友情をぶちかませ!
「なに…?」
部長が眉をひそめるが、気にしない。
――今回のことに関しては、私も相当に腹に据え兼ねているのだ。
「誰かに尻拭いしてもらって、それで済むような問題じゃないと言ってるんです」
そんな甘い事で許されるような次元の話ではない。
「…つまり、及川くん的にはこれ以上何かするつもりはないって事かい?」
顔を曇らせた主任が、機嫌を取るように高瀬におもねるが、それにもはっきりとと断言をする。
「この件に関しては、しっかり当事者に落とし前をつけてもらわないと納得できません」
「…落とし前、って…」
なにいってんのこの子、と。
冗談交じりかと笑う主任には悪いが、こちらは100パーセント本気である。
「正直、いますぐにでも室井家の墓を暴いて先祖の霊の胸ぐらをつかんでやりたいくらいの気分なんですが」
「「………」」
そこでようやく、本気で高瀬が苛立っていることに気づいた二人は、困惑したように互いに顔を見合わせる。
「だけどさ、及川くん。これは人命がかかってる話なんだよ…?」
説得するような主任の言葉にも、高瀬は決して応じない。
「なら、死んでしまえば何をされても構わないってことですか。生きている人間の為なら、死んだ人間はどんな扱いをされても構わないって」
「それは……」
口ごもる主任。
変わって口を挟んだのは、部長だった。
「加害者が守られ、被害者は忘却される。…君が言っているのは、そのことか」
「…さすが部長、よくお分かりです」
実際の事件だってそうだ。
人を殺した犯人には釈明も弁明も、生きる権利も許されているのに、死んだ人間には何も言う権利がない。
彼らの声が聞こえているのに、それを代弁することもできないのだ。
死んだ人間と生きた人間、どちらの味方なんだとか、そういう問題じゃない。
高瀬にとっては、生も死も等しく同じ、ただそこにあるだけ。
死んでおしまい?ふざけるな。
虐げられたものが救われる?冗談じゃない。
「世の中がこの理不尽を許そうとも、私は決して許しません」
「及川くん……」
重苦しい空気の流れる室内。
――わかってる。
主任にとっては室井さんは大切な幼馴染で、死なせたくないってことは。
死者よりも生者を優先したわけじゃない。
これは単純な身贔屓だ。
それを否定するつもりは高瀬にもない。
自己都合で行動して何が悪い。
「部長は……私にあの室井さんを助けて欲しいんですよね…?」
本来であれば、なんの関わりもない他人。
だからこそ、答えて欲しいと思った。
「例えばですよ?あの人を助けることによって、私が命を削られるとか、死の危険性があるとか、そういう場合でも、あの人を助けてくれて、私に頼みます?」
それは極論もいいところ。
だが、それが聞きたいと思った。
部長がいつも連れてくる浮遊霊の浄化などとは話が違うのだと、しっかり理解して欲しい。
『くぅ~ん…』
高瀬のもとに近寄ってきたアレク君が、ぺろりとその手を舐める。
慰めているのか、それともこれ以上飼い主をいじめないでくれと宥めているのか。
正直な部長の答えを待てば、返ってきたのは深い溜息。
「君か彼か、と聞かれれば答えは一つしかない」
そして、じっと高瀬を見つめ、部長は言う。
「君に危険が及ぶというのなら、俺はこの件から手を引く」
「…!!」
はじかれたように主任が一度部長を凝視する。
「相原。すまないな」
彼の幼馴染を思いながらも、固い決意をにじませる部長。
それに力なく首を振る主任。
「……謝られることじゃないさ。――――谷崎、お前の言うことは正しい。
及川くん、君の言いたいこともよくわかったよ」
そう、分かりすぎるほどに。
「なんでだろうなぁ……。俺は幸希の事で、あいつに怒りすら抱えてたのに。いざ命が危険に晒されたとなれば、やはりあいつを助けて欲しいと思ってしまうんだ。例え、それが幸希の死を犠牲にしたものであっても……」
死んだ人間と生きた人間を比べることなどできない。
それが、当たり前の回答だ。
「頼む。これっきりで構わない。―――――なんとか、あいつを助けてやってくれないか」
主任はすっと立ち上がると、高瀬に向かって深く頭を下げる。
部長はもはや言葉はなく、その背中を見つめるのみ――。
「………仕方ありませんね」
ふぅ、と高ぶる気持ちを少しでも落ち着かせようと、息を吐く高瀬。
「幼馴染の為に頭を下げるその姿を見て黙って見捨てては、それこそ女が廃ります」
それに――――。
「私なら、幼馴染のためなら命だってかけると思いますから」
彼らの為なら、きっとそこに迷いはない。
「なにしろ私たちは一網打尽ですからね!!」
「…一網打尽…?」
うちのほうが絆は強いぞ!とばかりに「ふんっ」と鼻息荒く答えた高瀬。
一蓮托生の間違いではないのかと首をかしげた部長に、高瀬は言う。
「うちの誰か一人を捕まえようとすればもれなくほかの2名を捕獲しなければなりません。
そうでない場合確実に他2名の逆襲にあいます」
高瀬に危険が及べばあの二人が、逆にあの二人のどちらかに危険が及べば高瀬と残りの一人が、どんなことがあっても必ず助けに行く。
それこそ、泥船で海に漕ぎ出す羽目になっても。
「…というわけで、私は幼馴染という言葉には非常に弱いんです。なので主任―――――」
期待を込めて顔を少し上げ、こちらをジッと見つめる主任の珍しい真顔に。
ちゅ。
「……おい、何を」
「今回限り。リップサービスの大安売りです」
小さな恋のメロディしかり、部長と同じほっぺにちゅう。
ありがたく泣いて喜んで欲しい。
へへん、と笑う高瀬に、まさか自分まで部長と同じ事をされるとは思ってもみなかった主任の間抜け顔。
「リップサービスって…意味が間違ってるよ、及川くん…」
「まぁまぁ、別にいいじゃないですか。そんな細かいことは」
折角の幼女のキス、高価買取を期待しています。
「正直私もあの家でちょっとあてられた部分がありまして、部長たちには少し八つ当たりしてしまいました」
すみません、と素直に頭を下げる。
「なんかいろいろ考えてたら腹が立ってきまして…」
座敷牢の中で見せられた古い記憶。
「部長たちに当たったってどうしようもないですよね。うん。
特に主任は大事な幼馴染を助けようとしてるだけですし、何も悪くないです」
うんうん、幼馴染は大切にしないと。
「俺達の関係は、君とあの二人みたいに密接なわけじゃ…」
「それでも捨てられないのが幼馴染。遠くの親戚より近くの幼馴染」
切っても切れない関係が、そこにはあるのだと思う。
「そういうわけで、主任はまず室井社長の運ばれた病院に向かってください」
「え?」
「んでもって、濃厚なキスをお願いします」
――――さっきの部長なんか目じゃないくらい、ディープな感じで。
突然の急展開に面食らっていた主任だが、高瀬の意図が読み解けた瞬間、引きつった笑みを浮かべる。
「……まさか俺も?」
「そうです。間接キスパート2。ついでに部長とも間接………いえ、なんでも…」
高瀬が明るさを取り戻したことで、こちらも調子が戻ったらしい部長にじろりと睨まれ、お口にチャックする。
「とりあえずぶちかます方向で」
是非とも、衆人環視で幼馴染の友情を見せつけてきてほしい。