修羅場ですか?
「…で、及川くんの方は体調はもう万全?」
「おかげさまで、まぁ大体は」
「そう、よかった。…流石に心配したよ」
目の前で倒れた挙句そのまま消えられては、確かに気が気ではない。
「俺に力を貸したってのも原因の一つなんだろ?出社してきたら及川くんに返さないとと思って…」
―――――ん?
「返す?どうやって」
なんか妙なことを言われたなといった表情で問いかけ返す高瀬。
霊力の受け渡しは出来ても、返してもらったことなど一度もない。
「そりゃ………こうじゃない?」
言葉とともに近づいてきた主任の顔。
なぜか動いた手が頬に触れ……。
「ぎゃぁあ!!」
「ブッ…!」
高瀬の目前まで迫ってきた唇に、反射的に腕を前に突き出し、思い切り主任の顎を突き上げた。
「…な。何をするんですかっ!!」
「何ってそりゃ……借りたものを返却しようと思って」
思い切り下から張り手を受けたも同然の顎を「いたたた…」と片手で押さえながら、悪びれなく返す主任。
「返すってそういうことですか!?」
「え、違うの?」
「そりゃ違いますよっ!!」
いちいちキスで霊力の受け渡しをしていたら大変なことになるじゃないか。
今回は特別、あくまで特例…!
「普段はやりませんからね!?あんなのっ。
それから、何もしなければ霊力は勝手に私のもとに戻ってくるので、わざわざ返してもらわなくて結構ですっ」
ぺっぺっ、っと、キスされてもいないのにバッチィものにでも触れたような顔をして舌を出す高瀬に、主任はやや不満顔だ。
「これでも一応親切心だったんだけどねぇ…」
「親切心で人のファーストキスを奪うのはやめてください」
「え、もしかして処○?」
「うっさい!!」
ファーストキスもまだな女に相手がいると思うか!!!
叫んだ自分にダメージが3倍くらいになって帰ってくるわっ(泣)
「あぁ、なるほどね。あの幼馴染のガードが硬すぎて誰も相手にならなかったか~」
「わかってるなら言わないでくださいよっ」
「いやいや、幼馴染って言っても兄弟じゃないんだから、彼らが相手でも別にいいでしょ」
「幼馴染は幼馴染であってそれ以下でも以上でもありません」
「え、なにその理論。流石に彼らが気の毒になるんだけど…。
――――そこまでノーガードだと返って攻めづらいってことか。幼馴染も大変だ」
肩をすくめ、やれやれとつぶやく主任。
なんだ、人のキスを奪おうとしておいてなんだその態度は。
ぷんぷん、と腹を立てる高瀬。
しかし、次の瞬間にこりと笑った主任の言い出したセリフに凍りつく。
「なら、俺が立候補してあげようか」
「……へ?」
―――――今、私の耳は何を拾った?
