自業自得でした。
「ねぇ、あんたの中でサービス=キスなの?」
むしろ呆れたように問いかけ返す高瀬。
くちづけとかそんなキザなセリフ言えやしない。
というか、確かに竜児にはサービスしろと迫られていたが、特に何をしろとは言われていなかった。
正直に本気にもしていなかったし。
「サービスの意味はわかるか?”奉仕”だよ。今のお前にできる奉仕と言ったらそれくらいだろ?」
「うわ~。ここにも下世話な奴がいたよ…」
幼女になんのご奉仕をさせるつもりでいやがるか。
「話をずらすな…。お前にサービスしろといったのは例の弁護士か?」
あったり~!だが、そんなことを正直に言うはずもない。
「秘密です~。あんたにプライバシーを話す必要を感じないし」
余計なことを話して大きな墓穴を掘るつもりはない。
「お前に他に男が居るようには見えないが、誰かいるなら必ず奪い取ってやる。それだけは覚えておけよ」
「男が居るように見えないってところだけが完全に余計です」
失敬な。
男のひとりやふたりや三人四人いるさ。
主に幼馴染と職場の上司が。
「それにだ、お前の口づけには強い霊力が宿ってる。ただの人間にくれてやるのはあまりに惜しい」
「…霊力?」
なんだ、それ。
「お前は存在そのものが霊力の塊みたいなものだからな…。その息吹には力が宿る。
口づけはそれを注ぎ込むのと同義だ。お前から力を分け与えていることになる」
まさか、軽々しくくちづけしてやったりしていないだろうな、と真剣な顔で問われ、一瞬考えた。
ちくちくちく…ぽーん。
「あ」
「…?」
いた。
一人、いや一匹だけ、しょっちゅう高瀬からキスされている相手。
ハムちゃん!
――だから霊力が有り余っていたのか、あの子は!!
いつもいつも「可愛い可愛い!」とぐりぐりしながらなんの気なくチュッチュしていたが、それがすべてハム太郎の力になっていたのだとしたら、相当恐ろしいことになっているはず…。
ということは、主任の身に起きたあれやこれやは結局自分のせいということになるのだろうか…。
うん、それに関しては気付かなかったことにしておこう。
「気をつけろよ。お前の霊力に気づいた人間がお前を利用しようと考えても不思議ではない」
「そりゃ、あんたの事でしょ」
他人事みたいにいってるが、一番怪しいのはお前だ。
「俺か?俺はお前を利用しようなんて思ってないさ。言ったろ?これでも真剣にお前に惚れてるんだ。
俺は惚れた女を利用しようなんて考えるほど無粋じゃない」
「無粋、ねぇ…」
そういう問題だろうか。
「出来ることならお前のことはさっさと捕まえてこの手に閉じ込めておきたいとは思ってるけどな…」
「監禁男はお断りです」
「そうなりたくなかったら、俺以外の人間にも気をつけろと言ってるんだ」
むすっとした高瀬に、こればかりは聞き分けろと真面目に言う龍一。
「特にうちの一族はお前みたいなのに目がないのがわんさかいる。目をつけられないように気をつけろ」
「あんたの一族?うわ、なんか聞いただけで背筋が…」
ぞわぞわする。ものすごく嫌な予感。
後で竜児に聞いてみよう。絶対詳しく調べてあるはず。
「下手に目をつけられたが最後、霊力を搾り取るだけ搾り取られて廃人にされるぞ」
「絶対に御免です」
よし、こいつにももう近づかない。
君子危うきに近づかず。そう幼馴染も言っていた。
「もちろん俺は別だぞ?惚れた女にそんな事はしないさ…」
とろけるような甘い顔つきでくすりと笑うが、まったくもって安心できる要素がどこにも存在しない。
「まぁ、口づけは冗談として。……そうだな、お前に名前をつけてもいいか」
「……名前?」
一体何を言い出すのだろうか。
というか、私には名前はしっかりありますが。
「お前は俺に名前を知られたくないんだろう?だがいつまでもお前お前と呼ぶのもなんだと思ってな…」
