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事件と責任とアーモンドミルク

「警察って……なんで!?」

引きこもりがどうやって犯罪を起こすというのか。

身を乗り出して食い気味に問いかける高瀬に、竜児は続ける。


「引きこもりとは言え、夜にコンビニに買い物に行く程度の外出はしていたようですよ。

――――監視カメラに彼に良く似た背格好の人物が映っていたこともあり、任意での事情聴取となったようです」

「それって…」


任意どころか、もはや犯人扱いといっても過言ではない。


「また、彼の家の近くでは最近になってよく小動物の遺体が発見されるようになったらしく。

深夜、彼が近所の野良犬に餌を与えているところが何度化目撃されているのですが、その犬も翌日には泡を吹いてなくなっていたと…」


――――――当然のように、周囲が疑うのは彼だ。


「毒入の餌を与えてたってこと…?」

「少なくとも周囲の人間はそう確認しているようですね。警察に情報を提供したのも地域住民でしょう」

同じ地域に明らかに怪しげな人物が住んでいれば、それは心配にもなるだろうが…。

「でも、まだ子供なんでしょ…?」


中学入学から引きこもりになって、まだ卒業はしていないと聞く。


「子供でも犯罪は犯罪ですよ。

とはいえ未成年に対する捜査は警察側でも慎重を期す必要があるでしょうから、こんな早い時期での任意同行に及んだのでしょうが…」

「どういうこと?」

「警察が少年を補導している間に追加の事件が起これば少年はこの事件とは無関係。

起こらなければ―――――それこそ徹底的に調べ上げた上でその後の対応も変わるでしょう」


どちらにせよ、これ以上の事件を未然に防ぐという意味では理にかなっているが…。


「それって、もうほとんどその子が犯人だって決めつけてる感じじゃない!」


いくらなんでもひどいのではないかと憤慨する高瀬。


「それだけの証拠があると言われればそれまでのこと。警察もただ住民の噂話だけでは動きませんよ」

「証拠……」

「この近辺の監視カメラ映像も根こそぎ回収していったようですし。

今頃、血眼になって確認作業に追われていることでしょう」


難しい表情をする高瀬とは真逆に、竜児にとってはこの程度当然のことなのか、その顔にはなんの焦りも見えない。


「でも竜児、なんでそんな情報を…?」


彼はまだ任意同行をされた状態で逮捕されたわけでもないし、竜児が国選弁護士として彼についたということは考えられない。

彼の母親が警察に呼ばれたのが昨日だとして、少々情報が早すぎるのではないか。

高瀬の頼みもあり、気にかけていたというのは間違いないだろうが…。

不審気な表情を浮かべる高瀬に、竜児が言う。


「彼の母親から直接連絡があったんですよ」

「…え?」

「祖父の件で渡してあった僕の名刺から連絡をしてきたようです」


祖父、つまり寺尾のおじいちゃんの遺産問題の話だ。


「遺産どころではなくなってしまいましたが、頼れるものが僕しかなかった、ということでしょうね」


通常、弁護士に知り合いなどそういるものではない。

それこそ藁をも掴むつもりだったのか。


「今日少しだけ面会に伺いましたが、母子ともに随分焦燥しているようで。

例の遺産相続での訴訟を今後一切行わないという条件で依頼を引き受けました」

「訴訟する気だったの!?」


さらっと言われた事に驚く。

てっきり、既に全部解決済みだと思っていた。


「金銭に関することで人はそうそう諦めませんよ。

…まぁ、今回の事でそうも言っていられなくなったようですが」


ということはだ。


「もしかして、私の為に依頼を引き受けてくれた?」


高瀬とて一件の弁護につきどれほどの時間と労力がかかるか知らないわけではない。

訴訟というのがどの程度のものかわからないが、間違いなく竜児なら勝つ自信はあったろう。

自分に大した実入りがあるわけでもないのに依頼を受けてくれた理由は、間違いなく高瀬のためだ。