「だから、君の恋人に。―――――遊びで君の相手をしたなんて知られたら殺されそうだしさ」
「主任………」
「ん?」
ぺたり、と主任の額に手を当て、熱を計る。
「悪いものでも食べました?」
もしくは高熱で頭がどうかしたとか。
「むしろこれから及川くんを食べさせてもらおうかなぁと思ったんだけど…」
ブンブンブンブン。
首を振る。
激しく首を振る。
「美味しくないです」
「そう?意外と熟成されてそうじゃない?」
「熟成とか失礼な…!!って、そうじゃなくて結構ですっ」
突然何を言い出すんだあんたは、と冷めた視線を向ける。
「冗談ですよね?」
「…う~ん………そういうことにしとく?」
――――しとく、って…。
「今までひたすら部長押しをしてたのにどうしたんですか…」
「ん?それは今でも変わらないよ。谷崎を選ぶなら俺は喜んで身を引く。
でもホラさ、障害があってこそ恋は燃え上がるって言うし、そこで俺が…」
「主任。人はそれを当て馬と呼ぶのでは?」
「あれ、気づいちゃったか」
てへぺろ、じゃない。
というか、結局部長のためなんじゃないか。
がっかりはしないけど、ちょっと脱力。
「はいはい、男同士の麗しい友情ですね!」
それにこちらまで巻き込まないでいただきたいと表面上腹を立てながら、ホッと息を吐く。
――これ以上いらない。
ハーレムとか言われる要因は本当にいらない。
「ま、悪くないかなと思ったのは本当だよ」
「?」
「俺って、昔から手間のかかるタイプの女が好みでさ。
どっちかというと箱入りのお嬢様系ばっかり選んでたんだけど…」
「ほぉ~」
それはさぞや選り取りみどりだったことだろう。
自慢か?それは自慢なのかと冷めた視線を送る高瀬。
やさぐれたその態度に、苦笑しながら「話はちゃんと聞きなさいって」と頭を一つ撫でる。
「手間の掛かるタイプって、よく考えれば及川くんもばっちり当てはまるんだよね。
――――しかも、目が離せない危なっかしさもあるし」
それは幼児レベルということではなかろうか。
そういえば主任には幼児姿の方が私らしいと言われた記憶がある。
あれ、主任て実は密かにロリコ…。
「ん?なんかまた変なこと考えてる?」
「いえいえ、滅相も」
主任ロリ○ン疑惑が芽生えただけです。
妙なところで警戒心を発揮し、少し距離を取る高瀬に首をかしげながらも、主任は再び続ける。
「手強いライバルから奪い取るってのもなかなかスリルがあって楽しそうだしさぁ。
君と人生を共にするってのも意外と悪くないかなぁと思ったりして。
だからさ、遠慮なく俺を選んでくれても……」
いいんだよ、と続けようとした言葉が、頭上から差し込んだ影にかき消された。
「――――こんなところで何をしてる?」
「部長!!」
「あーぁ、タイムオーバーか」
ちぇ。っと、イタズラがバレた子供のような素振りで舌打ちした主任。
高瀬は慌てて主任の傍を離れると、そそくさと部長の後ろに隠れる。
「…何をしてたんだ?」
「なにも~?強いてい言うなら大人の会話かな。ね、及川くん」
「うぅぅ…」
「…?」
背中に隠れたまま出てこない高瀬を不審に思いながらも、どうせまたいつものお遊びだろうと判断した部長は、「早く仕事に戻れ」と一言だけ主任を諌める。
へいへいと言いながら何事もなかったかのように動き始めた主任。
そのあまりにあっさりとした態度に、やっぱり全部冗談かと思いながらも、反撃をする高瀬。
「部長部長…!主任が実はお嬢様主義のロリコンで私にも魔の手を……!!」
言いつけてやる!と勢い込んで部長のスーツの裾を引っ張ったまでは良かったが…。
「………………」
沈黙が長い。
そして視線は氷のように冷たい。
「あの……部長……?」
おーい。
体の芯から凍えそうです。
そして、やっと口を開いたかと思えば、ただ一言。
「――――仕事をしなさい」
………。
最もですね、そうですね。
ここは会社ですもの、働きましょう。
「「承知しました」」
高瀬だけでなく、面白がった主任までもが含み笑いで返事を返すのに、ちょっと眉を揺らす部長。
その傍ら――――今は高瀬のすぐ横に立つのは、いつもどおりのアレク君。
今日も調子は良さそうだ。
彼がついてからというもの、部長にとり憑く小動物が一気に減った。
素晴らしい効果だ。
『くぅ~ん』
懐いてきたアレク君を、よしよしと撫でてやりながら、はっと気づく。
―――――あれ、このままだと私、お払い箱にされる!?
「部長…!」
がばっと、もう一度部長のスーツを掴む高瀬。
「…なんだ」
既に動き出そうとしていた部長が、迷惑そうに視線をこちらに向ける。
だが、そんなことはお構いなしに、高瀬は叫んだ。
「部長、捨てないで――――!!!」
レビュー欲しいな、なんて贅沢な事を思う今日この頃(●´ω`●)ゞてへぺろ
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