ジャイ○ンの言うことにゃ
これは夢だと、はっきりわかる夢のことを明晰夢というらしい。
ついさっきまでぬいぐるみのテディベアを相手にホットドッグの早食い競争をする夢を見ていた高瀬は、唐突にこれが夢だと気づいた。
――ハッ。
「ちょっとまて、なぜテディベア」
せめてそこは木彫りの熊だろうと思ったところで、ようやく我に返る。
騒がしかったあたりの喧騒がすっかり止んで、シン…っとした沈黙がそこに広がった。
「…ん?」
これは、どういうことだろう。
テディベアに変わってどこからともなく、三つの影が現れる。
それはやがてはっきりとした形を描き――――。
何故か目の前に、「いぬ」「さる」「きじ」というネームプレートをつけた部長、竜児、賢治の三人が。
「おい」
どうしよう。夢だと分かっても直視できない。
なんで?なんでみんな、素の格好で首からネームプレートぶら下げてるの?
せめて仮想とかしてるならいっそ笑ってやれるのに!
中途半端すぎてなんか怖いっ!!
そろーっと3人を伺うが、さすがに夢の中の登場人物、ピクリとも動かない。
それこそマネキンのように。
顔色も、まるで陶器のように青白い。
なんだかシュールだなぁと思いながらそちらに向かって一歩足を踏み出すが、何故か不思議と、3人との距離が全く縮まらない。
「…?」
夢だからだろうか。
近づけば近づくほど、遠ざかっていくような気がする。
そうなると今度は何としてでも近くに行きたくなるのが人情というもの。
一度足を止め、息を整えると、腕を振り上げ、猛ダッシュでそちらへ向かって走り出す。
「竜児、ケンちゃん、部長――――!!!」
おーーーーい!!!
けれど、健闘も虚しく。
「おぉうっ…!?」
近づくどころか、徐々に彼らの姿が薄くなっていく。
ただ、ピクリとも動かなかったはずの彼らが、まるで高瀬の呼び声に反応したかのように、顔をこちらに向けていた。
3人、それぞれの唇が開かれ、こちらにむかって何かを喋っているようなのだが、何も聞こえない。
「なに?なんて言ってんの??」
耳に手をあて、「聞こえない!」と示す高瀬。
夢相手に何をしてるんだろうと思いながらも、なぜか気になって仕方ない。
そのうち、ふとあることに気づいた。
ネームプレートに書かれた文字が、徐々に歪んでいく。
平仮名で書かれた二文字が、漢字交じりの単語へと変換されていき……。
「……え」
絶句した。
※
ガバッ…!!!
「縁起が悪いにも程がある…!!!!」
飛び起きた高瀬は、勢い込んで叫んだ。
いつの間にベッドに来たんだろうとか、そんなことは何一つ気づきもしない。
気になったのは、先ほどの夢の終わり。
「居ぬ、去る、帰じ、って………なんだそりゃ!?」
――居ない、去っていく、帰ってこない――――
ダジャレにしても悪質が過ぎるだろう。
深層心理なんてとんでもない、はっきりとした悪夢だ。
彼らに対してそんな願いを持ったことなど、一度もないと言い切れる。
ぜぇぜぇと息を吐いてひとしきり叫んだところで、ようやく少し落ち着きを取り戻した高瀬。
「……あれ?そういえば私いつの間にベッドに…」
『きゅ!』
「ハムちゃん?」
そうだ、枕の上にはハムちゃんが眠っていたはず。
無意識に移動して、ハムちゃんを隅におしやっていた?
「あぁ、ごめんごめんハムちゃんや…」
すまんかったと、鳴き声のした方を振り向いた高瀬。
だが、ベッドの上にいると思っていたハム太郎は、なぜかベッドの真下、高瀬の足元で何かを両手に抱え込んだまま、『きゅ!きゅ!』と声を張り上げていた。
「…?何持ってんの?ハムちゃん」
眠る前は少なくともそんなもの持っていなかったはずだが。
どこかでひまわりの種でも手に入れたか?
