学園こそ至高
考えてもみろ。十八才の健全な少年が、こんな汗くさいところで佇んでるなんておかしくないか。いや、おかしい。おかしいはずだ。俺だって学園とか行ってみたい。こんな強くて厳しい大人ばっかに囲まれてないで、同い年の普通の友達が欲しい。つーか彼女欲しい。イチャイチャしたい。
分かるか? こんなとこに居たら絶対老けるから俺。逆にグレるから。だからさ。だから……
「学園行きたい! 絶対行ってやる! そうさ! 例え殴られたって蹴られたって腕の関節極められたって! 俺は諦めねえ!」
「寝ぼけてんじゃないわよクソマスター!! このまま折るわよ!?」
ブロンド三つ編みに赤いカチューシャの女──マリムが、うつ伏せの俺の腕を無理やり背中に持っていって関節を極めている。動いたら折れるね。ポッキリいくね。
「まあまあ、マリムさん。マスターの言い分も聞いてあげましょうよ」
「うっさいエスカ!」
「おいマリム! マスターを離せ! 無礼にも程があるぞ!」
俺の味方をしてくれる暗い金髪を逆立てた彼は、唯一俺と同い年のアークだ。なんか物凄く慕ってくれている。それはもうこっちが恐縮しちゃうくらいに。
アークのお陰でなんとか俺は解放され、乱れたローブの襟を整えた。顔は引っ掻き傷だらけだ。なんとか落ち着いたマリムと、いまだ肩に手を置いてマリムをなだめるエスカ。そして無言のアークの前に立って表情を引き締める俺。
ふざけてられない。
これだけは譲れないんだ。
「俺ってさ、戦いとか組織とか魔法のことしか分かってねえと思うんだよ。普通の人と友達になる方法とか、友情とか愛情とか憧れの学園恋愛とか、わかんねえこと沢山あってさ。それなのに人の上に立つとか可笑しいって。お前らもそう思うだろ?」
「いや、別に……」
「学園恋愛とか関係なくないですか?」
「うん、そうだよな。思うよな。分かってる。だから学園いきたい!!」
隊員たちがぼそぼそとなんか言ったけど気にしない。お前らほんと空気読めよ。
きっぱり言い切った俺だったが、そこであまり喋っていなかった緑のしっぽ縛りのエスカが俺の前に出た。怒っていますね。分かります。
「マスター。少し言わせていただきますが、貴方ギルドマスターの自覚ありますか? このギルド・聖白は貴方が設立したギルド。いくら我が儘で無鉄砲で小うるさいマスターとはいえ、私もマリムもアークも、隊員全員が貴方を慕ってここにいます」
「は、はい……」
厳しい瞳に思わず敬語になる。エスカこえぇ。
「一向に減らない任務。最近力をつけてきた魔獣への対策。その為にも隊員全員の力を向上させなければいけません。また、国同士の交流や話し合いの場でも貴方の存在は不可欠です。つまり私が言いたいのはですね……」
来る! エスカの怒りが来る! 無意識に流れる冷や汗を拭う暇もなく、俺は慌てて耳を塞いだ。
「貴方は忙しいんですよ!!! そんなことしてる暇ないでしょうがああ!!!」
凄まじい怒声が響き渡った。こうなることを知っているマリムやアークも耳を塞いで回避したようだが、ぼけっとしていた隊員たちは声にならない悲鳴をあげている。
「わ、分かった! すみません! ほんとすみません!」
「分かったならいいんです。それではこの話は……」
「いや学園は行くよ」
エスカの額の血管が怒張する。またアレが来ないうちに、俺は急いで言葉を続けた。
「最優先はギルドだ。学園が終わったら、放課後は依頼を済ませることに集中する。外交のときは欠席するし、何かあったらすぐこっちに転移してくるさ」
「ちょっとマスター。そんなので卒業できると思ってるの?」
