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部長は心霊界のムツ〇ロウ

「…部長。ひとつ聞いてもよろしいですか」


「…できれば聞かないでくれると助かる」


翌日。


いつものように出勤した高瀬を待ち構えていたのは、なぜか挙動不審な様子の部長。


「ちょっと一緒に来てくれ」と、早速会議室に呼び出された所で高瀬はどうしても気になっていたことをズバリ突っ込んだ。


「部長。どうしてハムスターの霊になんてとりつかれてるんですか」


「…姪の家で飼っていたハムスターが先週亡くなったんだ…」


だからといって、なぜそのハムスターが部長のスーツのポケットから顔をのぞかせているのか。

なんだか非常に可愛らしいが、実にミスマッチだ。


「生前も懐かれてたんですか…?」


「いや、そんな覚えはない」


むしろ避けられていたらしいが。


「…霊にのみ好かれる体質…?」


なんだそれ。


「払えるか…?」

「…まぁ」


可愛いので、とりあえずすぐには成仏させず一旦預かって好きなだけ遊ばせてやることにした。

どうせ霊感のある人間にしか見えないのだ。

たとえ頭の上に乗せて仕事をしていようと誰も気づかないだろう。


「じゃあ、こっちに貰いますよ」

「頼む」


ポケットに入ったままのハムスターをひょいっとつまみ上げる高瀬に、ひどく驚いた顔になる。


「君は…霊に触れるのか?」


「そう言われると触れますね…」


私はポケットから出そうとしてもまったく触れなかった、とへこむ部長。

まぁそれが普通ですよと慰めながら、よしよしとハムスターを撫でる。

「ん?」といった表情でこちらを見上げているのがとても可愛い。


「この子、なんで亡くなったんですか?」


見た感じ、老衰ではなさそうだが。


「…ケージから脱走したところを隣の家の猫に食われそうだ」


…おぅ。


「…君も苦労したんだね…」


生前はなかなかチャレンジャーだったようだ。

そう言われると少しだけ逞しそうに見えるのが不思議だ。


「とりあえず今から君はハム太郎だ」


「姪はリチャードと呼んでたぞ」


「リチャード…?」


呼んでは見るが特に反応はない。

やはり彼自身はリチャードという名前を特に認識していないようだ。


「やっぱりハム太郎で」


そう決めた高瀬に、ようやく霊を引き剥がして一安心の部長が「好きにしてくれ」と投げやりに答える。

いくら他人に見えないとは言え、自分の視界に常にハムスターがうろちょろしているというのはやはり気になっていたのだろう。


「じゃあ、部長。仕事に戻りますね」


「あぁ‥。すまなかったな」


「いえ。その代わり例の件…」


「わかってる。先日やめた秘書課の人員が空いているから、よかったらそこに…」


「げっ。秘書ですか…?」


こちとらただの派遣社員、まさかのっけから秘書課とは思ってもみなかった。


―――しかも生霊の後釜か。


「秘書とは言っても基本的には私のスケジュール管理が主だ。…君には、できるだけそばにいてもらえると助かる」


主に彼の個人的な事情で。


「社内にも事情を知っているものはいるから、君のフォローはしてくれるはずだ」


「…そういうことなら…」


まぁ、上司がしょっちゅう取り憑かれていては気が気ではないだろう。

そのフォロー役と思ってもらえればいい。


「後で君の派遣会社から正式に連絡が行くはずだ。もうしばらく待っていて欲しい」


「了解です」


これで契約更新の度にビクビクしなくても済む。

心配事がなくなって、<夜の趣味>も更に充実しそうだ。

後は昨日の面倒な男が諦めてくれればいうことはない。


いつもの仕事に戻ると、わっと周囲に人が集まった。


「及川さん!朝から部長のところに呼び出しなんてどうしたの??」


「え~と、契約の話でした」


「昨日も呼び出されてたわよね?」


「一応、正式にこちらで社員として雇って頂けるけることになりそうなので、その手続きとかを…」


嘘ではない。決して嘘ではない。


「やったじゃない及川さん~!おめでとう!!うちの会社、派遣から社員になれる子ってほとんどいないのよ~」


初めは呼び出しを怪しんでいた先輩社員だったが、その話を聞くなり素直に我が事のように喜んでくれる。


やっぱり基本はいい人なのだ。


「部長、出勤するなりすぐに及川さんのことを探してたみたいだから…何事かと思ってびっくりしてたの。それにほら…一部の部長シンパ達が騒ぎ出しちゃって…」


こっそり、耳打ちするように言われ、「あぁ…」と思う。

例の生霊のお仲間、と言っては失礼かもしれないが、生霊候補のお局様方だ。


「部長ってあの歳と顔でまだ独身だし、狙ってる人も多いのよ。でもあぁいう人って社内恋愛なんて興味がなさそうでしょ?女なんていくらでもよってくるだろうし。正直無駄な努力だなとは思うんだけど…」


流石にそれをずばっと本人に切り込むことはできない。


「若い女の子が来るとすぐ牽制しちゃって…。実は迷惑してるの。

及川さんは入社当初から全く部長に興味を持ってなかったから平気だったみたいね」


「どうせ相手にされないと思ってただけじゃないですか?」


「自分たち以外、誰が来てもそう思ってるのよ、あの人たちは」


やれやれ、と肩をすくめて、「さ、仕事に戻りましょ!」と促される。


いつものデスクに腰をかければ、制服のポケットから、ひょこっと例のハム太郎が顔を出す。

どうやら遊びたくなったようだ。


後でひまわりの種をお供えしてあげよう。


「及川さん、ちょっと……ひっ!!」


「?」


呼びかけたのは先ほど先輩が気にしていたお局社員の代表格だったが、なぜか高瀬のデスクをみるなり悲鳴をあげる。


あれ?もしかして。


「矢部先輩、これ…見えてます?」


「いやぁぁぁぁ!!近づけないで!なんなのよその真っ黒な…!」


社内であることを忘れたかのような大絶叫に周囲の視線が集まる。

それを感じ、高瀬はさっとハム太郎をポケットに戻した。


「おい、どうしたんだい矢部君。何を騒いでる」


「この…この子のデスクに黒い影が…!!」


「黒い影?何の話だ一体…」


「さぁ、何の話なんでしょうか…」


全力でしらばっくれることにした。


黒い影、というからには矢部は中途半端な霊感持ちで間違いない。

高瀬や部長にははっきりとしたハムスターに見えるこの例の姿が黒い影にしか見えないようだ。

正体さえわかれば別に怖がるようなものではないのだが。


ねぇ?と、再び顔を出そうとしているハム太郎をポケットに押し込みながら、少しだけ小首をかしげた。

霊感持ちでない上司に矢部の言い分が伝わる訳もなく、頭ごなしに叱られたあと、渋々デスクに戻っていく。

だが、それ以降どうやら敵視されてしまったようで、帰る寸前こちらをすごい目で睨み…顔をだしたハム太郎の姿にまた悲鳴を上げた。



――――なんだかちょっと面白い人だな、と思ってしまうの不謹慎だろうか。



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