豪邸でした
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駅からタクシーに揺られること1時間近く。
たどり着いたのは、いかにもといった様子の広い日本家屋だった。
「はぁ~ここが室井家ですかぁ」
一言で言うなら、維持するのが大変そうな旧家。
「…なんか感じる?」
声を潜めて確認してきた主任には悪いが、感じるなんてもんじゃない。
「悪雲が立ち込めてる感じですね。つか、今ここで火サス的な事件が起きても不思議ではないと思います」
見た目的にもそんな感じだしな。
こんな家、ヤクザの本宅でもなければそうそうないのではなかろうか。
「なんだろうな、これ…?う~ん…」
大本がどこにあるのかを探ってみようと思うが、正直よくわからない。
「とりあえず入ってみるから、そっから好きに動けばいいんじゃない?」
「了解」
虎穴にいらずんば虎児を得ず、だ。
あまり入りたい雰囲気ではないが、贅沢を言っている場合でもない。
「ごめんください」
主任が当たり前のようにズケズケと入口の門を超えて中へ入っていく。
さすがは幼馴染、遠慮はそれほどないようだ。
その後ろについていきながら、バレないのをいいことに辺りをうろちょろと見回す。
まず入ってすぐの家の隅に小さな稲荷を見つけた。
これはそれほど珍しいことではないが、随分古いもののようだ。
しかし、悪い気配を感じるのはそこではない。
むしろ、そこには神は感じられない。
見せかけだけで神を勧請しなかったのか、それとも――。
「まぁまぁ、相原さんのところのぼっちゃん…!大きくなって…!」
「お久しぶりです、宗方さん。今日は出張でこちらに戻ってきたのでご挨拶をと…」
中から出てきた高齢の女性に頭を下げる主任。
雰囲気的に考えて、どうやらこの家に古くからいる家政婦の類のようだ。
幸いにして霊感はないらしく、目の前で軽く手を振ってみて反応のないことを確かめてから、その横をすっとすり抜けて家の中へ侵入を果たす。
主任はまだしばらく立ち話をしているようだが、いずれ中へやって来るだろう。
ひとまずぐるっと家の中を調べてみようと、部屋の一つ一つを軽く覗いてみることにする。
「随分数が多いなぁ…。主任が言ってた座敷牢とかはきっと奥だよね」
流石にそんな人の目に触れる場所には設置することはないだろう。
気になる部屋をひとつずつ覗きながら、徐々に奥へと進んでいく。
部屋は今は使われていない場所も多いのか、何もない物置のような場所も点在し、どこか雑然としている。
仏壇の置かれた部屋もあったが、先祖代々の写真とやらがずらりと並べられ、霊的なものとはまた違った不気味さを醸し出していた。
ざっと見たが、そこには室井家に引き取られて幼くしてなくなったという幼女達の姿はない。
やはり、それらの供養は分けて行われているらしい。
ところどころ、妙に若い女性の遺影は見られたが…。
「奥へ奥へ…っと」
ぐんぐん進んで行くと、庭に面した書斎も見つかった。
そこには小さな文机と、飾られた写真。
綺麗な女性と、ふたりの子供。
恐らく、室井社長の父親のものだろう。
「こんなもの飾るくらいなら、少しは後悔してたのかな…」
既になくなったというその人の胸中はわからないが…。
出来ることなら、そうであって欲しいと願う。
パタパタパタ…。
「さっちゃん…?」
ふいに廊下から、小さな子供の足音が聞こえた。
生きた人間の気配ではない。
「こっち…ってことかな…」
案内してくれているのかもしれない。
そう思い、音が聞こえた方に向かって移動を開始する。
パタパタパタパタ…。
「あぁ、うん、こっちね…」
足音は途絶えることなく続き、いっそ姿を見せてくれたらいいのにな、などとのんきなことを思いながらも追い続けると、やがて家の中を一度出てしまった。
庭に面した縁側から外へ出ると、今度は敷き詰められた砂利を踏みしめる足音が。