「卒業はできなくてもいいんだよ。少しでも、俺の知らない世界を生きられれば……」
本当はちゃんと三年間通って卒業したいけどね。そんなことまで出来る立場じゃないってのは分かってる。問題は短時間でどれだけ青春というものを謳歌し、イチャイチャするかだ。
とか考えているうちに、俺の言葉で辺りが静かになっていることに気付いた。
なに? 急にどうしたの? また怒られるの? と狼狽する俺を、眉間にシワを寄せたアークが見つめてくる。
「マスター。そこまで学園生活に憧れを……。くそ、何故俺は気付かなかったんだ!」
「まあ、あたしも仕事ちゃんとするなら構わないけどね」
「仕方ありません。私も多少はフォロー致しましょう」
あ、よく分かんないけど認めてくれたっぽい。何だかんだ言って優しいよねこいつら。ほんと愛してるわ。そんなこんなでお礼を叫ぼうとしたとき、ふいにマリムとエスカがそれぞれの武器を出した。
マリムお気に入りの双銃と、爽やかなエスカには少し不釣り合いな黒の大鎌。そしてそれらに魔力が込められていくのを感じる。
「でもマスター。タダで我が儘が突き通せると思わないで下さいね」
「ここにいる全員。マスターが一人で倒せたら通してあ・げ・る」
んんんんん!? 意味が分からないな! 馬鹿なんじゃないかな!? つーか助けろアーク! そんなビックリして目ぇ丸くしてる場合じゃないから!
「え、マジで言ってる?」
「マジですよ、マスター」
「あんたたち! 構えなさい! マスター直々に手解きして下さるそうよ!」
「はい!!」
何やら嬉しげに戦闘体制に入る皆様。アークは何だかおろおろしている。でも、そうだな。考えてみれば最近隊員たちの訓練相手をしていなかった。それにマリムたちとの手合わせも、だ。
たまにはこんなのも、いいかもしれない。
「よっしゃああ!! 死ぬ気で来い!!」
なんか無性に楽しくなってきて、俺は腕を真横にまっすぐ伸ばした。魔力を少し込めれば、開いた手のひらに光の粒子が集まっていく。それはやがて青色に輝く剣へと形を成し、俺はそれを握って前に構えた。
「うお! マスターの武器!」
「俺初めて見るわ」
「ぼさっとしない! 感心してる間にやられるわよ!」
武器が召喚したと同時に魔法弾を撃ち込んでくるマリム。マリムは雷属性の魔法を使う。つまりこの弾は超電流弾。まともに当たったらビリビリします。そうですね。軽く二日は寝たきりになるくらい。超恐ろしいんだけど。
それらの弾をスレスレで躱しながら、マリムに向かって大きく剣を降り下ろした。直接ではない。かなりの距離からだ。けれど一瞬で刃に纏わせた風が、斬撃として空間をえぐりながらマリムに迫る。それを鎌を振り回した風圧で弾いたのはエスカだ。でも体制を立て直すのが遅い。
「捉縄呪縛」
バレないようこっそり唱える。その瞬間エスカとその回りの隊員たちの足下から、大量のツルが床を突き破って襲いかかる。数人の隊員は瞬時に全身を締め上げられ、身動きとれずに転がった。
「土雪崩!」
その中で唯一反応したエスカ。咄嗟に唱えた魔法はエスカの周囲に土の壁を作り、土砂となって雪崩れこむ。それは伸びたツルたちを土中に埋めた。その隙を逃さず俺に襲いかかる一人の隊員。真っ正面から斬りかかってきたそいつの剣を片手で弾いた瞬間、すぐ後ろに潜んでいたもう一人が矢を撃ち込んでくる。
連携とスピードが凄いな。さすが聖白の隊員。最強ギルドの名は伊達じゃない。
「断空!!」
手のひらを前に突き出して見えない盾を出現させる。矢は全てそれに弾かれた。
「刃より鋭く、破壊せしは雷の涙! 招来、雷針撃!」
