不老爺が勇者召喚に巻き込まれた
魔法使い。
そう言われて、何を思い浮かべるだろう。
ある人は映画化までされた、あの眼鏡の子供が主人公のシリーズを思い浮かべるだろう。
魔法使いとは、魔法、妖術、幻術、呪術などを使う者たちの総称である。民話や童話には、しばしば、主人公の援助者、もしくは敵対者として、物語の転換点で大きな役割を果たす事が多い。
さて。
日本庭園の中に、こじんまりとした屋敷が建っていた。木造建築のその屋敷には、襖が開かれ、夏の風が屋敷の奥まで爽やかに吹き込んでいる。
ちりん、と風鈴が鳴った。
その縁側に、男がいた。
見た目は二十代後半から三十代前半の青年で、涼し気な目をしていた。鳶色の作務衣を着ている。
彼は縁側に腰掛け、手の中の湯呑みに視線を落とした。口をつけ、湯呑みを傾ける。
「……ああ、こういう日はやはり、冷たい緑茶だ」
目を細めて至福の時とばかりに呟く男。
その男の座る縁側に、小さな魔法陣が現れた。
「おや」
驚いたとは思えない呑気な声と共に、彼は消えた。
その日、とある異世界の国で、勇者召喚が行われた。
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「なるほど」
男は呑気に声を挙げた。
見渡す限り象牙色に輝く大聖堂に、白いローブの者達が男と、残り二人を囲むように立っている。
残り二人は、学生のようだ。黒い詰襟の服の男子と、白地の学生服の女子が座り込んでいる。
ローブの者達の一人が進み出て、口を開いた。
「勇者様達よ。よくぞおいでくださいました」
(彼らが俺達を呼んだみたいだね)
男は穏やかに辺りを見回す。
先程までいた場所とはまた別の「世界」に引き寄せられた。そこまで確信した男は、ゆったりと口を開く。
「勇者ということはーーーー俺達は魔王退治でもさせられるのだろうかな」
古今東西、勇者が倒すものは魔王と相場が決まっている。とはいえ、知り合いの魔王は勇者と相棒になって邪神を滅ぼした等とも聞いたから、一概にそれが全て正しいわけではないだろう。
ローブの者が頷いた。
「その通りでございます」
ローブの者は、サンマルテ司祭と名乗った。
召喚されたのは「クレアール王国」という。古い文献に残された勇者召喚に縋って試してみたら三人も来た、という訳だ。
「俺達は帰れるのか?」
震える声で司祭を睨むのは、天塚楓。凛々しい目の男子だ。守るように、葛城知弦の傍にいる。
司祭は申し訳ないと言わんばかりに首を振った。
「わかりません。魔王を倒せば、女神が帰してくださるとは思いますが…………」
(ああ、嘘だな)
男は、内心苦笑しながら断じた。
男には、受動で聞いた言葉が嘘か本当かが判断できる、そういう能力があった。とはいえ、口にしても眉唾である。何も言わない。
司祭は、なので、と言葉を続けた。
「あなた達には、魔王を倒していただくため、まずはレベルを上げてもらうことにします。
その前に、まずは国王陛下へ謁見を済ませていただこうかと」
「なるほど」
男は、ではと笑顔で手を挙げた。
「では、俺は帰りたい訳でもないから、ここで降りさせてもらおうかな」
「え?」
「そのままの意味だ。
そこまで元の世界に思い入れがある訳でもない。あの子達もそろそろ独り立ちする時期だし、いいきっかけになるだろう。
よって、君達に力を貸す道理もない。
それにーーーーこのままここにいれば、政治的な道具にさせられかねないしね」
最後は、恐らく残るであろう、学生二人への忠告と、彼らを利用しようとする連中への牽制だ。二人はただただ、息を呑んでいた。
タイミングがいいのか悪いのか、ゴテゴテと煌びやかな装飾品を付けた男が、球体を持つ男と共に入ってくる。
装飾品を付けた男を見た瞬間、ほとんどの者が膝を着いた。王様だろう。
(ーーーー『調査』)
球体に調査をかけて、確認する。
魔力を込めた人物の、ジョブやスキルを探知するものだ。学生二人なら勇者とでも出るのだろう。
男はゆったりと、王様の真横を通り、球体の前に立つ。
「そ、そなたが勇者か!今我が国は魔王からの侵攻により困窮に喘いでおる、力を貸しーーーー」
無視して、球体に手をかざした。
表示された文字を脳内変換して、まあそうだろうなと頷く。王様や、司祭は文字を見て目を剥いていた。
「よし、色々分かったから、俺はもう行くよ。お達者で。
