再会の場所
――――パクッ。
ごっくん。
「アレキサンダー!!何をしてる!!」
「何ってそりゃ……捕食?」
目の前で起こった出来事に目を見張る部長に、高瀬が冷静に突っ込む。
部長が目を離した隙に、アレク君が例の毛玉を一口で飲み込んだのだ。
高瀬にとっては驚くような出来事でもない。
――――想定の範囲内だ。
そして更にアレク君、部長の目の前で、ペッと再び毛玉を吐き出した。
「おっ、いい感じ」
出てきたのは、黒い毛玉ならぬ、一匹の小さな小さな白狐。
思った通り、すっかり漂白されて出てきたようだ。
白狐は出てくるなり、まるで「酷い目にあった」とでも言う様な素振りでブルブルと首を振り、そのままふよふよと宙に浮いて、高瀬の目の前までやってくる。
ちぎれた尻尾もすっかり再生しているようだ。
「こっちにおいで」
差し伸べた高瀬の手のひらに、ちょんと座り込んだ白狐。
先ほど高瀬から受けた仕打ちについてはなかったことになっているらしい。
困惑する部長をよそに、一人満足げなアレク君。
パチン…!
ぶぅん……。
止まっていた部屋のモニターが動き出し、一瞬にして明るくなった室内に部長が目を細める。
けれどこれまでと違うのは、モニターに映し出された画像が、神社の真っ赤な千本鳥居であること――――。
まるで鏡の奥を覗き込んでいるかのように、永遠を続く鳥居が映し出された画面。
「案内してくれるみたいですね。……んじゃあまぁ、カタをつけに行きますか」
『ワンッ!!』
今度こそお供しますぜ!とばかりに勇ましく吠えるアレク君。
わかってる、君にはまだ活躍してもらうつもりだとも。
白狐を乗せたままの手をモニターに向ければ、その手がすぅっと画面の中に飲み込まれていく。
――――よし、いい感触だ。
「部長」
目の前で起きている信じられない出来事に声も無い様子の部長を振り返り、高瀬は言う。
「ここで待っててくださいね。ちょっくらラスボスを倒してきちゃうんで」
勇者の装備はないが、案内役の白狐と、何より頼りになるアレク君がついている。
たとえ土壇場で3段変身されようとも負ける気はしない。
フル充電、「ガンガン行こうぜ!」状態だ。
「……これ以上関わらないんじゃなかったのか?」
ちょっと恨めしそうにこちらを見る部長。
確かに、さっき「自分でなんとかしろ」と丸投げした直後でのこれは、不自然に思えるだろう。
だが、話は簡単だ。
「他人の家の火事を自ら消しに行くほどお人好しではありませんが、売られた喧嘩は買いますよ」
自宅近くで放火魔を見つけたならば、家に火を付けられる前にとりあえずヘッドロックでしばき倒す。
まぁ、そういうこと。
「……それでいいのか…?」
「いいもなにも……。こういうのは、舐められたらおしまいなんですよ」
ガツンとやらねば調子に乗られるだけだ。
――――かつて仲の良かった友人が、別々の高校への入学を際に、突然髪を金髪に染めてきたことがあった。
中学まで黒髪で真面目一辺倒だった友人の突然の変貌。
卒業後その姿を知り驚いた高瀬に、彼女は言ったものだ。
『うちのオカンが……最初に舐められたらいけないからこれで行けって』
その一言で、高校デビュー決定。
入学式早々、髪の件で生徒指導室に呼ばれたそうだが、少なくとも舐められることはなかった。
ただしまともな友達を作るまでに相当苦労したそうだが……まぁ、そんなことは瑣末な話だ。
「とりあえず元凶をガツンとやってきます」
そうすれば、後の話は簡単だ。
喧嘩するなら、まず最初に相手のボスを徹底的にやってしまえばいい。
「……君は、やっぱりお人好しだな…」
なんだかんだ言って、結局は助けるのかと。
