男同士の内緒話③
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「ということは、二人の母親は生き延びたのか」
「そうなるね。それ以前と何が違ったのかはわからないが、とにかく子供を産める年齢までは生きていた」
そういえば、相原は二人の幼馴染だったという。顔を見たことがあるのではないかと思って確認すれば、直ぐにその首を振った。
「言ったろ?子供を産める年齢までは生きていたって。2人が物心が付く以前に亡くなってるんだ。当然俺は顔も知らないし、子供たちだってろくに母親を覚えちゃいないだろう」
つまり、体が弱いのはそれ以前の女児たちと変わらなかったということ。
「室井家では初めての女児だって言うんで、随分派手に祝われたそうだぜ?まぁ、縁起物扱いだな。男女の双子を嫌う土地柄も多いが、さすがに近年ではその風潮も随分失われている。特に問題にはされなかったんだろう」
畜生腹として双子を嫌う土地は多いが、中でも男女の双子は「心中した恋人同士の生まれ変わり」として特に嫌われることが多かった。
その話は、確かに谷崎にも聞き覚えがある。
「男の子は跡取りとして厳しく、女の子はお飾り扱いでひたすら大切に育てたらしい。俺の覚えてる中でも、確かに幸希は体が弱かったから仕方がないのかもしれないが…」
男児とすれば、当然それは不満だろう。
同じ年の妹ばかり大切にされれば、苛立つのは仕方のないことだ。
「七五三のあの時、な。幸希が川に落ちたのは、俺たち二人のせいなんだ」
「…何?」
眉をしかめた谷崎に、相原は言う。
「当時、俺と室井は幸希をめぐって色々諍いが多くてな。…っていっても所詮は子供のすることだが…あの時は俺の所に着物を見せに来た幸希を、室井が後から追いかけてきたんだ」
周囲には、幸希が足を滑らせた事故だと説明されていたが――。
「俺に晴れ着を見せようとして着物のままくるくる回って見せたあの子を、突然現れた室井がいきなり――突き飛ばした」
「!」
「恐らく嫉妬だったんだろうな、それも。だが、慣れない着物で突き飛ばされたあの子はあっという間にバランスを崩し、足を滑らせてそのまま近くを流れていた川に…」
「――それじゃあ、妹が亡くなったのは」
実の兄の悪戯が原因――――。
それを、周囲に発表することはできなかったのか…。
「元はといえば、俺があの子のことを甘やかしたのがいけないんだろうな。妹を取られたと思ったんだろ。自分にはいつも怯えて目も合わせない妹が、他人の俺に笑顔で晴れ着を見せてる。そりゃ、気に食わなくて当然だ」
「だからといってそんなことをしていい理由にはならないだろう…!」
「…子供のしたことだ」
罪には問えない。
いや、問うことをしなかった。
「気の毒なのは室井だよ。誰からも責められずに、自分だけが幸希を殺したと責任を感じていたみたいでな…。それが例の冥婚に繋がったんだと俺は見てる」
「…自分で殺したも同然の妹の供養をしたかった、と…?」
「それだけじゃないかもしれないが、俺はそう思ったんだよ…」
だから、了承した。
「返事をしたのは、あの時だな」
3人で室井の会社を訪れた、あの時。
やけに時間がかかっていると思ったのは、それが理由か。
だから、相原の様子がおかしかった。
それを否定肯定もせず、相原は続ける。
「幸希が懐いてた俺となら、ってあいつは思ったんだろうが、馬鹿な奴だよ…」
「…?」
「幸希が一番好きだったのはな、兄貴の幸樹なんだ。双子の兄が跡取りとして厳しく育てられているのを目の当たりにして、逆に何も言われない自分が恥ずかしく思えた。そのせいで兄貴の前では、ろくに目も合わせられなかった。晴れ着を俺に見せに来たのだって同じ理由だ。自分が祝いの席にいれば、周囲の人間は自分ばかりに目をやって兄には見向きもしない。そんな兄貴を気の毒に思った。だから席を離れて関係のない人間のいる場所に行こうと思った…」
