水鳥の優雅さは努力の賜物
部長にデマを吹き込まれた。
というか、主任は巨乳好きではなかったらしい。
まぁ、付き合った女性に巨乳が多かったのは嘘ではないらしいので、部長に嘘を言う気はなかったのかもしれないが…。
それよりは、なぜあんなに爆笑したのかが気になるところだ。
愉快愉快と笑いながら去っていった主任。
追求したいところだが、残念ながら休憩時間が終了し、中断を余儀なくされた。
そしてその後もレンタル業務を続行し、自宅に無事に帰ったのだが――――――。
「うぉう…。まさかのダンボール2個」
お中元か、というレベルのお土産が自宅に届いた。
帰ってまもなく、笑顔で受領印を求める宅配業者のお兄さんにサインをしながら受け取ったはいいが、まさかのダンボール2個分。
一つ目のダンボールには余白に緩衝材を詰め込む隙間すらなくぎゅうぎゅうにお土産が詰まっている。
地元の名物なのか、それとも単に隙間を埋めたいのか、ラーメン味のキャラメルや馬肉チップスといったよくわからないスナック菓子の類がぎっしり。
もうひとつの箱には冷凍ものが詰まっているらしく、品名には「馬刺し」「高級鍋セット」などの文字が躍る。
嬉しい、でも開けるのが怖い。
というか、このサイズのダンボール一個、果たして冷凍庫に全て入るものか。
そう考えて、答えは決まった。
――――よし。
「今から鍋パーティーしよう」
※
パーティ。
それは響きはいいが、それなりの人数の友人知人、家族がいなければそもそも不可能な催し。
幼馴染を呼ぼうかと思ったが、彼らは忙しい。
呼べば来るかもしれないけれど、そもそも最近ちょっと距離が近すぎているような気もする。
ここらで適正距離に戻るべきかと除外した。
そして思いついたのは、残念なことにあと二人。
「―――――なぜ、うちなんだ」
「だって、部長しか思い浮かばなかったんです」
冷凍モノのダンボールを抱え、いざゆかん部長宅。
自分で調理?端からそんなものをする気はない。
「一応鍋は持ってきました!」
ガスボンベ付きの奴、と示せば、玄関口であからさまにため息をつく部長。
それでも連絡を受けてちゃんと部屋に上げてくれたのだから既にお許しは得たも同然。
「君の頭の中はどうなってる?」
「それなりには詰まってると思います」
――――多分?
「あ、来る途中で主任にも声をかけたんで、後から来るそうですよ~。
そもそもこの状況を作った原因は主任にもあるので責任をとってもらいましょう」
うむ。
「そして帰りの足もゲットです」
その為に呼んだといっても過言ではない。
まぁ、徒歩でもどうせ数分の距離なのだが。
「お酒も差入れでもってきてくれるそうですよ~」
「…君は…」
危機感はないのか、とこぼす部長。
――――え、なにそれ美味しいの?ときょとんと首をかしげれば、大仰なため息。
「わかってますって、女が一人で男の部屋に乗り込むなんてってことでしょ?
そう思って二人きりにならないように主任も呼んだんじゃないですか~」
「――――だからこそが間違ってるんだ」
「え?」
「男ふたりに女ひとり、それも十分に危険だとなぜ気づかないんだ…?」
なるほど、確かにそう言われればそうか。
じろりと見つめられるが、こちらにも弁解する余地を与えて欲しい。
「え~と、それはですね、今までが今までだったからというか…」
環境が悪い、それにつきる。
「何しろ子供の頃から竜児やケンちゃんと一緒に過ごしてたもんで、危機感とかがどうも…」
部長の言う、男ふたりに女ひとり、という状況が危険だとは全く思えないのだ。
――――まぁ、最近になって竜児と二人きりは危険、とは少し認識し始めたが。
それでも、3人一緒となるとどうしても気は緩む。
お互いのおねしょの模様まで知ってる間柄で今更危機感を持つのは難しい。
もっと言えば、ときめきを感じるのも相当至難の業だ。
「そこまで行くと悲惨だな…」
「え?」
なぜ部長に哀れまれるのかさっぱりですよ。
「それよりもほら、鍋の用意しましょうよ、鍋!!
2~3人前用が3つも入ってたんですよ!?これは女の一人暮らしに対して喧嘩を売っているとしか思えないっ」
一人鍋は罪だってのかこの野郎っとふざけた調子でまくし立てながら、バリバリと箱の包装を解いていく。
そうして具材を取り出し、そこであることに気づいた。
「―――――あ、野菜」
「…今気づいたのか……」
鍋セットには冷凍の具材は入っているものの、フレッシュなお野菜は入らず。
白菜の入らない鍋なんて鍋じゃない。
ついでに言えばネギも欲しい。
だけど一人暮らしの部長宅にそんなものがあるとは思えないっ!