「外…?」
家の中ではないということか。
ついていってみると、そこにあったのは。
「土蔵…」
今の高瀬の身長からすると、仰ぎ見るほどに大きな白い壁の蔵。
近づいてみれば、確かにそこからなにか妙な気配を感じる。
「ここ…?」
中へ入ろうと扉に手を伸ばせば、一瞬だけぴしりと静電気のようなものが走った。
あぁ、この感じは覚えがある。
「こないだ、エセ霊能力者が貼ってた”結界”と一緒だ」
それも、一つの結界をなんども修復して使用しているような、そんな気配がある。
綻びるたびにその場所を繕って繋いだ網、そんなイメージだ。
破ることは簡単だが、その後がどうなるのかわからない。
とりあえず、少しだけ穴を開けて覗いてみるとかどうだろうか。
いいことを思いついた、と履いていた靴を脱いだ高瀬は、その靴が元の白い札に変わったのを確認しながら、よしよしとうなづき、それをぺたりと土蔵の壁に貼り付ける。
「…やっぱり」
すぅ…っと、まるで溶けるように結界の中に取り込まれた札が、そこに小さな穴を作り出す。
結界と、その札とは同質のもの。
つまり、元々この結界を張ったのは、あの男の一族の誰か、ということになる。
随分古いものだから、先祖なのかもしれないが…。
「これは、少なくともここ数十年は関わってないと見たほうがいいかな…」
大元の結界は確かにあの男の一族の人間が作ったもので間違いないと思うのだが、上書きされた気配があまりに拙すぎる。
はっきり言って、破れた洋服にガムテープを張って補強しているようなもの。
いい加減だし、雑だ。
「繁栄が薄れてお金が無くなったから、最初に呪法を行った霊能力者を雇えずに別の人を使った…?」
それも格段に能力の劣る相手を。
「それで、ここから出てこられたのか…」
恐らくはそういうことだ。
穴を塞いだつもりでも、内側から見ればそこにはまだいくらでも綻びが見える。
時間をかけさえすれば、その合間を抜けることだって不可能ではない。
まずは中を確認しようと、さきほど出来たばかりの穴から土蔵の中を確認し――――息を飲んだ。
「なに、これ……」
※
「……嫌なものを見ました」
「…?なにか見つけたのかい?」
慌てて戻った室内。
主任の気配を追って彼が案内された部屋に向かえば、そこには手持ち無沙汰に茶を口に運ぶ主任の姿。
家政婦はどうやら茶菓子を出そうと台所の方へ一旦戻って行ったらしい。
彼女の不在を確認し、はぁと深く息を吐いた高瀬は、主任の横に一緒になって座り込む。
「ここ、あの家政婦さん以外はいないんですか?」
「そうらしいね…。今は使ってない部屋も多いし、彼女だけでもなんとかなるみたい。家政婦というよりは、住み込みの管理人かな?」
おかげでよい暇つぶしの相手としてもてなされている、そういうわけか。
「主任の子供の頃からいたんですか?」
「そ。すごいよね、少なくとも住み込みで30年以上だよ…」
「そりゃ、自分の家も同然ですよね。あの人自体は結婚とかはしなかったんですか?」
「一度結婚して、しばらくは通いで働いてたみたい。でも折角できた子供を流産しちゃったらしくて、離縁されたって…。元々はこの家の分家の出身って話」
「じゃあ、室井家の祖父の代からずっとこの家を見てたってことですよね…?」
「恐らく」
「ちなみにですけど、さっきの家政婦さん。この家がなくなったら行く場所は…」
「ないだろうねぇ」
住み込みで働いている為、自宅も必要なく、子供がいないために面倒を見てくれる親族もいない。
この家がなくなれば、老人施設に入居する以外方法はないだろう。
今の元気な姿を見ているだけに、それは少し寂しく思える。
だが、高瀬がやろうとしていることを行えば、いずれは―――――。
考え込む高瀬を不思議そうに覗き込み、主任が先ほどの続きを問いかけた。
「で、嫌なものを見たって、何かわかったの?」