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男同士の内緒話①

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「あれ?及川くんはまだ来てないの?」


明朝、直接自宅まで迎えに来た相原のセリフに、谷崎は一気に眉をひそめた。


「…なぜ俺の所に来ていると?」


「だってお前にとり憑くって明言してたじゃないか、あの子」


「それは冗談みたいなものだろう」


「そうかな~?」


本気だったと思うけどと言われ、なおさら渋面がひどくなる。

もはや諦めたように嘆息を吐き、伝えるべきことを口に載せる。


「……今朝彼女から電話があった。あちらの駅までは自分で移動するから到着時間を教えてくれとな」


考えてみれば別に一緒に移動する必要もありませんでした、と朝一からあっけからかんと言ってのけた部下の声を思い出し、朝から軽い頭痛を感じた。


「俺の気配をたどれば済むから、迎えもいらないそうだ」


「そりゃ便利だねぇ…」


感心しているのか呆れているのか、適当な受け答えをする相原にイラつきながら、彼の運転する車に乗り込む。


「で、お前のところには例のさっちゃんはまだ戻ってきてないのか?」


「それも連絡があった。どうやら彼女が見つけたらしい」


アレキサンダーもそちらに同行しているようで、心配しないでくださいねと言われた。


「そうか…」


ホッとしたような相原の声に、そっとそちらに視線を向ける。

いつもどおりのポーカーフェイスの下に、一体どんな思いを隠しているのか。


それなりに付き合いが長いと思っている谷崎でも、未だによくわからない。


「例の便利屋の方からは連絡があったのか?」


「…まぁね。多少調べは付いたみたいよ。……聞きたい?」


冗談めいた口調ながら、まるで聞いて欲しくないと言っているような口ぶりの相原。

けれどそれを無視して谷崎は言い放つ。


「迷惑料だと思ってさっさと話せ」


「…迷惑料ねぇ…。そう来たか」


情報の共有をしなければ、突発的な事態に対応することができない。

心情に慮って、などと呑気なことは言っていられないのだ。


「俺に内緒で彼女とコソコソやっていたらしいじゃないか。……俺には聞かれたくない話だったのか」


「ズバリついてくるね、相変わらず…」


心が痛いわ、などとふざけた事を言いながらも表情には出さず、ハンドルを握る相原。


「ほら、それはあれよ。親しき仲にも礼儀ありっつーか、お互い今まで個人的な相談なんてろくにしたことがなかったろ?今更、な…」


「今更か…」


確かにそれはそうだが、心底困った時位には相談して欲しい。


そう思うことは贅沢だろうか。


「本当はここまでことを大きくするつもりもなかったんだけどね…」


「脅迫されておいて?」


「まぁ、脅迫といっても金銭目的じゃないからさ…」


おどけているが、それが命に関わる話だと聞いている以上、容易く看過するわけにはいかない。


「なぜ了承した」


「……何故だろうな?」


冥婚、という聞きなれない言葉を部下の口から聞いた時には驚いた。

そんなものがあるのかと。

だが、そんな迷信じみたものにこの相原が関わるとは思えず、それを了承したことにも眉をひそめずにはいられなかった。


「いやぁさ、別にあいつに対して罪悪感があったとか、そういうわけじゃないんだ。ただね…」


――――哀れだと思った、と。


ぽつりとつぶやかれた言葉に、谷崎は押し黙る。

それは、どちらを意味しているのだろう。

幼くしてなくなった幼馴染の少女か、それともその兄か。


「亡くなった子供は歳を取らないって言うけどさ、それは死んだ当人だけじゃなくて、周りの人間にとっても同じことなんだろうな。そっから時が止まっちまってる。俺の中じゃ、あの子は未だに当時のまんまだ」


