魔王と狐
第3章スタートしました!ストックも減り、ここから先は更新ペースが落ちると予想されますが、これからも宜しくお願いします。
うむ。
「人のお金で食べるピザはとても美味しゅうございました」
やはりジャンクでハイカロリーなファーストフードには、抗いがたい魅力がある。
満足しきりでパン、っと手を合わせ、ごちそうさまでしたと、ここにはいない賢治を拝む。
「ケンちゃんありがとう。でもあの若者に私のことをなんて説明しているのかは後で必ず聞かせてもらいます」
――――覚えておけ。なむなむ。
感謝の言葉なのか恨みの念なのかよくわからない祈りを済ませ、ポイとゴミを片付ければ、急激に襲って来る睡魔。
先程まで眠っていたはずなのにまだ眠くなるというのは、やはり後遺症の一種なのかもしれない。
「ふあぁぁぁ………」
時刻を見れば、午後の4時すぎ。
昼寝には遅すぎ、夜寝には早すぎ、何とも言えず中途半端。
「そういやさっきの若者の名前も今度会ったらちゃんと確認しとかないと…」
さすがに目の前で自己紹介されて忘れましたとは言いづらい。
本人のいないところでこっそり聞こう、そうしよう。
そんなことを考えながらテーブルに頬杖をつき、あくびを一つ。
気づけば、すっかり意識が飛んでいた――――。
※
――数分後。
カチャリ……。
主が沈黙した部屋に、何の遠慮もなく立ち入る一人の影。
ノックすることすらなくスタスタと上がり込んだ彼は、テーブルにつっぷしたままくぅくぅと寝息を立てる高瀬を見下ろし、一つ嘆息する。
そして、迷いなくその体を椅子から抱き上げると、勝手知ったる他人の家とばかりに寝室のドアを蹴り開け、ベッドへ向かう。
「邪魔です、どきなさい」
『……きゅ?』
枕の上に陣取っていたハム太郎を容赦なく一瞥すると、恐れをなしたのか、眠い目をこすっていたハム太郎は、するすると枕をおり、ベッドの隅っこに移動する。
その枕の上に高瀬の頭を下ろすと、全く目覚めない彼女の額に一つくちづけを落とし、ちょいちょい、と一本の指でハム太郎を呼びつける。
『きゅい~』
恐る恐る、といった様子で近づいてきたハム太郎は、ちら、ちら、と男――――竜児の顔色を伺いながらも、意を決した様子でぴょんっと飛び上がり、その肩に腹を載せる。
体制を立て直そうともがくハム太郎を上から手のひらで無理やり押さえつけ、そのまますたすたと歩き出す竜児。
再び戻ってきたダイニングで、ようやく手を話せば、バタバタと暴れていたハム太郎ぴょんっとテーブルの上に降りる。
しばらくきょろきょろと辺りを見回していたハム太郎だが、立ち止まった竜児の視線の先のソレ――に気づくと、一声『きゅ!』と声を上げ、その後少し不思議そうに首をかしげる。
「…礼を言いに来たのなら間に合っている。これ以上こちらに踏み込もうとするなら――次はない」
取り繕うことすらなく、冷酷に言い放つその言葉に、ソレ、いや、高瀬によって”さっちゃん”と名付けられた少女の姿を取るモノは、ひどく不満げにこちらを睨みつけた。
それは、これまでの”さっちゃん”であれば決してしなかったその表情。
「彼女の前にその姿を晒すのもやめてもらいましょうか。内心の醜さが顔に現れてとても少女には見えない」
高瀬が知れば動揺する。
その一点でのみをとって不愉快だと、竜児は告げる。
彼自身にとっては、姿などどうでもいい。
目の前のものは、たとえどのような姿を取ろうと、中身は何一つ変わらないのだから。
ソレは、唇を端を歪ませ、皮肉そうに口を開く。
『……同胞に向かって酷いセリフを吐くものだな』
「同胞?そんなものがどこにいます」
は、と鼻で笑う竜児。
「負け犬に用はありません。……あぁ、負け犬ではなく野良ギツネの間違いか」
『…貴様…!!』
少女の姿をしたソレの表情が一気に変わった。
瞳が釣り上がり、徐々に輪郭を変えていく。
『我は由緒ある稲荷の使い狐なり!』
そうして現れたのは、つい先程も高瀬の前に現れた巨大な白狐。
「…笑わせてくれますね。仕える神を失って、何が使い狐か。神格も持たぬ分際でよく吠える」
『…!!』