「だから”わらし”でいいって言ってるのに…」
「それは個人名じゃない。そこのガキ呼ばわりと変わらん」
圧倒的に口が悪い。
「なに、単なるあだ名だよ。俺だけが呼ぶお前の名」
「……なんか企んでるんじゃないでしょうね…?」
名前を付けられることによって、何らかの呪いをかけるとか…。
「本名も知らずにそんなことできねぇよ…。第一俺よりもお前の方が霊力的に上なんだ。格上の相手に名前をつけたところで強制力なんてありゃしない」
「ふぅん…」
そういうものだろうか。
正直断ったほうがいいような気はするのだが。
「とりあえず聞くだけ聞いてみてもいいけど…」
一応、と口にした高瀬に、男はまるで初めから用意していたかのようにすぐその名を呼んだ。
「瀬津<せつ>ってのはどうだ」
「セツ…?」
「あぁ、渡瀬<わたらせ>の瀬に、津波<つなみ>の津で、瀬津だ」
瀬津……。
微妙に高瀬の名前と被っているところが何とも言えない。
「なに、それほど深く考える必要はない。ただのあだ名だ」
「…あだ名ねぇ…」
やたらと用意周到なのが気にかかる。
ここは保留にしておこう。
「とりあえず考えておくけど、勝手には呼ばないように!」
「……わかったよ」
肩をすくめ、これ以上は強硬することもなく引きさがる龍一。
「ちなみにだけど、どうしてその名前にしたの?」
ただの勘だけで一文字言い当てたのだとしたら相当だ。
「なんとなく、か…?お前にはその名が似合うと思った。それだけだ」
「ふぅん…」
やはり侮れない。
気をつけたほうがいいだろう。
さすがにそれだけで高瀬の存在を特定されたとは思えないが…。
「なぁ、助けが欲しくなったら俺を呼べよ」
「は?」
「お前は霊力はあっても知識がない。それを補ってやるから、俺を呼べと言ってるんだ」
う~ん…。
それを言われると確かにその通りだが。
「礼はさっきの名前の件でいい。何かあったら必ず俺を呼べ。……いいな?」
「……まぁ、気が向いたらね」
そんな事態になるとは思えないが、約束するだけはタダだ。
第一明日からは○○県に移動するのだ。この男に遭遇することがあるとは思えない。
…あれ、そういえばここってどこ?
今更ながらにそれに気づき、龍一に尋ねる。
「あんたの気配を追ってここまで来たけど、ここってどこ?さっき神域って言ってたよね」
イメージ的には京都とかそういう感じだが。
「詳しい場所は教えられないが、長野だ」
「ふぅん…」
長野…。微妙なところだ。
富山のすぐ横…。
○○県とは少し離れているから、距離的には結構あるし、まぁ遭遇することはない…か?
「まぁ、明日には移動するけどな」
「どこへ」
「…知りたければついてきたらどうだ?自宅まで案内してやるよ」
そういうなり、張り付いた白装束をその場で脱ぎ始める男。
ぎゃぁ。
慌てて両手で目を塞いでうずくまる。
「ついてくるか?」
その言葉に、何も見ないままブンブンと首を振った。
ついでにその場から消えてしまおうと徐々に気配を消していく。
そろそろ朝も近い。一旦元に戻ってから、次は部長達を探さなければ…。
チラ…っと、指の隙間越しにみた龍一の体は、いたるところに細かい傷がついてはいるものの、すっと引き締まった筋肉質。
いわゆる細マッチョか。
こんな出会いでなければイケメンだと喜んでもおかしくはないのだが、いかんせん惜しい。
ヤンデレは間に合ってます。
「おい、折角ならもうちょっとゆっくりしていけば……」
男の言葉が徐々に小さくなってゆき、やがてすっと、自分の意識が本体に戻ったことを意識する。
瞼を開ければ、そこに焼き付いた男の裸体。
「……いいもの拝ませてもらいました」
思わず、目覚めて速攻なむなむと拝んでしまう。
厄介な男だとか、そういうことは別にして。
えらい眼福だったなぁ、と…。