呆れながらも、どこかホッとしたような部長の声に、高瀬はチッチ、と反対側の指を縦に振る。
「ギブアンドテイク、貸しは必ず返してもらいますよ」
―――――幸いにして、主任からは「なんでもする」との言質もとってある。
「それでも、だ」
なにを言おうとも、結局はただのお人好しだと。
全てわかったかのような表情を浮かべる部長に、ちょっと悪戯心が芽生えた高瀬。
「無事に帰ってきたら、部長からもご褒美期待してますね~」
いいざまに、返答も聞かず一気に画面の中に体ごと飛び込んでいく。
「及川君……!!」
叫ぶ部長の声が聞こえたが、すぐにその声も消えた。
ものすごいスピードで、周囲の鳥居が両脇を抜けていく。
――いや、高瀬自身が、鳥居の中央を走り抜けているのか。
そこに音はなにもない。
隣には当たり前のようについてきたアレク君と、掌の上の白狐。
やがてたどり着いたのは、古びた社。
そこに足をつけた瞬間―――――景色が変わった。
「…!及川くん!?」
『きゅう!!』
「主任?」
真っ白な部屋。
ここは――――――病院か?
ベッドの上で上半身を起こし、こちらを見ているのは室井社長だ。
高瀬の姿がしっかりと見えているらしい。
だがまぁ、それも当然か。
――――今の彼は、”器”だ。
先ほど出て行ったばかりの主任がもう病室にいる、というのは少し奇妙だが、もしかするとあの空間は時間をも捻じ曲げるのかもしれない。
とんでもないスピードで駆け抜けていった鳥居が、その証だったのか。
「…なぜここに君が…」
高瀬の名前を口走ってしまったことで、一瞬失敗した、というような顔を見せた主任。
ちらりと室井社長を横目に見て、その表情になんの変化もないことを確認してから、もう一度高瀬に向き直る。
その主任からあえて目をそらし、高瀬はじっと室井社長を見つめた。
「室井さん」
「………」
その反応はひどく鈍く、目の前に立っている高瀬が見えてはいても、しっかりとした認識が出来ているとは思いずらい。
「隠れてないで出てきたらどうですか」
はっきりとした口調で、高瀬は告げる。
「…一体何を…?」
『きゅ、きゅ~!』
高瀬の方に手を伸ばしかけた主任を、胸ポケットから顔を出したハム太郎が静止する。
―――――さすがハムちゃん、空気が読める賢い子。
そうして自らポケットを飛び出したハム太郎は、室井社長の手元に着地をすると、その腕に思いきり、ガブりと噛みついた。
「え、えぇ…??」
さすがに困惑を隠せない主任。
『きゅ!』
「よしよし、よくやったハムちゃん、戻っておいで」
腕に小さな歯型を残したハム太郎は、「やってやったぜ!」とばかりに小さな胸をはると、転がるようにして高瀬の前までやって来て――――常にない、先客の姿に気づく。
『きゅう?』
「あぁ、この子はいいのよハムちゃん。アレクくんのところでちょっと待っててね」
ミニマムサイズの白狐を前に、小さく首をかしげたハム太郎は、しかしその言葉を聞くと、大人しくアレキサンダーの方へと移動し、ちゃっかりその背中に収まる。
その様子を、なぜか驚いたような様子でうかがう白狐。
――――もしかして、一度食べられたからアレク君が怖いのかな?
んでもって、そんなアレク君の背中に平然と跨るハムちゃんのことにも相当ビビってる様子。
仕方ない、だってそこはハムちゃんだから。
ハム太郎に噛み跡をつけられた室井社長は、はじめこそ何があったのかわからないといった様子の顔をしていたが、次第にその顔色が変わる。
そして。
「ゲホゲホゲホッ………!!!」
「室井!」
突然に咳き込む室井社長。
駆け寄った主任は、しかしその直後に動きを止める。
その目に映るのは。
「……幸希……?」