! 全然ちげえよ!」
俺、たまに思うよ。こいつ馬鹿なんじゃね?
「俺に敬語使わないやつなんかいっぱいいるじゃん。マリムとか。しかもお前は同じ年だし、昔は普通に喋ってたじゃんか」
「昔の話です」
「じゃあ命令ってことで! 頼むよアーク! お前に敬語使われると俺が変な目で見られるんだって! あ、だからマスターって呼ぶのもやめて! ほんとお願いします!」
「な、なにしてんですかマスター! わ、わかっ、分かりまし、分かったから!!」
ガバッと土下座する俺。どうだ、華麗だろ? そんな俺を慌てて立たせるアークまじウケる。でもこれで大丈夫そうだ。
「慣れないが仕方ない……」
「さすがアーク! 順応速い!」
「そんなことよりフィア。お前ギルドマスターという立場にいながら気軽に土下座するとはどういう了見だ」
「……へ?」
「立場をわきまえろ。こんなところをもし見られたらどうするつもりだ」
「あ、あの。アークさん……」
「お前を慕っているやつは沢山いる。もっと堂々としろ」
なんて堂々としたアークさん。ていうかどういうことだ。敬語やめさせたら口うるさくなったぞ。お父さんかよ。
「あ、いや。すみませんほんと」
「……言い過ぎたな、悪い。今日は早く寝ろよ」
微笑を浮かべてそう言い残し、去っていくアーク。イ、イケメンんんん!! なにあの人! 超イケメン!! どんだけ男らしい性格してんだよ!!
それから一人取り残された俺は、大人しく三階へと向かった。三階は完全に俺専用。ぶっちゃけ俺、ここで暮らしてます。だってお風呂とかベッドとか全部あるんだもん。でもここで本格的に暮らしてんのは俺だけね。アークは学園行ってるから学園寮だし、マリムやエスカは自宅がある。
だがしかし!! 俺だって明日からは学園寮さああ!! なんて素晴らしい!!
俺は自室に届いていた制服を広げてハンガーにかけ、それを体育座りでニヤニヤ眺めながら眠りについた。
翌朝。
「うおッ……ガハッッ!! いてえッ!!」
俺は朝六時半に体がぶっ飛び、壁に叩きつけられて目を覚ました。意味わかんないよね。ごめんね。これ、俺が寝る前に仕掛けといた魔法です。朝六時半に小さい爆発が俺の体を吹っ飛ばすように。でもやめときゃよかった。超いてえ。
「しかし!! 寝坊するよりマシさ! そうだろう麗しの太陽!! ぐっもーにーんんん!!!」
カーテンを開け放ち、腕を大きく広げて叫ぶ。と同時になにかがこの部屋へ迫ってくる気配を感じた。ノックもせずに俺の部屋の扉が開け放たれる。
「うっさいわよクソマスター!! ぶっ殺すわよ!!」
しくった。マリムもう来てたのか。早いな。
「お、マリムおはよう! 今日は早いな」
「まあね。うちのどうしようもないマスターが本当に学園に行くことになったって言うから」
腰に手を当てて中に入ってくる。こいつはアレだな。姉ちゃんみたいだ。だがよくみるとマリムはエプロン姿だった。いつもは緩い三つ編みヘアもポニーテールに上げている。
「お弁当。作ってあげたわよ。持っていきなさい」
「マジか!?」
マリムが差し出したそれはペイズリー柄のお弁当包みにくるまれていた。速攻で駆け寄り大事に受けとる。
「マジだ!! お弁当だ!! 俺の憧れのお弁当!!」
「まったく、大袈裟ね」
「大袈裟じゃねえよ! 俺お弁当とか初めてだ! さすが実年齢四十ニ才! 主婦の鏡ぶべらあッッ!」
言い切る前にボディーブローが炸裂した。いけね。あまりのテンションについ禁句を……。
「あの、本当に申し訳ありませんでした。マリムさんが実は四十ニ才で、魔法で若作りしてるなんてことは他の隊士には言いませ……ぐふぅ!!」
「あんた反省してんの!?」
やべぇ、色々間違えた。殺される。
と思ったらマリムの怒りは意外とあっさり収まり部屋を出ていった。あんまり怒って俺が遅刻すると大変だかららしい。主婦の鏡どころじゃねえな。あいつは主婦の化身だ。
顔洗って歯を磨いて、そしてハンガーにかけた制服を手に取る。黒に近い紺のブレザー。格好いいな。やべーもう超テンション上がる。大丈夫かな俺。これ着て、嬉しさのあまり死んじゃったりしないかな。
本気でそんなことを思いながら袖を通し、全身鏡の前でピースをしてみた。学生っぽい。めっちゃ学生っぽい!! 思い付くポーズがピースしか無いとかこの際関係ない!!