一応念の為にちらりと視線を送ってみるが、当然のごとく首をふられ、がっくり。
仕方ない。
「ここは買出しに行きますか…」
「俺がか?」
嫌そうな顔をする部長に、「いえいえ」と否定し、自らを指差す。
「場所を貸してもらうお礼として今から自分で行ってきます。この近くのコンビニ、野菜も売ってるからとりあえずあるだけ買ってくればなんとか」
最低限でもこの時期ならば鍋物用のカット野菜が置いてあるはずだ。
それをしこたま投入しよう。
じゃ、行ってきます!と元気に手をあげて来た道を戻ろうとしたところで、ぐいと腕を掴まれた。
「部長?」
「……さすがに一人で行かせるわけにはいかないだろう。俺も行く」
少し待ちなさい、と声をかけて外出用らしきダークグレーのコートを羽織る部長。
うん、いい感じに大人っぽい仕様になった。
それに比べてしま○らでかったアニメコラボのジャージ風パーカーを着ている自分はなんだろう。
ちょっと自分を見つめ直す必要があるかも知れない。
「ところで君――――その服装はなんだ?随分変わった色使いだが…」
左半分は白。途中斜めから右半分は黒。
裾には水色で渦巻きのような模様が入り、胸には「銀」のマークが。
「今更ですけど、菅田将暉のファンなんです」
「…?」
あ、通じてない。
「アニメですアニメ。最近実写映画になったやつ。
小栗旬より菅田将暉派なんですけど、さすがにそっちのコラボ商品はなかったんで…」
ちなみに家には、黄色いくちばしをした謎の白い着ぐるみ型パーカーもある。
「仮面ライダーをやってた頃から目をつけてたんですよね~」
ミーハーにキャーキャー言うというよりは、応援していた若手が台頭してきて喜ぶおばちゃんの気分だが。
間違っても夜に上司の下へ訪れる格好じゃない?
うん、承知の上です!!
「今更部長相手に着飾っても何もないじゃないですか…」
どうせ馬子にも衣装と言われて終わるだけだとはよくわかっている。
ただ単に趣味を優先しただけとも言えるが。
「…………」
「……分かりましたよ。今度来るときにはちゃんとした格好で来ます!!」
だからそんな、隣に並ぶのが恥ずかしいと言うような目で見ないでっ。
「二人で買い物なんてそりゃ明らかに同棲カップルのやることじゃないですか?会社の人間に見られたらどうしましょうね~」
うふふ~と笑う高瀬。
だが、焦る様子もなく部長の視線は更に冷たい。
「その格好で、か?」
「!ひどい、部長っ!!女だってジャージくらい着るんです!同棲してればむしろだんだん格好はラフになって、男は肌色の股引、女はピッチピチのスパッツ、あるいはお揃いのステテコを履くことも…!」
―――――多分?
「……あるんですかね?」
「それを俺に聞くのか」
だって、経験豊富そうだったので……。
「あ、でもお揃いのセーターなら持ってます。竜児とケンちゃんと3人で」
クリスマスにプレゼントしたのだが、残念ながら今のところお揃いで着ているのを一度も見たことがない。
だが先日遊びに行った竜児の家にはなぜか高瀬用のパジャマがストックされていた。
他の女用ではない。だって明らかに高瀬仕様。
何しろリラッ○マの着ぐるみ型だ。
大喜びで着させてもらったが、竜児の趣味でないことだけはさすがにわかる。
後で主任にその件を話して聞かせたところ「見事に釣られてるね」との一言を頂いた。
マグロの一本釣りならぬ高瀬の一本釣りは非常にイージーな模様です。
「部長……ちょっと確認なんですけど、このマンションに実はこっそり女用のパジャマなんて用意されて…」
「ない」
――――――ですよね。
「安心しました」
さすがに彼女の気配がある家に、ただの部下とは言え勝手に上がり込むのは気が引ける。
高瀬が落とした髪の毛で後で修羅場になったら申し訳ない。
そういえば、主任はともかく部長の恋愛事情は聞いたことがなかったが…。
「なんだ…?」
「…いえ」
上から下までじっくり部長の姿を眺め、その隙の無さに感心。
というか、中塚女史に聞いたところによると毎日遅くまで残業、日曜でも呼び出しがかかることがあるらしい。
そんな状況で密かに女を隠しているとしたら、そこは追求しないであげるべきだろう。
プライベートを削ってまで恋に生きる、その情熱は高瀬にはまだない。
全部事情を知り尽くした幼馴染のような相手ならともかく、正直今はまだオシャレデートより家でごろごろしていたい。
「部長……リア充って大変なんですね…」
きっと水面下で必死に泳ぐアヒルのような努力が必要に違いない。
暑い日もそろそろ終わりでしょうか?
まだまだ頑張りますよ( ´∀` )b
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