「訴訟はただのついでですが。――――タカ子が気に病むといけませんからね」

「……!」

「今回の事が自分のせいだと考えているのだとしたら、お門違いですよ」


まるで心の内を見透かしたようなその発言に少し驚く。

――自分が寺尾家の内情に首を突っ込んだせいで家庭環境が悪化し、事件が起きたのだとしたら、と。

でも、そんなのはただのきっかけですと竜児は断言する。

実際、息子がひきこもりになったのは遺産問題が発生するよりも以前のことだそうだ。


「タカ子、君に責任はありません。

そんなことに気を煩わせる君を見るのが不愉快だった、それだけです」

「竜児……」


不敵に笑うその表情から見えるのは、絶対の自信。


「そもそも、竜児からみて今回の事件ってどうなの…?」


彼は、犯人なのか。


既にある程度調べ始めているんじゃないかと問う高瀬に、「結論として言えば」と竜児が口にする。


「限りなく黒に近いグレー、でしょうか」


その言い方では、まるで。


「本当に犯人、なの?」

「現状最も怪しい人物であるのは間違いありません」


後はまだ調査の途中だと言われれば、納得するしかない。

何しろ竜児にとっても昨日の今日、そう簡単に情報など集まるはずもない。


「何か手伝えることがあればなんでもするけど…」

「ふむ、そうですね…」


てっきりすぐさま不要と言われるかと思ったが、意外にも別の反応が来る。

しかし、帰ってきた答えに高瀬は脱力した。


「では、今すぐ迎えに行くので今日も僕の自宅に泊まっていきなさい」

「は?」

「そもそも迎えに行くというのを無視して勝手にやってきたのは君でしょう。

僕は初めからその予定だったんです」


――――予定って、おいおい。


「そんなの了承した覚えないんだけど」

「僕が決めたことに逆らえると?」

「横暴!」

「何か手伝えることはないかと聞いたのは君でしょう。

今の君にできる最大の助力は、僕へのねぎらいと労りです」

「うぅ…」


反論しようと息巻いていた分だけ、そう言われると否定もしにくい。

モチベーションを上げるためだと言うなら、ここは大人しくマスコットに徹するべきか。


「竜児……今日のご飯は?」


時間的には流石に済んでいる時刻だと思って聞いたのだが、どうやらまだだったらしい。

というか、食事に重きを置いていないというのが正解だろう。

積極的に情報を集めても、それは全て高瀬を釣るための餌であって自身は特に興味はないのだ。


「そういえばタカ子、例の”主任さん”から届いた冷凍品ですが…」


――――来た。鍋だ。


「事務所のスタッフで適当に分けて持ち帰らせてしまったので、礼だけは伝えておいてください」

「ん…?」


思っていたのと全く違う返答がきた。

しかも、至って常識的かつ社交的。


「あれ、じゃあ今日の電話って、鍋の話じゃなかったんだ?」


初めからこの要件の為の電話だったのか。

焦って損した。

竜児もちゃんと大人になったもんだと見当違いな感心したところで、更に斜め上の発言が。


「あの程度のもの、わざわざタカ子に食べさせるようなものでもないでしょう。

土産用の市販品などたかがしれていますし、君を誘うならちゃんとした専門の店を選びますよ」

「専門店…」


そう来るとは流石に予想できなかった。

だが、言われてみれば流石竜児。


「美容にいいアーモンドミルクを使った鍋が昨今の流行だそうですよ」

「それも調べたの?」

「いえ」

「?」

「先日、弁護の依頼をしに来た方が、一緒にどうかと誘ってきたので」


時間の無駄ですし、考えるまでもありませんが、とは顔色一つ変えず。

竜児を誘えるくらいだ、相当自分に自信のある相手だったのだろうが…。

きっと瞬殺だったんだろうなぁと思うと、逆に誘った人が哀れになる。


「行きますか?アーモンドミルク鍋。コラーゲン入りのものもあるそうですが」

「……やめとく」


なんか、いろんな意味でお腹いっぱいです。



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