……そっちの学生二人は、まあ取り込まれないように気をつけつつ頑張って。魔王といっても、神様よりは弱いだろうし何とかなるさ。
じゃ」
「ーーーーーー逃がすな!」
司祭の声に、警備兵達が出入口を固める。
否、固めようとする。
その前に扉から外に出ていた男は、ひらひらと手を振りながら姿を消した。
「に、逃げられた……」
がくりと膝をついた司祭に、あの、と葛城が声をかける。
「先程の方は、行かないと言うのでしたら、仕方ないのではありませんか…?」
「そう済ませたかったのですが、あのジョブは……」
横で王様が、警備兵達を怒鳴りつけている。
「『魔法使い』だそ!確保すれば我々の優位は間違いなかったというに…!!」
「…魔法使い、ですか?」
「はい」
司祭は球体を見ながら、説明を始めた。
「あの球体には、あなた達にも後で触れてもらいますが、ジョブーー職業や、扱える能力などが表示されます。一度触れたら、後からは球体を触れずとも、自身がどこまで強くなったか、などのステータスも確認できる代物でして。
…先程の、名乗ってくださらなかった男性のジョブは『大剣豪』と『魔法使い』だったのです」
「その、魔法使いが何か特殊なのですか?」
「はい。
まず、我が国ならず、この世界では、魔法使いとは存在しないーーーーもしくは伝説やお伽噺レベルの存在とされています。
魔法使いとは、遍く魔法を全て扱い、時には生み出し、そして悠久の時を生きる者ーーそのように伝承では残されているのです。
下位互換に魔術師というジョブは存在しますが、得意不得意の属性がありますし、もちろん不老不死などでもありません。
…そして先程の方は、ステータスの殆ど全てが、文字化けしていたのです」
「文字化け…?」
「測定不可能、といえば分りやすいでしょうか」
「ああ……」
「それほどまでに強い方だった、ということです。確保できなかったのは痛いですが、指名手配して探すだけ探してみるとしましょうか。
まずは、お二人のジョブから見てみましょう」
『大変申し訳ありませんでしたっっっ!!!』
所代わり、とある教会の一室。
男は呑気に出された水を飲んでいた。
目の前には女性が立ち、頭を下げている。
「まずは顔を上げて?」
声をかけると、おずおずと彼女は顔を上げた。
その目は爛々と水色に輝いている。
先程まで会っていた司祭や国王、護衛兵などの目は茶色だ。彼女だけ特別な目の色をしているのは、一重に
「まあ、話が早くて助かるよ。女神さん」
女神が憑依して男と話しているからであった。
「君が俺を呼んだということで良かったのかな。
俺を指名したのか、それとも魔法使いを指名したのか、学派まで固定したのかーーーーその辺まで聞かせてくれる?」
『はい。
申し訳ありませんが、私は神々の集う亭への参加も途絶えており、あなたのご高名も存じ上げません。
ただ、指名しましたのは、魔法使いの、[大法典]という……魔法を使えない愚者と、世界の安定を第一に考えてくださるだろうという……その学派?の方に来ていただきたくて、召喚に手を貸しました』
「そう。
魔法使いを呼ぶ程の案件だったということだね。
話を聞かせてもらおう…っとと、その前に」
男はゆるりと微笑んだ。
「大法典所属、円卓ーー第六階梯。
年は忘れた、平安ぐらいから生きている。
夜明壱夜という、よろしく」
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「ただいまー」
「あれ、夜明さん今日は非番の日じゃありませんでしたっけ」
「夜明さんが非番の日に仕事に来るなんて、明日は槍が降……」
「あ、仕事じゃないから。報告。
勇者召喚に巻き込まれたのでしばらくお休みいただきまーす」
「「ブフォッ!?」」
「俺が呼ばれたってことは、『そういう奴』が絡んでるみたいだし。調査も兼ねるから、しばらくこっちにはこないからね
じゃ」
「ってことはあんた、召喚受けといて、平気でその縛り抜け出して、ここ…ってか別の世界まで移動してきたのかよ…流石だわ痺れるし憧れるけどやろうとは思えねえわ…!!」
「現地の女神とは話付けたから、好き勝手世界移動できるよ?」
「既に女神を手懐けていた、だと……!?」
「あっはっは、じゃあね」
「つまりていの言いサボりじゃね?」
「それな(それな)」
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