「…まさか」
寝ている間に、また誰か来ていたのだろうか。
だとしたら、勝手にベッドに移動しているのも納得がいく。
竜児か賢治、どちらかの仕業だろう。
「…とりあえず、それを見せてごらん」
何を持っているのかが気になって、ベッドから身を起こし、ハム太郎のもとへかがみ込む。
すると。
「……これ…」
――見覚えのある、淡い光。
「……さっちゃん…?」
そうだ、これは、さっちゃんの、魂―――――。
はっきりとそう認識したところで、つまみ上げていたそれを、慌てて両手で捧げ持つ。
高瀬の掌の上で、一度きらりと光を放った珠が、すっと手の中に溶けていき――――。
姿を現したのは、一人の女性。
「美幸、さん…」
部長が見たという、大人の姿。
彼女は名を呼ぶ高瀬に向かい、柔らかい笑みを浮かべると、両手を揃えて深々と頭を下げる。
後始末はまだ完全に終わったわけではないが、彼女が懸念していたであろうことは、確かにほぼ落ち着いたと言えるだろう。
「あなた、一体いままでどこへ…?」
それには答えず、頭を下げたまま、静かに姿を消していく美幸。
心残りがすでになくなったのだろう。
しかしなぜこれまで姿が見えなかったのだろうかと不思議に思えば、その答えは意外なところからもたらされた。
『きゅ!』
「……あぁ、なるほどね」
ハムちゃんが、接触越しに伝えてくれた。
自分の子供たちを助けるために自らの魂を供物に差し出し、白狐に助けを乞うた美幸さん。
無事に事がなされ、その魂は白狐のものとなり、それを――――。
「さすが竜児、動物にもなんの躊躇なし」
首をキュッとは、さすが魔王。
なんてお手軽。
何故かとぎれとぎれではあるが、その時の様子を伺うことができ、妙なところで感心する。
というか、ではいまこの扉の向こうには竜児と白狐が――――――。
「げ」
そこに思い至り、慌てて飛び上がる。
そのまま勢いよくドアを開けたところで、何かが扉にぶつかった気配を感じた。
「ん?」
物理的なものではない、妙な気配が…。
そう思って開けた扉の裏を見たところで、高瀬はもう一度「うわ」と声を上げる。
案の定、隣の部屋にいたのは平然とした表情の竜児。
「ナイスタイミングですね、タカ子。ノックアウトです」
「…いやいやいや、稲荷狐をノックアウトしちゃダメでしょ!?」
「問題ありませんよ、今のそれはただの野干と変わりません」
「……やかん?」
ってあの、お湯を沸かす?
「それでも別に構いませんが、野干というのは要するに位の低い狐の妖怪ですね。
君の認識で言えばただの動物霊と大差ありませんよ」
「えぇぇ~~~」
そ、それでいいのかな~?と、扉の裏側ですっかり伸びてしまった白狐を見る。
とりあえずそのままではまずかろうと助け上げようとしたところで、竜児が動いた。
「触らないように」
「へ?」
「それは卑猥な狐です。君の部屋に勝手に侵入しようとしていました」
―――――そう言われると、さっきのは。
「勝手に部屋に入ろうとしてタイミングよくたたき出されたんです。いい気味ですね」
「あぁ…」
なるほど、そういうことか。
しかし、竜児よ。
「したり顔でいってるけど、勝手に人の家に侵入してる段階であんたも同罪だから」
むしろ賢治に合鍵を作らせてそれを献上させてるあたり更に悪質だが、当の本人はケロリとしている。
「タカ子のものは僕のもの、賢治のものも僕のものです」
「ここでその迷言くる!?」
―――――おそるべし、ジャ○アンめ。
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作者に心の栄養を( >Д<;)