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安売りは致しません。

「……売薬版画?」


夜になって、ケンちゃんからスマホにとある一枚の画像が送られてきた。

本人はまだ帰宅途中らしく、取り急ぎそれだけを送ってきたようだ。


「室井家所蔵の売薬版画に、怪しげな代物を発見」


そうタイトルを付けられて送られてきたのは、鳥居の前に立つ幼い少女としめ縄を巻いた稲荷ギツネの描かれた古い絵。


版画、というくらいだからきっとその通りの代物なのだろうが、売薬とはなんだろう。

ネットで調べてみたが、どうやら薬売りがお客に配るおまけのようなものらしい。

しかしなぜそのおまけを今ここに出してきたのか…。


「確かにちょっとさっちゃんに似てる…?」


ついでに言えば、しめ縄を巻かれた稲荷ギツネの姿がどことなくアレク君にかぶるような…。

重ねて言うと狐は犬科じゃなかったか。


「おや……?」


まさか。


「もしかして、さっちゃんが部長についてきたのって…」


部長じゃなくて、アレク君についてきた、とか…?


「まさか、ねぇ…」


疑念は消えないが、とりあえず今はまだ疑いでしかない。

結論を急いだところで正解でなければ意味はないのだ。


とりあえず送られてきた画像は後で部長たちにも見てもらおうとコンビニでプリントアウトしておいた。

もしかすると主任のスマホにも連絡は行っているかもしれないが、まぁその時はその時だ。

明日は一日幽体離脱した状態で過ごす事になる。

少しでも休まなければ、とは思うのだが…。


「正直、気になることがもうひとつあるんだよね…」


――――あの男。


似非霊能力者は、今頃一体何をしているのだろうか。

この件に関わっている可能性がある、と竜児は言っていたが…。

ちょっと、先に調べてみておいたほうがいいかもしれない。

幸い、あの男の気配は完全に把握している。

こちらの尻尾を掴ませるようなことはしていないはずだが、こちらから向こうへ行くことは可能だ。

なにしろあいつは自分の気配を全くと言って隠そうとしていない。

まるで高瀬の方からあいつのもとへのこのことやってくるのを待っているような…。


―――――飛んで火に入る夏の虫ってとこ?いいよ、いってやろうじゃないの。


虫は虫でも、こちらは鋭い牙と角を持っている。

その気になれば虫取り編みくらい食い破って逃げてきてやろうじゃないか。


「よし。寝よう」


昨日からの疲れもあり、枕元に例の版画を放置したまま、早々に意識を手放した。



             ※

「……ここどこ?」


男の気配を追ってきたのだが、深い森の中にたどり着いてしまった。

前回の山の中とは違い、ここはいたるところに生命が感じられる。

うっすらと聞こえる水の音に気を惹かれ、まずはそちらに向かうと、男の姿を見つけた。


「……なにやってんの、あんた」


こんな時間に、こんな場所で。


「…よぉ、久しぶりだな。お前の方から俺に会いに来るとは、よもや惚れたか?」


「ありえない」


「……ま、そうだろうな…っと」


白装束姿で水の中に佇んでいた男は、濡れた髪をかきあげると、にやりと笑って高瀬のもとまであがってくる。


「修業中?似合わないね」


どう見てもそうとしか見えないが、男が真面目に修行しているというのはどうも不釣り合いに見える。


「禊だよ。最近厄介な案件ばかりだったからな…」


「ふぅん…」


要するに、厄払いみたいなものか。

確かに、この場所――小さな泉のようだが、清らかな気配を感じる。

恐らくは人口的に作られたものではなく、湧水か何かをひいているのだろう。

ちょろちょろという水音はここから聞こえている。


「ミズハノメを祀ったうちの神域なんだがな…。お前にはフリーパスか」


「水は飲め?」


「…違う、正しくは弥都波能売神<みずはのめのかみ>だ。もしくは罔象女神<みつはのめのかみ>か」


