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魔王の予告ホームラン

勝てない。

勝てないよ、目の前で湯気を立てる雑炊には。


「ううっ…。誘惑に弱い私をどうかお許し下さい…」


湯気が目にしみるぜ、とつぶやきながら雑炊をお椀によそる。

こうなったら一刻も早く食べ終えて家に帰ろう。

この場から電話するという選択もあるが、絶対に居場所がばれる。

そうなったらドツボにはまるのはもはや確定だ。


魔王、怖い。


というかケンちゃん。

彼にはあの若手の部下がいるんだから、鍋は是非二人で食べていただきたい。

食べ盛りだからぺろりと平らげてくれるはず。

そんな現実逃避をしながらも、無言でずずっと雑炊をすすっていると、今度はしっかりとした着信音が。


「……出ていいですか」


部長に確認を取る。

むしろ免罪符がわりにダメと言って欲しいくらいだが、もちろんそんなことはなく。

鳴り続ける着信音に、一度深く呼吸を整えてから、思い切って通話ボタンを押した。

相手は、竜児(魔王)だ。


「あ、もしもし、竜児?」


至って通常通り―――のつもりで声を出したのだが。


『今、どこにいます?』

「…え~っと…」


開口一発目から先制パンチを喰らい、うっと口ごもる。


『話があります。迎えに行くので今どこにいるか言いなさい』


言い訳も誤魔化しも何もかも通用しなそうなその竜児の言葉に、高瀬はすっかり心を折られた。

なぜ高瀬が外出していることがバレたのかは謎だが、相手は既にそれを確信しているようだ。


「今、外でご飯を食べてるのでちょっとまって…」

『――――君の、”部長さん”と一緒に?』


ブハッ…!!


「な、なんでそれを…!?」

『君が自宅から出て外食なんてするはずありません。タイミングから見ても推測するのは簡単です』

「えぇ~~~~」


だったらもうちょっと待ってくれたらいいのに。

そう思うが、口には出せない。


『それに、君が着信に気づかないというのも珍しい話ですしね…』

「あぁ、それはまぁね…」


だいたいいつも自宅でダラダラしているので、連絡があればすぐに返事を返していた。

多分、今回電話があったのは部長の家に移動しようとバタバタしていた時だと思う。


「全部わかってるなら話は早いけど、今もうちょっとしたら主任が家まで送ってくれる予定だから、その後ででもいいかな?」

『…仕方ありませんね。着いたらこちらに連絡を』

「了解」


意外とすんなり了承してくれて助かった。


「……と、言うことで済みませんが主任、帰りを…」


お願いしますと頭を下げれば、「わかったわかった」と手のひらを見せる主任。


「しっかし心配性だねぇ、彼も。わかってて連絡してきたのかなぁ」

「……その可能性は否定できませんが、話があると言ってたからには本当に何か用があるんだと…」


でなければ、あんなにあっさり電話を切ったりしない。

いつもならもっとねちっこく追求されてもおかしくはなかった。


「用、ねぇ…」


一体何の用事だが、とつぶやく主任には悪いが、こちらにもいろいろある。

実際、部長や主任には無関係の事情で竜児に頼みごとをしている件もいくつかあるのだ。

そのどれかに動きがあったのかもしれない。

今、何か起こるとすれば例のおじいちゃんの……。


「主任…」

「ん?」

「ちょっと気になってたんですけど、例の新しい派遣さん。名前、なんていうかわかります?」


高瀬からの突然の話題に、少し考え込んだ様子の主任。


「確か……寺尾さん、だったっけな?」


直接面接したわけじゃないからはっきりしないけど、と。


「…寺尾さん」

「知り合い?」

「――ーいえ…。ちょっと」


息子が警察ざたになるかもしれない、と言っていた今日の話を思い出す。

あのあと詳しく聞いた話では、ずいぶん前から引きこもり状態でほとんど家から出ない息子だった、と。

なんだかまた、嫌なフラグが立った。

そんな気がした。


           ※


「…んで、話って?」

「―――――迎えに行くと言ったのに、そちらから出向いてきたんですか」

「ん。そのほうが早いし」


体は家に置いてきた。

つまり、いつもどおりのわらしスタイルで登場というわけだ。


「やましいことがあるからじゃないでしょうね?」

「やましいことってなによそれ?」


何を指しているのかさっぱりわからない。


「首にキスマーク、なんて…」

「ナイナイ」


思い切り首を横にし、立てた手を左右に振る。

ここにきて主任が怪しげな言動をとってはいるが、どう見てもあれは本気ではない。

部長を焚きつけるためにやっているのかもしれないが、部長にとっても迷惑だろう。

主任に言ったセリフではないが、10歳も年下の小娘に対してどうこうするような男には見えない。

それこそ、いくらでも選り取りみどりなのだから。


「ところで、なぜその犬が?」

「あぁ、アレク君?」


言われてちらりと視線を落とした横には、いつも部長の傍にいるはずのアレク君がぴたりと張り付いている。


「なんだかついてきたんだよね~。色々物騒だからかなぁ」


帰り際、部長がアレク君に何かを吹き込んでいた様子だったので、多分部長からの指示なのだとは思うが…。


「牽制とは片腹痛いですね」

「ん?」


牽制?


「…いえ。たとえ牽制球を投げられてもホームランを打つ人間はいるということを教えて差し上げようかと」


野球の話はさっぱりだが、竜児の口調になんだか不穏なものを感じて鳥肌が立つ。

同じことを感じたのか、後ずさって竜児から距離を取るアレク君。

そのアレク君に対する無言の圧力がすごい。


『くぅ~ん』


しまいには、ぺたりと床に腹をつけて降参してしまった。

耳が完全に折れて少し哀れだ。


「動物虐待…」

「法律が守るのは生者です。そもそも動物を殺したところで刑法上は器物破損扱いにしかなりません」


バッサリと切り捨てた竜児。

負け犬に用はないとばかりにあっさりアレク君から視線を外し、再び高瀬のもとへ。


「器物破損って……。要するに、モノ扱いなの?」

「そういうことになりますね」

「…それってなんか…」


ゴミ捨て場の猫を思いだし、ちょっと、胃がムカムカする。


「仕方ありません。さっきも言ったとおり、法律が守るのは生者であり”人”なのですから。

……よく言うでしょう?死人に口なし、と」

「死人にだって言い分くらいはあるけどね」


ただそれを聞く人間がいない、それだけだ。


「ズバリ聞くけど、もしかして用件って寺尾さん家の事?」


竜児に付き合っていては埒が明かないと、早々に本題を切り出す。


「ーー気付いていたんですか」

「まぁ、ついさっきだけどね…」


竜児が知っているということは、どうやら間違い無さそうだ。


「私が遺言書をお願いした寺尾のおじいちゃんの娘さん、でしょ?」


引きこもりの息子、というところでまさかとは思ったのだが。


「おじいちゃんのお孫さん、やっぱりなんかまずいの…?」


警察沙汰というのは聞いたが、詳しい事情はなにもわからない。

それだけに、次の竜児の言葉に耳を疑った。


「……彼は、ここ最近の通り魔事件の被疑者として警察に任意同行を求められているようです」



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