だがそこでマリムが繰り出した魔法がすさまじい威力で見えない盾を揺るがした。完璧に詠唱された魔法はとんでもなく威力が上がる。加えてこの魔法は雷撃を針のように鋭く細く変え、それを何百本と間髪入れずに乱れ打つ上級魔法。だけど。
「どうしたマリム!!」
「完全詠唱で壊せないなんて……ッ。ムカつくわね!!」
それでも壊れなかった盾を維持しながら後ろから振るわれたエスカの鎌を受け止め、その隙に誰かが打ったであろう爆炎の弾丸を素手で弾いた。しかしこのタイミングで爆炎はいただけない。
「おい! いま打ったの誰だ!」
「は、はい!」
「爆炎は魔力を練るときの勢いが激しい! 不意を打つには不向きだ! エスカの一撃を無駄にしてんじゃねえ!」
「すみません!」
そのとき俺と隊員のやり取りに気を取られて動きを止めた隊員が一人視界に入る。力を全く緩めないエスカとつばぜり合いながら、そいつの腹を蹴って吹っ飛ばした。
「打撃受けるほど近くにいながらボーっとすんな! 死にてえのか!」
「すみませ……ゲホッ」
「求は彼の者! 求は追撃! 蔓を以って縄と成せ! 招来、捉縄呪縛!」
間髪入れず放たれたのはさっき俺が出した魔法。放ったのはエスカだ。捉縄呪縛も上級魔法。鍔迫り合いをしながら詠唱破棄は厳しかったんだろう。俺は足下から迫るツルに気付きながらも特に何もせず、勿論一瞬にして体を縛り上げられた。
間を開けずにマリムが電流弾を撃ちまくってくるのが分かる。マリムの弾が当たったとき電流がより流れるようにか、隊員の一人が水をぶっかけるというシンプルな魔法を打ってきた。
迫り来る電流弾と津波のような水。それが同じタイミングで俺に命中しようとした瞬間、俺は体の内に準備しておいた魔法を発動させた。
「爆炎!!」
一言。その一言で俺の体から爆発が起こり、体のツルも、マリムの弾も、隊員の水魔法も全て飲み込んで炎を上げた。ただ勘違いしないでほしい。相打ち覚悟の自爆とかではない。
しばらくして爆風が落ち着き、現れたのは無傷の俺。幹部たち以外は目を丸くしている。
「打撃用に打つ爆炎の応用だ。体の表面に魔力の膜を均一に張って一気に発動させる。あとは自分の体までぶっ飛ばさないようにコントロール。爆炎使うならこういう風に使え」
先程の隊員に目をやると、真剣な表情で頷いていた。ちなみにさっきから何もしてないアークはただひたすら戦いを傍観していた。『流石だ、マスター』というアークの呟きが聞こえた気がする。あとでアイスを奢ってやろう。
「ムカつくうぅぅ! 当たったと思ったのに! あんたら性懲りもなくなにボケッとしてんのよ! 感心してるとやられるっつったでしょ!?」
こういう時、周りに流されず戦いのことだけに集中するのはやっぱりマリムだなぁ。そこが彼女の良いところ。マリムの声に反応した隊員が武器を構えて再び迫り来る。
「まだ擦り傷も負ってねえぞ!! それでも聖白ギルドの隊員か!!」
俺の声に隊員の士気が上がるのを感じた。こいつらみんな、まだまだ強くなる。そんな喜びに口元が緩みそうになるのを耐え、俺はもう一度剣を構えた。
────────
それからどれくらい経っただろう。重苦しい体に鞭を打ち、俺は聖白の地下からロビーへの階段を上っていた。真っ白だったローブは所々焦げ、泥や砂やカエルがくっついている。ん? おい誰だ。さりげなくカエルなんかで攻撃してやがったの。どっから出したんだよスゲーな。
「あー……もう、超つかれた」