「……なんか”みづ”だの”みつ”だの紛らわしいね…?」


「日本書紀と古事記とで記載が異なっているからな…。だからどちらにせよ同じこと」


「ふぅん…」


なんだか難しそうな話だが、それはどうでもいい。


「あんたさ、今なにやってんの?」


「今の聞いてなかったか?禊だよ、禊」


「…じゃなくて、今なにか仕事をしてるのかって聞いてんの!」


意図的にはぐらかしたのか、それとも真剣にいっているのか判断がつかない。


「仕事…?まさかお前、また何かに首を突っ込んでいるのか?」


「うっ」


なんでこいつにまでそんなことを言われにゃならんのだ…。

そうは思うが、前回思いっきり首を突っ込んだ記憶が有るだけに反論ができない。


「何をやってる?なんなら俺が手を貸してやろうか」


「結構ですぅ~。自分でなんとかする!」


べー、っと舌を出し、そっぽを向く。

正体がバレていない分、どうにもこの男相手だと子供っぽい態度になってしまうようだ。


まずいまずい。


「こっちは見ての通り休養中だ。…少々続けて無茶をしすぎた」


肩をすくめる男――ー龍一の言うことは確かに話が通っている。

それならば問題ないとそのまま姿を消そうとした高瀬だが。


「…お前、なにを持ってる?」


「へ?」


「手に何か持っているだろう。それはなんだ」


「あわわわわ・・・」


まずい。つい一緒に持ってきてしまったようだ。


「チラシ…か?」


「違います~!版画ですっ!」


首をかしげながら「なんでそんなもん持ってんだ」的な視線で見られ、つい正直に言ってしまったが、まぁいい。


「見せてみろ」


「…」


奴が専門家であることは違いないのだから、なにかヒントがあるかもしれないと大人しく絵を渡す。


「稲荷神か。……なぜこんなものを」


受け取った紙を一目見て、龍一は断言する。


「稲荷神って、あのお稲荷さんのこと?」


「あぁ、そうだ。宇迦之御魂神<うかのみたまのかみ>と荼枳尼天<だきにてん>、稲荷には大きくふた柱の女神が存在し、恐らくこれは宇迦之御魂神と思われるが…」


「その二つ、どこで見分けがつくわけ?」


稲荷に女神が複数存在することも初耳なのだが。


「荼枳尼天は寺社で祀られるもので、主に白狐にのった天女のような女神姿で表されることが多い。このような女の童姿で書かれたものは見たことがない」


「ふ~ん…」


「宇迦之御魂神は古くから五穀豊穣の神として各地の神社で祀られてきたが、逆にこちらには決められた形が存在しない。俺も見たことはないが、このような女の童姿で書かれたとしてもおかしくはないだろう」


「ほぉ……」


「もしくは宇迦之御魂神の憑坐としてわざと少女の姿を描かせたものかもしれないが…」


そこまで言って、少し考え込む龍一。


なにやら色々難しい話があるようだ。

どこまで今回の件に関係してきているのかはわからないが、とにかく参考にはなった。

特に、稲荷を祀る憑坐として少女の姿をわざと書かせた、というところが気にかかる。

また難しい話がひとつ増えてしまったこちらとしてはげんなりだが…。


「ありがとね、参考にさせてもらうわ」


思ったより役に立った。


「待てよ。役に立ったというなら、礼はどうした?」


「さっきいったでしょ…」


欲張りなやつめ。


「口づけの一つくらいサービスしてやろうという気はないのか?こっちはお前を探してあの弁護士をつついた結果、とんでもない損害を招いたんだがな…」


――お。そういえば竜児が「嗅ぎ回るやつは始末しました」的な事を言ってたが、それか。

詳しい話を聞くのはやめておこう。自分の精神衛生的に。


「サービスサービスってさぁ、昨日からやたらとみんなそう言うけど、私はそんなに安くない!」


ふん!っとない胸を張って宣言してみたのだが、とたんに龍一の顔が歪んだ。


「……みんな…?一体誰が、お前にくちづけしろと迫った?」


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