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とっとこ走るよハ〇太郎

「きゃぁぁぁ!!あそこにも、ここにも黒い影がっ!!!」


ーーーなんだか妙に悪いことした気がするなぁ…。


その後、活発に動き出したハム太郎が社内中を走り回ったために、すっかりノイローゼになってしまっている。


「これぞまさしくとっ○こ走るよハム太郎…」


おぉ、うまいことをいった。


「?何言ってるの、及川さん」

「いえ、なんでも」


見えるものにしかわからない世界だ。


ちなみに見えているはずの部長は再び懐かれるのを警戒して全力で見ないふりをしている模様。

叫ぶお局様の肩を叩き、「君は疲れているんだ、休み給え」と平然とした顔で告げる。


大人って汚いなと思う瞬間だ。


いっそまたハム太郎をけしかけてやろうかと思ったが、採用を反古にされては困る。

ここはおとなしくしておくのが得策だろう。


「…ハムさんや、ちょっとポケットに入ってなさい」


こそっとハム太郎を回収し、ポケットのボタンを閉める。

幽霊ならば服くらい通り抜けられそうなものだが、高瀬相手ではそれがどうやら不可能らしい。

「きゅ?」「きゅ?」と不思議そうな鳴き声で小さく聞こえている。


家に帰ったら自由にしてあげるので、頼むからもう少しおとなしくしていて欲しい。


「…でないとあの人、本当にノイローゼになっちゃいそうだから…」


中途半端に見えるというのは、余計な恐怖心をもたらすようだ。


こんなに可愛らしい小動物が、黒い塊に見えるとは。

その点、部長ははっきりと姿が見えているようだ。


彼の霊感も相当強い。


鍛えればこの程度の霊は自分で払えるようになるかもしれないが、エリート会社員にそんな時間はない。

それに、鍛えられるまでに一体どれだけの幽霊に取り憑かれることか。

それこそ心霊界のムツゴ○ウ状態になるのが目に浮かぶようだ。


「ぷぷぷ…」


エリートイケメンの困り顔というのはなかなか愉快。

その場合、自分がいちいち引き取る羽目になるかもしれないということはできるだけ考えずに置く。

午後、デスクでキーボードを叩いていた高瀬を、再び呼ぶものがいた。


「今度は相原主任…ですか?」


「なにか頼みたい仕事があるとか言ってたわよ?及川さん、タイピング得意だものね」


「自慢じゃないですけど、学生時代はタイピングソフトを鬼のようにプレイしてたんで…」


なぜあれほどムキになったのか今では皆目検討もつかない。

もしや、打ち込み関係の書類を山のように渡されるのだろうか。

別にかまわないが、既に終業まではあと1時間ほどしかない。


明日に回せるものであればいいな、と思いながら席を立つ。


「主任、なんの御用でしょう」


「あぁ、君が及川君か」


呼び出された専用のデスクに向かうと、なぜか満面の笑顔を浮かべた主任が笑顔で待ち構えていた。


「あいつからもう話は聞いてると思うけど、今度から俺が君のフォローをすることになるから、とりあえず挨拶だけしておこうと思って」


「…あいつって…」


「谷崎部長。俺の上司で高校の後輩」


ちなみに俺、大学一浪してるから、とあっけらかんと笑う。

その言葉に、そういえばあの人、谷崎って苗字だっけ、と今更のように思い出す。

名前もついでに思い出そうとしたが…駄目だ、さっぱり思い出せない。


「君はいいね~。なんか面白そうな性格してるわ。俺の事にもまったく興味なしって感じだし。これでも俺、社内で2番目の有望株よ?」


今更だが、一番は部長だ。

何しろ社長の親族出身で、次期社長候補かと今から噂されている。

大学を出て、別の企業で一時修行をしてからこちらの会社に戻ってきたという話だが、特に興味もないので正直あまり詳しくはない。


「いいねいいね、その死んだような目」


「死んだような目を嬉しそうに喜ばれたのは初めてです」