額にうっすら滲んだ汗を手の甲で拭ってロビーへ出る。と同時に仮面を被った。俺、一般の人とかも来るようなとこで顔出せねえんだよ。年が年だからな。最強とか言われるマスターが子供とかバレたら『えっ、大丈夫?』って皆が不安がる。あと外で堂々と遊びにくくなるし。色々と大変……あれ、俺ってわりと苦労人なんじゃないか? みんなもっとちゃんと敬って欲しいわ。
「しかし! 俺はもうそんなこと気にしないのさ! そう、俺は晴れて! うはうは学園生活へのキップを……ぶばあ!」
「マスター。お静かに」
俺の喜びの雄叫びを右ストレートで遮ったのは、聖白の受付嬢ミルシア。真っ黒の黒髪ストレートに同じく真っ黒の黒ぶち眼鏡が堅苦しさを強調している。
服は聖白の制服だ。ぴったりとした白のミニスカートに、体の線がよく分かる薄手の白いジャケット。それさえちゃんと着てれば他は自由だ。シャツとかも。ちなみにミルシアは水色のフリルブラウス。スカートの左右とジャケットの襟、そして折り返された袖の部分は金色のラインが施され、胸には百合をイメージした聖白の紋章が紫色に刺繍されている。ちなみにこの紋章の刺繍の色で、階級が分かるようになってます。
「マスター。ご存知とは思いますが、ロビーは依頼人の方が多数いらっしゃる神聖な場所です。それから、いくら素顔は隠しているとはいえ堂々と馬鹿を丸出しするのはやめてください。ギルドマスターというイメージが崩壊しますので」
「も、申し訳ありませんでした」
ミルシアは『孤高の制裁者』というギルドマスターに憧れて聖白で働くことを強く懇願し、その優秀さと熱意によって受付嬢となった。けどいざ本当に俺に会ってみたら、どうやら彼女のイメージとかけ離れてしまっていたようで……。
はい、そうです。嫌われてます。
いや俺のせいじゃなくない!? 誰だよあんな呼び名考えたの! そりゃあんな呼び名じゃ『きっと寡黙でクールなんだろうなあ』とか思うよね。俺も思うもん。いっそ改名しちゃおうぜ。『陽気なピエロ』とかにしちゃおうぜ。
「ところでマスター。ローブが随分汚れてしまっているようですが、もしやお怪我も?」
「いや、久しぶりに訓練相手して汚れただけ」
「そうですか。では新しいローブをすぐご用意致しますので」
「えー、いいよ別に。ちょっとくらい汚れたままの方が気楽に着てられ……」
「用意致しますので」
「……はい」
ミルシア、恐い。
────────
その頃。
フィアが去ったあとの地下訓練所では、幹部を含めた隊員全員がボロボロの状態で床に転がっていた。荒い息を繰り返し、意識を失っているものも多数。
エスカも汗だくで大の字に横たわり、マリムは三つ編みが乱れ、うつ伏せで背中を上下させていた。ついでに何故かフィアの技の巻き添えを不意にくらったアークも、顔をススまみれにして壁に寄りかかっている。
「……マリムさん」
「ハァ、ハァ……なによ」
「あの人、あんな状況で隊員たちに指南してましたね」
「…………」
「しかも傷一つつけられませんでしたね」
「うっさいわね! 人が気にしてることを!」
ガバッと起き上がるマリム。汚れた顔を前腕で拭い、ため息をつく。
「まあでも、しょうがないわね。腑抜けたのかと心配になったけど……」
「杞憂でしたね。というかあの人は、我慢させる方が任務に支障を来すかもしれません」
困ったように笑うエスカに釣られ、周りの隊員たちも思わず無言で頷いた。そんな中で、否定するでも肯定するでもなく黙ったままのアークに笑いかけるエスカ。
「困ったマスターです。しっかりフォローお願いしますね、アーク」
「……任せろ」
エスカの言葉に拳を突き出す。訓練所の空気が暖かいものへと変わり、やがて復活したマリムが完全詠唱で治癒の魔法を放った。