人という字は互いに支えあっているわけではない。
一応ぐるりと社内を見回ってみたが、怪しいところが特に見当たらない。
……というか、普通の会社だ。
「う~ん、おかしいなぁ…」
何かあるような予感がしたんだが。
もう一周回ってこようかと考えたその時、部長たちがやってきた。
彼らもまた高瀬に視線を向け、無言のままについて来いと目で訴える。
へいへ、ついていきますとも。
部長たちの後について、玄関ロビーを通り抜ける。
その時。
「……あ」
入口に飾られた1枚の絵画。
まるで写真のように精巧に描かれたそれは、一人の女性のもの。
あぁ、あれだと、直感的に思った。
だが今はそのことに触れず、黙って部長たちとともに社を後にする。
一時撤退だ。
来ようと思えばまたいつでも来れる。
※
「……さぁ、説明してもらおうか」
「え、早速行きます?」
ところ変わって、場所は再び例のカラオケルーム。
一人から二人に増えてやってきた同じ客に、店員が軽く怪しげな視線を向けていたが、気にしない気にしない。
「ですからねぇ、私が到着した段階で、あの室井社長さんとやらには真っ白い手が張り付いてほぼ瀕死の状態だったんですよ」
「…それとアレとは何の関係がある?」
部長、どうしてもキスとは言いたくないらしい。
横で主任が笑ってる。やっぱり人が悪い。
というか一緒に怒られてくれと言ったのになぁ。
――あれでは部長の怒りに油を注ぐだけだ。
「この間とある男から聞いたんですが、私のキスには霊力が宿っているそうで…」
「――だから?」
「ほぼ初対面に近い状態の妙な呪われた男性にいきなりキスはしたくなかったので、部長を間に挟んで間接キスを――――」
正しくは、霊力の橋渡しだ。
「人助けだと思って勘弁してください」
「……プッ……そうだぞ谷崎……。ここで及川君を叱るのはちょっと筋近いだろう…」
なぁ?といってこちらを向く主任。
一見助け舟のようだが、それは完全な泥船だ。
というか最初に笑ってる段階でアウト。
部長の額に青筋が出てる出てる。
だが、冷静に考えればその言葉が間違ってはいないことにも気づいたのだろう。
はぁと深い溜息を吐いた部長が、注文した烏龍茶を一気に飲み干す。
やけ烏龍ですか。
「……君が直接してくれれば一番だったのは間違いないが、確かに君に文句を言うのもおかしな話だな…」
そうしてじろりと主任を見る部長。
そもそもの元凶である主任にすべてを押し付けるつもりと見た。
うんうん、それでいい、それがいい。
「で、君が見たというその白い手だが、それはなんだ?俺には見えなかったが…」
「見えなくて正解ですよ。かなりグロかったんで…。というか、部長が影響を受けずに済んだのはアレク君のおかげだと思いますよ。この子が部長を守ってくれたんです」
でなければあれだけそばにいたのだ、憑依体質の部長に何らかの影響があったとしてもおかしくない。
「…そうか…」
労ってあげてくださいと告げる高瀬に、傍らにいたアレクの頭をぽんとたたく部長。
嬉しそうだな、アレク君。
よかったよかった――――。
「あれはきっと、半分は私のせい、後半分は……例の写真のせい、といったところでしょうか」
責任の一端は自分にもあるのは間違いない。
素直にそう告げた高瀬に、二人の注目が集まる。
「さっき室井さんのお家にお邪魔した時、いろいろ見て回って弄っちゃったんで…」
よく考えれば、結界にも穴を開けている。
「そのせいであの家にいた霊たちが活性化して一気に動き出したかもしれないっていうのが一つ」
そして、もう一つは。
「……これのことか」
そういって主任がポケットから取り出したのはあの写真。
「…これは?」
事情を知らない部長が手に取り、不思議そうに眺める。
「室井と―――――恐らくはそっちが妹の幸希」
「…随分精巧に出てきてるな…」
幼くしてなくなったはずの少女が、見た目ならば完全に成人女性に見える。
「俺もちょっと調べてみたけどね…。今の技術なら、子供の頃の写真を数枚用意すれば、骨格の形状なんかから将来の顔の予測はほぼ完璧に近い状態で再現できるみたいよ。
……ほら、昔あったろ?未だに生死不明の子供の行方不明事件。つい最近、その子供が生きていたらこんな顔になってるはずだってモンタージュが作成されて話題になった…」
そう言われれば、部長にも心当たりはあったのだろう。
高瀬ですら、確かにニュースで見た覚えがある。
「あれをやったのは警察の科捜研だろうけど、一般レベルでも既にこのくらいの芸当はやってのけるだけの技術がある――そういうことだね」
3人が見下ろす写真の中で、うっすらと微笑む女性――。
「綺麗な人ですね……」
この子が幼くしてなくなったなんて、本当に悔やまれる。
「でも、室井社長はなんで自分と妹さんの冥婚なんて……?」
普通、妹相手にそんなことをするか?