「いいじゃん。俺結構好きよ」


仕事中の彼しか見たことがなかったので、お堅いイメージだったが、実際とはだいぶ楽差がありそうだ。


「ほら、長い付き合いになりそうだしさ。あいつのあの体質ってそうそう治るもんじゃないだろ?」


「…はぁ…」


確かに。


修行をするか、もしくは超強力な護符でも所持しない限り憑かれ放題なのは間違いない。

そんな護符、どこで手に入れればいいのか高瀬には想像もつかないが。


作れるかと聞かれれば、無理だと言うしかない。


一瞬、ちらりとだけ昨日の男が頭をよぎったが、別に高瀬がそこまでしてやる義理はないだろう。

それに下手に親切にしてやって今更契約を破棄されたら困る。


利己的上等。人間、お金がなければ生きていけない。


「一応秘書ってことになってるけど、基本の仕事はあいつの身の回りの世話だから。

秘書としての仕事はほとんど俺の方でなんとかする。一応簡単なスケジュール管理とか、名刺の管理くらいはお願いしても大丈夫?」


「あとでちゃんと引き継ぎさえお願いできれば…」


「了解。話が早くて助かる。後で簡単にまとめてPDFにしとくから、軽く目を通しといてね」


さすがエリート、やる事なす事スマートだ。

部長とはタイプが違い、外見は一見几帳面で堅物に見えるが、恐らくそれは見せかけだろう。


「本当、秘書課の扱いには俺も困っててさ。上も、やれ秘書検定一級だのなんだの、資格に惑わされて採用するのはいいけど、結局ろくに使えなくて…。

大学出の俺が言うのもなんだけど、私大のお嬢様は本当に面倒だわ。…あ、これオフレコね」


「…了解です」


「いやぁ、本当にいい子が見つかってよかった~。どう?このままあいつのこと一生面倒見てやる気なんて…」


「ありません」


「だよね~~~」


あはは~と笑われ、ちょっと手が出そうになった。

我慢だ、我慢。


「でもさ、実際問題アイツ結婚できると思う?学生時代にもその関係でいろいろあったし…」


「いろいろ、ですか」


「うん。なんとなく想像つくだろうけど、後で君の歓迎会を開いたときにでも詳しく教えてあげる」


「お願いします」


うまくいけば弱みを握れそうだとの打算のもとで悪い笑みを浮かべる。


「そういやさ、そのハムスターの霊っての、今ここにいんの?」


「いますよ。私のポケットに」


朝の騒ぎから話を聞いていたのだろう。興味津々といった様子で尋ねられ、素直にポケットを開ける。


「おいでハム太郎」


「ぷっ。ハム太郎って…」


手のひらの上にハムスターを乗せ、彼の目の前に差し出してやる。


「見えます?」


「…う~ん…。うっすら何かいるような気も…」


ぐっと目を細め、じぃ~っと掌を凝視する。


「でも黒い塊…には見えないな。うっすらした靄みたいなものだ」


「見え方はその人それぞれですから」


やたら黒く見えるのは、例のお局の恐怖心の現れだ。

あの人、多分ビビリでである。


「あ、もしかして今頭の上に移動した?」


「正解。結構才能ありますよ、主任」


なんやかやと和気あいあいしながら、再びハム太郎をポケットに戻し仕事にもどる。


「じゃあ及川くん、頼んだよ」


「はい。承りました」


表向きの呼び出し理由のカモフラジューとして、資料の打ち込みを持ち帰り、早速入力を始める。


主任いわく「別に急ぎでやるものでもないからのんびりでいい」そうなので、随分気楽だ。


だが量も多く、傍目から見れば急ぎの仕事を任されたように見えるだろう。

案の定、気の毒そうな視線が高瀬に集まっている。


ちなみに例のお局は高瀬が留守にしていたことでようやく正気を取り戻したようだ。

彼女が部屋に戻った瞬間びくりと肩を震わせたのはとりあえず見なかったことにした。

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