そういえば髪の色を変えなきゃいけないんだった。ここは地味に大人しく、茶色で。……別に地味でもねえな。まあいいか。
そして王が送っておいてくれた鞄を持ち、お弁当を入れて訓練所に転移した。ギルド内で転移とか普通使わないんだけどね。『いや歩けよそんくらい!』ってなるでしょ? でも今日は例外だ。こんな格好でロビーになんか降りれない。なんたって!! 今の俺は学生なんだからな!! ははははは!!
と、思わずニヤニヤした状態のまま転移してしまった。恥ずかしい。訓練所にいきなりニヤニヤした俺が現れるとか超恥ずかしい。隊員たちが呆然とこっちを見ているのに気づき、平然を装って咳払いをする。ここに来たのは挨拶のため。俺のわがままで学園に行かせてもらうんだから、やっぱりお礼は言っておこうと思う。
「元気ですかあああ!?」
「はいッ!! マスター!!」
俺の声と隊員たちの声が響き渡る。そんな隊員たちを掻き分けてマリムとエスカが前に出た。
「マスター、おはようございます」
「忘れ物はないでしょうね?」
心なしか二人の笑顔が子を見守る親のように見えるな。子を見守る親の顔とか知らないけどね。
緑髪のしっぽ縛りを揺らし、エスカが一歩歩み出て何かを差し出す。訳もわからず受け取ると、それは立派な腕時計だった。
「入学祝です。頑張ってください」
「エスカぁあ……!」
爽やかな笑顔に思わず飛び付くと、『はいはい』と困ったように笑みを浮かべるエスカ。こいつもいい男だなー。だいたいコイツを見習っとけば俺もモテる気がする。
「ほらマスター。遅刻するわよ」
マリムの声で離れ、俺は気を引きしめて皆に向き合った。隊員たちもそれに倣い、背筋をピッと伸ばして俺を見る。
「今日から俺は学生です! でもあくまでギルドが最優先だ! なんかあったらすぐ飛んでくるし、思伝使えるやつは幹部通さなくても直接送ってきていいから。学校終わったらこっちに来るし、訓練もする。俺のわがままで迷惑かけるけど、今日から俺は学生です! 大事なことなんで二回言いました!」
「いやあー、別に迷惑はかからないですよ」
「ぶっちゃけギルド維持の細かいことやってるのはエスカさんだし」
「訓練の時のリーダーはマリムさんだし……なあ?」
ひでえ! こいつら超ひでえ! 俺をなんだと思ってんだ! そういえばこいつらん中に昨日カエル召喚した奴がいるんだったな。覚えとけよ。俺は根に持つタイプだ。
だけど目線の先にいる隊員たちが全員笑顔でこっちを見てることに気付き、なんかびっくりする俺。
「だから、心配しないで行ってきてくださいよマスター」
「楽しまなきゃ損です! マスター若いんですから!」
「俺も行きてえ!」
「お前もう三十超えてんだろ」
色んな声が聞こえる。なんだかんだ言って、俺の周りは良い奴ばっかりだ。ならお言葉に甘え、思いっきりエンジョイしようじゃねえか!
「ありがとおおおお!! ありがとうみんな!! 行ってきます! あっ、そ、そういえば俺が学生って内緒だからな! お前らしゃべ……」
言いきることなく俺の体は粒子となって消えた。気を付けろ、転移は急に、止められない。あとに残された隊員たちは、各々雑談しながら散っていく。
「ほら皆さん、訓練再開です」
「この隙にメキメキ技を磨いて、マスター追い抜いちゃいなさい!」
エスカとマリムの声に答え、訓練所に熱気が戻った。
その中で、誰とも組まずに立ったままうつ向く隊員が一人。少し長めの前髪から覗く瞳で、フィアの消えていった場所を睨み付ける。
「……あんな奴が、ギルドマスターかよ」
彼の小さな呟きに、気付く者はいなかった。