「能書きは結構です。礼はいらぬと言われても尚ここに留まるその理由は?」
的確に相手の弱みをつくような言葉を選びながら冷笑を浴びせる竜児。
全く怯んだ様子もなく、何一つ態度を変えない彼に、白狐がするすると大きさを変え、普通の犬ほどの姿へと縮む。
『我を主の―――――』
「待ち合ってます」
バッサリ。
『…!!お前にはいっておらぬ…!我は、我を開放せし大恩ある主に…!!』
「押し売りは結構。――いらぬものは、いらぬ」
すっと、竜児の瞳が青白い凄みを帯びる。
それまでとは違った、鋭く怒りのこもった瞳。
「それとも、我らで事足らぬと言うのなら――――――争うてみるか?」
皮肉げに歪んだ口元からこぼれ落ちるのは、挑戦的な言葉。
ただ人ならぬその気迫に押され、じりじりと後ずさる白狐。
「彼女をうまく利用しておきながらその威にすがろうなど図々しいにも程がある。
――――ねぇ、君もそう思いませんか」
『…きゅ…きゅ?』
いつのまにかテーブルに置かれていた新聞の下に隠れ、チラチラとこちらを伺っていたハム太郎に向け、口調を変えて優しく問いかける竜児。
「安心しなさい。君は彼女のペットです。排除しようとは思いません」
『きゅ~』
よかった、というように胸をなでおろすハム太郎。
「まぁ、彼女が不要というまでは、ですが」
『きゅ!』
ちらりと向けられた視線に、ぶるぶると首を振るハム太郎。
――――わかっている。
どうせ、彼女が一度身内に入れたものを不要などと言い出すはずはない。
のうのうと過ごす愛玩動物へのちょっとした皮肉だ。
『ペット……。主にただ飼われるのなら構わぬと申すか』
『きゅぅ~』
ぶるっ。
恨めしげな目を向けられ、寒気でもしたのかぎゅっと自らを抱きしめるハム太郎。
「野生動物の飼育は禁じられていますからね。狐は飼えませんよ」
『我をただの狐と…!!』
「ただの狐ではないのなら、ペットとしては不適格です。――――疾く、居ね」
取り付くシマもない。
そう見て取ったのか、それとも自分の分の悪さを悟ったか、口惜しそうにしながらも、ようやく自分の思い通りにはいかぬと諦め、白狐はしゅん、と更に体を縮ませた。
「あぁ、その前に…」
『…?』
訝しげな様子の白狐のもとにすっと進み寄った竜児。
片手を伸ばすと、あっという間にその小さな首をぐっと締め上げた。
『な何を…!!』
「折角そちらから出向いてくれたのです、ついでに返してもらいましょう」
『ぐほっ!!』
締め上げられた喉から吐き出したのは、あの時高瀬の手元に残ったものより随分小ぶりな、しかし光輝く小さな珠。
『それは…!それは我が供物として差し出されたもの、いかにお主とて…!』
締め上げていた手を開放し、ぽいっと放り出された場所でキャンキャンと吠える白狐。
そのサイズは先程からまた一回りほど縮んで、鳴き声も随分と甲高い。
「僕はどうでも良いのですがね…。彼女が気にしますから」
ひょいと珠を拾いあげた竜児。
何を思ったか、テーブルの上でこちらを見ていたハム太郎のもとへ、ポイっと。
それを受け取り、ヒマワリの種のように両手で抱えるハム太郎。
「――――彼女のもとへ」
『きゅう!』
一声なくと、しゅたたたたっと寝室に向けて走り出すハム太郎。
『まて……!!』
白狐がそれを追いかけようとするが、器用に避けて走るハム太郎が、それより早く寝室の扉へと飛び込んだ。
閉まったままの扉へ吸い込まれるように消えていくハム太郎。
――――そして。
『ギャ…!!!」
同じように飛び込んだ白狐が当たり前のように扉をすり抜けようとした瞬間、青白い光が迸る。
弾け飛ばされ、吹き飛んだ白狐。
『な、なんと…』
「――女性の寝室に許可なく足を踏み入れようなどと不埒な狐には、お仕置きをしなければいけませんかね…?」
ゾクッ。
驚いて扉を見つめる白狐。
それを上から冷たい視線で見据える竜児に、一気に全身の毛が逆立った。
『あ、あのものは…!!』
「あれは彼女のペット。お前は単なる侵入者です」
招き入れられると思う方が愚かだ。
無意識のうちに拒絶されているという事実に、せいぜいうちひしがられるといい。