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救いの手

「助けを求めてる…かぁ」


それはきっと、さっちゃんも同じこと。

誰もが皆、自分以外の誰かの為に動いている。


それが、今回の件の大元だ。


「それと、主任さんが言ってた冥婚だが、それは行われた形跡はない」

「…口だけだったってこと?」

「そいういうことになるな」


脅迫までしておいてそれというのは、ちょっとおかしいのではないか。


「土壇場で迷ってるってところだろうなぁ…。冥婚を行えば、室井家で行われている呪法が崩れる可能性は高い。主任さんの言うとおり、その幸希って子が家に祀られてるとしたら、その子はあくまで7歳以下の子供でなければならないんだ。冥婚を行えば、その時点で既に婚姻済みの成人とみなされる。

……元々、冥婚ってのはそれを目的としてるから当然だ」


未成年のままに亡くなった子供は、あの世でひどい責め苦に合うという。

その苦しみから解放する為、せめて成人として祀ってやろうというのが元々の冥婚の由来だ。

それを考えれば、確かに室井家で行われているという呪法とはそぐわない事がよく分かる。


――成人ではダメなのだ。あくまでも、幼い少女でなければ。


「自分の家の繁栄と、幼馴染の命と――――妹の開放と。…そりゃ、悩むのが当然だよな」

「冥婚が行われれば、繁栄は失われる…?」

「恐らくは」


しっかりとうなづいたということは、その裏も取れているのだろう。

それがどのような方法によるものかなど、知りたくもないが…。


「妹の幸希ちゃんは、間違いなく死んでるんだね」

「それは間違いない。…当時の医者の証言も取れた」


その上で、何らかの呪法の犠牲にされて今も苦しんでいる。


ぎゅっ…。


さっちゃんの小さな手が、痛いほどに肩に食い込んでくる。


――あぁ、もう少し。もう少しだけ待っていて。


「それから、これはあくまで俺の憶測だが、室井家にかけられた呪法が解かれた場合――――――」


           ※


「あれ?及川くんは?」

「…どうやらまだ到着していないようだが…」


○○県の駅にまで到着したのだが、予定の時間にもその姿はどこにも見当たらない。

最も、普通の待ち合わせとは違うのだからどういう出方をするか皆目検討もつかない。


「時間は教えてあるんだろ?」

「あぁ…」

「なら俺はもうちょっとここで待ってみるわ。お前の方はアポがあるから先にタクシーを呼んどくぞ」

「…そうだな」


あちらとの約束の時間までは残り1時間ちょっと。

もともと別行動を取る予定だったのだから、何も問題はない。

時間帯が悪かったのか、東京では駅前に鈴なりになったいるはずのタクシーも、ここではほとんど姿が見えない。

タクシー乗り場はあるのだが、当のタクシーが一台もないのだ。

駅でタクシーを見つけるのを諦め、近くに貼ってあったタクシー会社のポスターの番号に電話をかける。

幸い電話は直ぐに繋がった。


「5分もあればこっちにつくそうだ」

「…わかった」


ひとつうなづいて時計を見る。

まさか彼女の顔も見ずに移動することになるとは思わなかったが、仕方ない。


「……今のお前は、及川くんが見えるんだな…?」

「多分ね。…まぁ、見えなかったとしてもまたあのハムスターがちょちょいのちょいでなんとかしてくれるんじゃないの?」


楽天的な意見を述べる相原に、谷崎が眉をしかめる。


「あれはただのペットだぞ?」

「…お前の身内に飼われてた時はそうかもしれないけど、及川くんのペットになった今は違うってことだろ」


その恩恵を預かったとも言える相原は、妙に自信を持って言い放つが、果たして本当に大丈夫だろうか。

一抹の不安がよぎる。

せめて小言の一つも残して行きたかったが、当の本人がいないのでは文句の言いようもない。


「及川くんによろしく伝えてくれ」

「了解。まぁそっちは滅多なこともないだろうけど気をつけて」

「あぁ、わかった…」


頷いて、一人先にタクシー乗り場に向かう。

やがて目の前に到着したタクシーに谷崎が乗り込もうとしたその時。


シュッ…!


「!アレキサンダーか」

『ワン…!』


まるで滑り込むようにその足元に乗り込んできたのは、既に馴染みの顔となった土佐犬。


「お客さん、どうかしましたか?」

「いや、何でもない…」


谷崎の不審な行動を見て取ってか、タクシーの運転手がこちらに確認を取るのに対して首を振ると、そのまま出してくれと告げる。


目的地は既に電話で連絡済みだ。


走り出す窓の外に、こちらを見送る相原の姿が見える。

…そして、その背中によじ登り、こちらに向かって手を振っている#部下__高瀬__#の姿も。

どうせならもっと早くに来ればいいものを。


「――小言を言いそびれたな」

「は?」

「…いや、なんでもない…」


何はともあれ、無事に合流できたことを確認できただけよしとしよう。


             ※


「なぜだろうね、及川くん。幽霊なはずなのに気分的に重い」

「レディに向かって重いなんて禁句ですよ、主任」


当たり前のように頭の上から聴こえてくる声は、先日も聞いた幼い少女のもの。

だが、それが誰だかわからないはずもない。


「というか、とりあえず降りようか」

「そうですね、こちらとしてもやぶさかではありません」


よっと、と軽快な掛け声が聞こえたかと思うと、すぐ目の前に現れる幼女。

そんな異質な光景を、他の誰も気には止めない。


「本当に霊なんだねぇ…」

「主任、怪しまれるから携帯で喋ってるふりしたほうがいいですよ」


なる程、確かにそれは一理ある。

忠告を受け止めて、再びスマホを取り出す。


「さっちゃん、は?」

「先におうちで待ってるそうですよ」

「…そう」


なんの気もなしに軽く言われて、一瞬毒気を抜かれた。


「なぁ及川くん、あの子はやっぱり……」


――幸希なのか。


その名を口にしようとして、一瞬口ごもる相原。


「それは自分の目で確かめてみるといいです。……向こうの家で、きっと待ってますから」


それは幸希か、それとも。


「俺は既にあの子の顔を見てるが…?」


それでも、正直はっきりとは分からなかった。


「記憶っていうのは不思議なもので、普段忘れていると思っていたことでも、実際間もあたりにすると意外とはっきり覚えてたりするものなんです。…だからきっと、会えばわかりますよ」

「…?」


その言い方は、まるで。


「あれは、幸希じゃないのか……?」


ならば、あれは。あの姿は。


「彼女もまた犠牲者であり助けを求めにきた人。大切な家族を守りに来たんですよ」

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