ストーカー怖い
「ちなみにですけど、動物に取り付かれるようになったのって、多分生霊を払ったからですよ」
「…は?」
熱々の天ぷらを頬張りながら、高瀬はびしっと部長を指さした。
「当たり前っちゃ当たり前ですけど、生きた人間の欲望ってのはかなり強くてですね。
生霊が付いている間は、動物霊なんかは部長に近づけなかったわけですよ。それがいなくなったもんだからほら、ね?」
喜んで付いてきた、と。
「また戻しますか……って、その目はやめてください、軽い冗談ですよ~」
「君は冗談も本気もわかりづらい」
「普段はほぼ100パーセント本気ですけど?」
嘘をつけないタイプを自称している。
「女の生霊なら動物霊のがまだマシって顔ですね、部長」
「…箸で人を指差すのはやめなさい、はしたない」
「は~い。んじゃ箸本来の目的に戻りま~す」
ぱくりと、目の前のプリっとしたエビに食いつく。
塩もうまいが天つゆもうまい。
さすが高級店。
「部長になるとこんなお店で食事ができるようになるんですねぇ~」
いいな~と何気なく口にした言葉に、部長の顔が曇る。
「この店は特別だ。…大きな声では言えないが、社長の愛人が経営している店だからな」
「マジですか」
「…本当ですか、と言うように」
とはいえ、本当だ、と咳払いしながら答える。
「うぉ~。パトロンってやつですか。我が社の社長もやりますね~」
「…口外するなよ」
「一介の派遣上がりがそんなこと言えませんて」
いったところでクビにされておしまいだ。
そういった高瀬にそれもそうかと納得する部長。
「そんなわけで、この店ならいつでも顔が利くんだ」
「御用達ってやつですね」
ここにもあった、ウィンウィン。
なるほど。後暗い話はここでする、と。
うんうんとうなづきつつ、コップに入ったオレンジジュースを飲み干す。
「そういえば君は酒は飲まないんだな」
「日本酒は好きですよ」
ビールは然程。
「飲んでも構わんが…」
「嫌ですよ、こんな場所で。酒は一人に限ります」
酔って醜態を晒すのはゴメンだ。
晩酌の相手は月で十分。
それも嗜む程度でなくては、<夜の散策>に差し支える。
「そうか…」
「部長は飲んだほうがいいですよ。ちょっと見せてもらいましたけど、ここ、いい酒揃ってます」
「君が飲まないものを飲めるはずがないだろう…」
「そういう遠慮は結講です。それにこれは部長の為でもあるんですよ?酒には清めの意味もありますから」
取り憑かれやすい彼は少しくらい飲んだほうがいい。
「残念だが、酒はそれほど強くない。まだ仕事の呼び出しがあるかもしれないしな…」
「そりゃ残念。酒の臭いを漂わせて仕事…なんて絶対しなそうですよね。潔癖な感じで」
潔癖。
そう考えて、いいことを思いついた。
―――そうだ、あの手がある。
「部長、風俗ですよ風俗!」
「……何?」
突然何を言いだしたんだコイツは、という目で見られた。
だが仕方ない。
「プロのお姉さんにお願いしましょう。ね?」
「…ね?じゃない…君は何を言ってるんだ」
信じられないものを見る目だ。
『コイツ本当に女か?』とその目が語っていたが、めげずにグイグイ行く。
「だから部長のために必要なことなんですって。聞いたことありませんか?霊は不浄を嫌うんです」
この場合、そういった<男女間の交渉>も不浄にあたる。
「部長クラスなら風俗もいいお店ご存知じゃないんですか?それこそ愛人とか…」
「いるわけがない!」
慌てて否定するあたりが怪しいが、生霊の件を考えると、多分本当だ。
いたら今頃既に取り憑かれているだろう。
「残念~」
だが、風俗が嫌となると後は…。
「部長がこの場で脱糞してもいいならそれが一番手っ取り早……」
「断る」
「ですよね~」
初めから期待はしていない。
さすがにそれはないと高瀬も思った。
「だったら、お願いしたほうがいいですよ、プロに。下手な素人さんに手を出してまた生霊化されても困りますし」
「………考えておく」
完全否定はできなくなったのか、苦々しげに一口水を飲む。
やっぱり心当たりあるんじゃないか、と内心で思いつつ、今日のパトロンには余計なことは言わずにおく。
「遊びすぎてミイラ取りがミイラになられちゃ困りますから、プロ意識のある人を選んでくださいよ。
部長のその顔じゃ、お店のお姉さんがその気になってもおかしくないですし。まったく、イケメンは面倒ですね」
「…褒めてるのか?貶してるのか」
答えは両方だ。リア充爆発しろ。
「でも本当に厄介ですよ、ストーカーって」
生きている間は勿論、ストーカー体質の人間は死後も最悪だ。
「気をつけてくださいね。ストーカーの死霊って、むっちゃ面倒くさいんで」
「…生霊と何か違うのか?」
「生霊は、本体が別の対象に気を移せば霊もそちらに移ります。でも死霊は生前の思いを引きずっているわけで…」
つまり、永久にストーカーし続ける。
「さすがにその相手は私もちょっと…」
「……」
沈黙した部長に、心当たりがないことを祈った。
話の通じない相手は御免こうむる。
「ねぇ~ハムちゃん」と、鳥2匹がいなくなったことでようやくひと安心し、ポケットから少し顔をだしていたハム太郎に語りかけた。
ちびりとまるで酒のように飲み物へ口をつけながら、部長が言う。
「そのハムスター、いつまでそこにおくつもりだ?」
「そりゃ、本人の気が済むまでですよ」
「…気が済んだかどうか、どうやってわかる?」
「変なこと聞きますね~部長」
訝しげな部長に、当たり前のことを説明する口調で高瀬は言った。
「人間でも動物でも、気が済めばみんな、自分から元の場所へ帰っていくんですよ」