そんな疑問は、主任の言葉に全て吹っ飛んだ。
「血は争えないっていうのかね…。俺が知ってるあの当時、既に室井は幸希に、妹としてだけではなく女として執着をしてたんだ」
――――――え。
「だ、だって当時って、小学校にもまだ上がらないような…!!」
しかも、双子。
「君だって心当たりはあるんじゃないか?幼稚園時代とか小学校時代に、あの幼馴染君達相手に『大きくなったら結婚しよう』なんて約束してみたりとか、さ」
「……いやいや、そんな恐ろしいこと……」
とても言えやしませんでしたが、いや、そうではなくて…。
「男女の双子が心中した恋人同士の生まれ変わりっていう伝承は意外と正しいのかもね……。
それでも大人になれば自然に諦めるなりなんなり出来たんだろうけど、その前にあの子が亡くなってしまって、気持ちの行先をすっかり失ってしまったんだろうな…」
報われない幼い恋情だけが、胸の奥にずっと残り続けた。
「主任は――そのことに当時から気づいてたんですか?」
「…なんとなく、だけどね。確信したのは、この写真を見てからだよ…」
それは目に見える形での、彼の思いの行き着いた先。
「俺の勘だけど、多分あいつが幸希の件を知らされたのは、あいつの親父さんがなくなる直前のことだと思うんだ。あいつの親父さんが病気で亡くなったのは、2年前…」
既に室井社長は自分の会社を立ち上げ、経営状態はそれなりにうまくいっていた。
――――そこで、全ての真実を知ったのだとすれば。
「発狂寸前、だったんじゃないかな、アイツ…」
ただ、実の妹というだけじゃない。
初恋の相手でもあるとすれば、その主任の言葉にも頷ける。
「だが、初めはその冥婚とやらはお前とさせようとしてたんだろう?」
「……まぁね……」
口を挟んだ部長に、主任が自嘲気味に答える。
「やっぱり嫌だったんじゃないかな。写真だけとは言え、別の男との結婚写真なんて見るのは、さ」
「………」
それで迷った挙句、自分を相手として冥婚を行った。
「あの写真、やっぱりなにかまずいんだろ……?」
「……まぁ……」
直接的な呪いではないが、じわじわと生気を奪われているようではあった。
――魂が、あの世に引っ張られているのだ。
しかも、彼の場合その相手は今もあの家に囚われたままの幸希ちゃん…。
今から考えれば、あの手は「お迎え」だったのかもしれない。
「あのまま室井社長が亡くなっていたら、室井社長もまた、永遠にあの家に縛られて成仏できなくなっていたも」
………そして子孫が絶えて一族が滅亡したとすれば。
「後に残るのは、呪われた心霊スポット……ってとこでしょうね…」
おそらくその呪いは、今後も永遠に解放されることはない。
「ゾッとしない話だね…」
「…私たちが知らないだけで、結構ある話かもしれませんけど…」
全国にそういった”呪われた家”は、探せば結構あるはずだ。
日本は八百万の神が住まう場所。
その分、呪いの力もまた強い。
「君なら、その呪いとやらをなんとかできるのか」
真剣な口調で尋ねる部長に、高瀬の口から漏れたのは意外な一言。
「――部長。何でもかんでもすぐ人に頼りすぎです」