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急転直下

「魔が差した…。つまり、死んだ娘を生贄に繁栄を求めようとした…?」


――――残念なことに、それがほぼ正解だ。


「室井社長のお父さんは、呪法の正式な儀式を理解してはいなかったんだと思います。実際のところ、一度呪法が途切れた段階で、正しい儀式は失われていたのかも…」


彼が知っていたのは、あの座敷牢の存在と、そして。


「及川くんが言っていた、例の土蔵か…」


唸るような主任の声にうなづき、高瀬は続ける。


「藁にもすがる、そんな気持ちだったのかもしれません。娘を自らの手にかけることはできなくても、既に亡くなった娘を埋葬せず、遺骨を自宅の敷地内に残すことだけなら…」

「心理的ハードルは、一気に低くなる」


……そういうことだ。


「幸いなことに……というか、幸希ちゃんをあそこに安置する為の準備はほぼ整っていたのだと思います」


彼女の母親が入るはずだった場所が空いていたから――。

骨壷も、十数年前には既に用意されていたのだろう。

空っぽだったそれらに幸希ちゃんを安置し、彼は待った。


”幸運”を。


「しかし中途半端な呪法は中途半端な結果しか招かず、完全なる繁栄は復活しなかった」


賢治が言っていた、イマイチ経営状態はぱっとしない割にはそれなりに上手く行っていたらしい、というのはそれが原因だろう。

けれど本来であればその繁栄も、長続きするものではなかったはずだ。


「正しくは、幸希ちゃんは室井社長の為の生贄となる存在なのだと思います。

彼の父親には「美幸」さんという生贄がいた。その生贄を逃がしたことで次の生贄<幸希>が誕生し、彼女は父親の手によって贄となった…」


呪法は、その子へと既に引き継がれてしまった。


「でも、このあとも呪法を続けようとするのならば、新しい生贄を用意しなければならない――――」


彼を苦しめたのは、そのこともきっとあったのだろうと思う。


「実の妹が家の為に利用されていることを知った彼は、一体どんな思いだったんでしょうね…」


ただでさえ妹の死は自分が原因だと苦しんでいただろう彼は、一体いつそれを知ったのだろう。


――少なくとも。


「そんな繁栄、素直に喜べるはずがない…」

「……」


あまりに重い高瀬の一言を最後に、その場に続く沈黙。


――何も言えない。


彼の気持ちが分かるなど、容易く言えるはずもない。


「社長さんにも正しい儀式の内容は受け継がれず、自分でいろいろ調べたんだと思います…」


そしてたどり着いたのが「冥婚」。


彼は、妹を成人として供養し、家の為の生贄から外そうとした。


「それが、自分の破滅に繋がると知りながらも――」

「…破滅?」

「…はい」


驚いたように顔をあげる主任。

けれど、それは否定のできない事実。


「不完全な呪法。かろうじて保たれている均衡が破られれば、そこからもたらされるのは―――――」


全ての、終焉。

       

          ※


ブルブルブル…。


再びの沈黙を破ったのは、小さく揺れる携帯のバイブ音。


「主任、携帯鳴ってますよ」

「…あぁ、そうだね…」


何かを考えていたらしい主任は一瞬だけぼっとしたような顔をし、着信の名前を見た瞬間、意識を完全に現実に引き戻した。


「――谷崎からだ」

「部長?」


あちらの用事が既に終わったという連絡だろうか、それとも。


ピッ…。


「もしもし、谷崎か」

『相原だな。そこに及川くんもいるのか』

「あぁ、いるけど…。それがどうした?」


どこか焦ったような電話口の声に、不信も顕に問いかける主任。


『説明している余裕はない。すぐに彼女をこちらに寄越してくれ』

「なに…?」


電話の内容が漏れ聞こえていた高瀬と二人、互いに顔を見合わせる。


『お前も可能ならこちらに向かって欲しい。

――――――室井社長が、心臓発作を起こした』

「「え…!?」」

『今救急車を呼んでいるが、心肺停止の状態だ。AEDが間に合ってくれればいいが…』

「ちょ…ちょっと待ってくださいよ部長…!!」


思わず、高瀬が横から電話口に声をあげる。


『…及川くんか』

「その状態で私が行って何をしろって言うんです!?人命救助なんて無理ですよ??」


学生時代に講習を受けたことはあるが、それだけだ。

第一、霊体にそんなものを期待されても困る。


『……誰もそんなことをしろと言っていないだろう……。

普通の病ならそんなことは言わない。だが……』


口ごもる部長。


「―――――まさか、なにか見えてるんですか」


室井社長に憑いた、何かが。


『それを確認して欲しい。彼が倒れた後、アレキサンダーが激しく唸り声を上げていた』

「わかりました、すぐそっちに向かいます」


それだけで十分だ。


あの温厚なアレク君が警戒する何か――恐らくは例の呪法に関係するものが、今の室井社長のそばにいる。

急いで部長のもとへ急行しようとした高瀬だが、会話には続きがあった。


『そこに、きみが”さっちゃん”と名付けた少女はいるか…?』

「?いえ、今は…」

『なら、やはりさっきの姿がそうか…』

「…?どういうことです?」

『彼が倒れたのは、俺が彼との会話を打ち切り、社長室を出た後のことだった。

……目の前に一人の女性が現れて、俺の行く手を塞いだんだ。――戻れ、と言っているように』


そして戻ってみれば、室井社長が胸を抑えて倒れ込んだところだった。


『服装も年齢も違う。だが、あの顔は――――』

「……さっちゃん…」


息子である室井社長を救いに行ったのか、それとも――――。


「谷崎、とりあえず俺も今すぐそっちに向かう。なにか状況が変わり次第また連絡をくれ。

すぐ行くが、先に救急車が到着するようなら――――」

『わかった…』

「部長、とりあえずアレク君の指示に従って、彼が吠える場所にはあまり近づかないでください。

……できれば室井社長にも」


今の彼がどんな状態にあるのかがわからない。

ただでさえ憑依体質の部長が彼に近づくことは危険だ。


『どちらにせよ彼の周囲には部下が張り付いていて近づけない…。あぁ、AEDが到着したようだ』


電話口が騒がしくなり、一瞬声が明るくなった後、低いつぶやきが聞こた。


『……まずいな』

「谷崎、お前…」

『…いざとなればやるしかない』

「ちょっと部長…!?」


何をやる気満々になってるんだ、あんたは!?


ピッ…。


その会話を最後に途切れた通話。


「あんだけ大きな会社なんだから、AEDの講習会くらいやってるはずですよね…!?」

「だが、実際非常時にそれをすぐ使えるかどうかと言われれば別だろう…。谷崎は幹部講習会で何度かAEDの取扱いを研修しているはずだ」

「…あぁもう!!!」


まったく、次から次へと困ったことばかりだ!

人の忠告などまったく聞いちゃいない。


「主任!先に言ってます!何かあったらハムちゃんに!」

「…わかった。君も気をつけて」


すぐに飛んでいける高瀬を少しだけ羨ましそうにしながら、主任は言う。


「――――室井を頼む」

「わかりました!!」


できる限りのことはしよう。

室井社長の為ではなく、主任の為に。


たとえ、今どんな状況になっていたのだとしても―――――。

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