懐かしげに眇められた目は、その時の事を思い出しているのだろう。

幼馴染という関係性の相手のいない谷崎にはよくわからない感覚だ。


「故郷に置き去りにしてきたものが急に自分を追っかけてきたような感じがしてさ。どっちかというと、後ろめたかったのかもな。……あの子を忘れてた自分がさ」


「仕方のないことだろう。お前もまだ子供だった。随分昔の話だ」


20年以上経過すれば、やがて記憶が風化するのも仕方のないこと。

しかしそれは当人達にとっては別なのだろう。


「あいつにとっちゃさ、それは昨日のことみたいなもんなんだ。…そりゃそうだよな。双子の妹が死んだんだ。忘れられるわけがない…」


「だからといってお前に八つ当たりのような真似をしてなんになる」


八つ当たり、谷崎から見たあの室井という男の行動は、そうとしか思えなかった。

責任を全て相原に擦り付けて、自分と同じ場所まで引きずり落とそうとしているかのような。


「お前の言葉は耳に痛いね。…八つ当たりか、なるほど」


得心がいった、と薄く笑う相原。

その内心を見せない笑みに、無性に腹が立つ。


「いい加減本心を話したらどうだ」


「お前も随分あの子に毒されてきたなぁ…。いい大人が酒もなしに本音で話し合うなんてなかなかないぞ」


「だったら飲みながらなら本音を話したか?」


言いながら、恐らくそれはないだろうと確信していた。

この男は、自分の本心を他人に見せる事を嫌う。

他人の心の中には、容易く土足で踏み込んできながら、だ。


「さぁな…。どちらにせよ、今回のことは完全に私的な話だ。上司のお前に話すことじゃない」


その言葉を聞きとがめて、谷崎は言う。


「友人として、でもか」


「……友人としてなら、尚更かな」


負い目を作りたくない。そういうことか。

馬鹿な男だ。


「それで彼女に頼ったのか?」


「……正確には及川くんじゃなくて彼女のご友人だけどね…。なかなか優秀そうだったからさ」


そう言われて思い出すのは、相原を載せて病院まで向かった時の例の彼女の2人の幼馴染。


「調べたんだな」


「…まぁ、一応ね。向こうさんにも同じことされてたみたいだけど」


「…こちらも調べられていたか」


「そういうこと。…うちは及川くんの託児所らしいよ?」


託児所……。それはいくらなんでも失礼ではあるまいか。


「随分と過保護だな」


「まぁその通りだとは思うけど、なにしろ相手が及川くんだからね…」


彼女だから、と言われると、なんとなく納得しそうになるところが逆に怖い。


「お前も及川くんのことは随分気にかけてるじゃないか」


理由?そんなものは簡単だ。


「……バカだからだ」


「うわ、それ聞いたら泣くぞあの子」


そう言われても仕方ない。その通りなのだから。


「でもさ、お前がそういうってことは可愛がってる証だって、自分でもちゃんと理解してるか?」


「……」


「ただのバカならわざわざ相手をする必要なんて無いだろ?お前のそれはな、”馬鹿な子ほど可愛い”って奴だよ」


「……」


「沈黙は肯定だな」


クスリと笑いながら断言され、言うべき言葉を考える。


「…あれは俺の飼い猫だそうだ」


「プッ…。そりゃ、どんなに馬鹿だろうと可愛がるしかないよなぁ。猫だもんな、当然だ」


躾のできない馬鹿な飼い猫。


そう考えてみれば、あの幼馴染たちの過保護さにも納得がいくのかもしれない。

自分の家で面倒をみていたはずの猫が他人の家で餌をもらっていると知ったら、それは腹もたつだろう。


「あの子は面白いね。一見ただの馬鹿に見えて底が見えない。何をしでかすか全く読めない」


…それは同感だ。


「飼い猫なら逃がさないように注意しろよ。愛嬌のあるレアな馬鹿猫が他に攫われないようにさ。

……逃がしたら、二度目はないぞ」


「わかっている…」


自分のためにも、彼女は必要な人材だった。

冗談めかしてはいるが、相原もまたそれを承知の上でその話をしているのだろう。


「真剣な話、俺は本気で彼女をお前の嫁にと思ってるんだけどな」

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