それが、全て裏目に出た。
「事故だったんだ、あれは」
仕方のない事故だった。
「いい加減あいつも解放されていい頃だと思ったんだがな…」
「――ーその為に、今回のことを起こしたのか?わざわざ会社まで巻き込んで」
自分をこの場に引っ張り出した、それが相原の策略であることには早くから気づいていた。
脅されたからといって、そう簡単に会社に不利益になる取引を持ち込むような男ではない。
自分相手では録に話にならないと見てとって、彼女を巻き込むため、あえて舞台に引っ張り出しただけ。
「上が食いついたのは予想外だったがな…。これも室井家の呪法の力ってやつかね…?」
「そんなもので商売がうまくいくなら苦労はしない」
「まったくもって正論だ」
商売人にとって神頼みほど危険なものはない。
神頼みはあくまで最終手段。それだけではどんな加護があろうといずれは崩れ落ちる。
「そんなことをしなくとも、頼まれれば力を貸した」
友人だろう。
そういえば、まるで不意をつかれたような表情をした相原がルームミラーに映る。
「彼女だって同じだ。……お前にだって、楽しそうにじゃれついてるだろう」
なんだかんだ言いながら、力を貸してくれたはずだ。
「あの子にとっちゃ、俺はお前のおまけだろ?」
「それを見捨てられないのが彼女の馬鹿さの所以だ」
切り捨てることができないだけの優しさと、自分では切り捨てられると思っている愚かさ。
――――結局、彼女は見捨てることはできない。
「随分理解してるじゃないか、及川くんのこと」
「…部下だからな」
「いち部下の性格をそこまで把握してるって?建前もそこまで行くと立派だよ…」
笑いながらも、自分でもそれが否定できないことに気づいたのだろう。
「彼女だけじゃない。――俺も結局は、同じ馬鹿だ」
社の利益にならないことを百も承知で付き合っている。
「……なら、馬鹿も悪くないかもしれないなぁ…」
「自分だけ賢い人間を気取るなよ?お前が今回一番の馬鹿だ」
「はは…。まったく、返す言葉見つからないね」
――――大馬鹿野郎。
「しばらく彼女に弱みでも握られていればいい」
喜々として餌をたかりに来るだろう
「あの子に人を脅迫するとか高度な真似は無理だと思うけどねぇ…。まぁ、しばらくは財布にでも徹するとしますか。本人の目の前で飼い猫を餌付けしてみるのも悪くない…」
その言葉に、軽くムッとし、そんな自分に気づいて落ち込む。
これではまるで、本当に嫉妬しているようではないか。
そんなことはないと、強く自分に言い聞かせる。
あれを嫁にするなど、冗談じゃない。
苦労するのが目に見えているじゃないか。
そんな谷崎の内心を読んだように、相原が軽口を叩く。
「若いうちの苦労は買ってでもしろってよ?」
「……俺もお前ももう若くはないだろう」
「不惑<ふわく>一歩手前ってね」
15歳で学問を志し、30で独立、40では何事にも惑わなくなれと孔子は言う。
「なら今は惑っても悪くないってことじゃないか?まだまだ未熟者だな」
屁理屈もいいところ。
しかし、悪くはない。
「馬鹿で惑って…。仕方のない人間だな…」
「むしろそれが人間ってやつなんじゃないの?人工知能に惑われちゃ話にならないだろ…」
どんなに人の頭脳に近くなろうとも、人間のように機械が悩むことはない。
0か1かの数字で作られたプログラムの答えは、時に人よりも明快だ。
――――惑うのは人間の証、か。
「しかし、今頃及川くんは何をやってるのかね…?」
その言葉に、ちらりと思い浮かぶ彼女の顔。
どうせまたバカなことをしでかしているのだろうな、と無意識に考えて、谷崎の口元が、微かにほころんだ。