八雲立つ
「参った…」
はぁ……。
結局二日続けてのお泊まり。
竜児宅に、いつのまにかスキンケア化粧品まで用意されているのが怖い。
しかも自分では買ったこともないような、ひと目で高級品とわかる代物。
これが竜児でなければ自分以外の誰かが置いていったものだと思うが、何しろ。
「全部新品だしね…」
疑う余地がないほど、全てにおいて未使用感が満載だ。
あまりの品揃えの良さに、いつか監禁されるんではなかろうかとそろそろ真剣に危機感を覚えてきた。
その場合、健康状態、肌状態ともに今より良好な環境を得られることは間違いないが…。
「なんか違う感がひどい」
ときめきへの道のりは遠いなと、改めて感じながら竜児が風呂から上がってくるのを待つ。
勿論、高瀬は既に風呂に入ってパジャマに着替え済みだ。
例のリラッ○マが当然のように待ち構えていた。
背中のチャックを閉めて鏡を見れば、色気のへったくれもないその姿。
やっぱりなんか違う、とため息を吐き、手持ち無沙汰にキッチンへ向かう。
勝手知ったる人の家とばかりに冷蔵庫を開けてみれば、中に入っているのは飲料水とわずかな食品。
自炊は愚か、ほとんどまともに食事を取っていないことが見て取れ、眉をしかめた。
次に泊まりに来る時はこっそり日持ちのする食材を突っ込んでおこう。
後は自分が食べたいものとか。
本来ならここで手料理を作ってあげる、という方向に向かうのだろうが、実のところ竜児は料理ができないわけではない。
確実に、不器用な高瀬が作るよりもまともな料理を作る。
ただ、自分ひとりの為にわざわざそれをするつもりがないだけだ。
頼めばいくらでも凝った料理が出てくる。
「タカ子?お腹が減ったんですか?」
「いや、それはない」
鍋の締めまでしっかり食べたし。
気づけば、風呂から上がった竜児がパジャマ姿で背後に立っていた。
まだ少しその髪が湿っているのが妙に艶っぽい。
何もしなくても色気が出るのだから、いい男はやっぱり得だ。
とりあえず空腹疑惑を晴らすため、やたら高級そうなミネラルウォーターだけを手に取って、竜児とともに寝室に戻る。
ベッドサイドに腰掛けて改めて竜児の湿った髪に目を留め、「髪、乾かしてあげようか?」と口にすれば、予想以上に嬉しそうな顔。
膝の上に頭を乗せ、渡されたタオルで髪に残った水気を拭き取っていく。
枝毛ないなとか、まだ白髪が一本もないなとか余計なことを考えながら、やっぱりドライヤーで少し乾かすかと立ち上がりかけ、気づいた。
――――寝てる。
無防備に、膝枕のまま。
「……ま、いっか…」
たまにはこういうのも悪くはないかと移動するのをやめ、タオル越しにさらさらな髪を撫でる。
こんなことをするのも、一体いつぶりだろうか?
高瀬が姉ぶって世話を焼く、そんな時代もかつてはあった。
幼少期というのは、得てして少女の方が成長が早い。
今日のように、どちらかの髪を乾かしてやりながら、その傍らでもう一人が寝ているのが当然、そんな日々も。
「いつも迷惑かけてごめんね…」
わりとと本心からの言葉を漏らせば、僅かに竜児の腕が身じろぐ。
「竜児……?」
起きたわけではない。
ただ、声に反応したのだろう。
このままでは寝づらかろうと膝の上から頭を下ろそうとして気づいた。
「ハッ…!ホールドされてる…!?」
先ほどなんか掴まれたな、と思ったら、腕がしっかりと高瀬の腰に巻き付いていた。
外そうとするが、全く動かない。
――――え、これ寝てんの!?本当に寝てる??
なんとかしようと努力はしたものの、これ以上邪魔をして起こすのもかわいそうかと途中で諦めた。
まぁ、そのうち起きるだろう。
「眠い…」
膝の上の人肌が余計に眠気を誘っていけない。
そうこうしているうちにうとうととした眠気に襲われ、コクリコクリと頭が落ちる。
――そういえば、ケンちゃんからも電話が入ってたけど、なんの用事だったんだろう。
今更のようにぼんやりと思い出しながら、すぐに頭はその思考を停止して、そして。
完全に高瀬が眠りに落ちたその頃を見計らったように、竜児の瞳がぱちりと開いた。
その真上でぐらぐらと揺れる高瀬の頭。
竜児が膝の上から身を起こすと、不安定な頭ごと高瀬の体が後ろのベッドにばたりと倒れた。
起きる様子のないその体の向きをかえ、ベッドの中にそっと移動させれば、何事もなかったかのような安らかな寝息が。
それを見てとり、竜児は微笑む。
隣に眠る、そのつもりはさすがにない。
高瀬がどう思っているのかはともかく、意識のない状態で流石にそれはできなかった。
――――抑えが効かなくなったら困る。
彼女を裏切るつもりは、今はない。
静かに寝室を去り、時計を眺めれば時刻は夜中の1時を回っていた。
静寂の中、仕事用の書斎としている部屋に戻れば、スマホが不在着信を伝えて赤く点滅する。
相手は見ずとも分かっている。
コールを押せば、すぐに繋がった通話。
「――――――調べは?」
相手の声を聞くよりも早くそれだけを尋ねれば、帰ってきたのは望んでいた答え。
あちらも慣れたもので、余計な応対は一切存在しない。
必要な情報を聞き出し、通話を切ろうとしたところで相手の声色が変わった。
「……あぁ、今眠ったところです。鳥は、鳥籠の中に」
なにより、安全な場所にいる。
そうかと答えた相手に今度こそ通話を切り、再び寝室へと戻る。
高瀬の眠りが覚める様子はまったくないが、毛布の中に入れたはずの手がいつのまにかポロっと抜け出していた。
まるで子供のような寝相は、子供の頃からほとんど変わっていない。
腕を再び毛布に押し込み、その耳元に囁きかける。
「僕達はずっと、君のそばにいますよ」
そう。求めるのは、どこよりも安全な箱庭。
――――それもいずれ手に入る。
ふと思い出すのは、この国で最も古いと言われる和歌の一句。
かつて神話の時代、#須佐之男が、妻のクシナダヒメと住むための家を作る際に送ったと言われる歌。
「八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を」
ー何層にも重なる雲のように、幾重にも垣根を連ねて大切な妻を守るための家を作り、ともに暮らそうー
「八雲立つ――――――」
お盆更新終了(*´ー`*)
ペースはゆっくりになりますが、今後もブクマ&評価宜しくお願いします!!