お子様ランチは大人の憧れ
入ったのは高級ビルの最上階。
通されたのは、お洒落なイタリアンダイニング。
でもちょっとおかしい。
「なぜここまで来てお子様ランチ!?」
「タカ子にぴったりかと思って作らせました」
なにげに特注だった。
やっぱり!?おかしいと思ったよ。
「あ、でも美味しい。むちゃくちゃ美味しい。ってか確実にお子様ランチのクオリティじゃない…」
旗のたてられたご飯は本格的なパエリアで作られ、エビフライは特大サイズ。
他にも一口サイズのビーフシチューのかけられたハンバーグと、どう考えてもお高いワンプレート。
竜児は一人で普通のパスタを注文しているが、賢治の扱いは高瀬同様だ。
けれど男女差を考えてか、好きに追加注文しろとばかりにその横にはメニューが置かれている。
「デザートにはプリンがついて、おもちゃまで付いて来るってとこが本格的だよな~」
さっさと自分の分の食事をたいらげ、来店早々おまけとして選ばされた小さなおもちゃをいじる賢治。
なんだそのグ○コのおまけみたいなやたらチープなゼンマイ玩具は。
持ち込みか?竜児の持ち込みなのか?
そして選ぶことすらなく渡されたおもちゃが幼児用のガラガラだったのはなぜだろう。
平然とした顔で「よかったですね、タカ子」と笑っていたが、犯人はお前(竜児)しかいない。
こんな高級そうなお店で一体何をやらせているんだ。
バリスタ風の制服をまとった店員さんに申し訳ない。
というか、自分たち以外の客が一人もいないのは一体?
「貸しきりましたよ。当然でしょう」
キョロキョロと辺りを見回した高瀬に、あっさりと答える竜児。
「貸切って……。そこまでする?」
「そこまでする必要があるかどうか、決めるのは僕ですよ」
「コイツ、久しぶりにナマのタカ子に会えるってんで気合入ってんだよ。ちょっとは甘えてやれって」
言いながら高瀬が食べ残していたビーフシチューのブロッコリーを自分の口に放り込む。
行儀の悪いことこの上ないが、どうせこの場にいるのは3人きり。
「賢治、タカ子を甘やかすんじゃありません」
「このくらいいいだろ?なぁ、タカ子」
うんうん。
「嫌いなものを食べても栄養にはならないってうちの親は言ってたし」
何しろ食わず嫌いの多い両親で、娘に言えた義理ではなかったとも言える。
しかしなかなか言い訳としては秀逸で、及川家では家訓扱いなのだが。
「それを科学的に証明できたなら信じてあげてもいいでしょう。
証明できないのなら出されたものは綺麗に食べなさい」
「うぅ…」
「残さずきちんと食べないと成長しませんよ」
涼しい顔で指摘しながら、ちらりと見るのは高瀬の胸元。
「おい、今更成長するのか?無駄な希望を持たせる方がかわいそうだろ」
「希望を捨ててはいけませんよ、竜児。可能性は皆無ではありません。ええ、ゼロではない」
そうか?と首をかしげる賢治の視線も同じ。
――――これはいじめですか?
いいえ、セクハラです。
「タカ子、少ない希望を信じてブロッコリー食うか?」
「絶対嫌だ」
「ほら、タカ子がもう諦めたって…」
「――いつ誰が言った!?」
諦めてない、私は諦めてないぞ!?
「だって、今日中塚女史が貧乳は揉めば大きくなるって…!」
贅肉だって寄せてあげればいつか胸になるって言ってた!
「ご要望とあれば今すぐここで僕が……」
「――言わせないよ!?」
今お前なんて言おうとした!?ここはお洒落なイタリアンのお店!
「いや、諦めたほうが早いって。むしろそんなに気になるなら豊胸しろよ。そこにいい金づるもいるし」
誠に最もなご指摘だが、言わせて欲しい。
「諦めたらそこでおしまいって言葉が…」
「その歳でまだ成長期を信じてる方が色々とおしまいだって…」
な?と肩を叩く賢治。
「賢治、僕は豊胸には反対ですよ。タカ子らしさが消えてしまうじゃないですか」
「むしろ私らしさは貧乳に宿るのか」
というか、食べたら成長すると希望を持たせておいてそれとはあまりに無情。
「僕は養殖は好みません。タカ子は天然が一番」
「胸でかいの嫌いなだけだろ、実は」
そんな下世話な話をしながらも、おかわり!と、メニューを開いて今度は普通の料理を注文する賢治。
「お前の事務所の女子社員ってスレンダータイプばっかりだもんな~」
「うちでタカ子を引き取った時、彼女達に負い目を感じてはタカ子が可哀想でしょう」
「の割には顔はめっちゃ美人ばっか」
「カネを払うからには商品価値が高い方を選ぶのは当然です。必要に応じた価値がなくなれば替えればいいだけのこと」
「まぁ、美人の方がクライアントも喜ぶよな~。それと若い方が。んじゃ、やっぱタカ子はマスコット決定だな」
よかったじゃないか、何もしなくてもいいぞ~!と気楽に親指を立てる賢治。
スマイルゼロ円、とは昔よく言ったが、今時はスマイルも時価販売らしい。
「商品価値がなくて悪かったな!?」
というか、会話がゲスすぎる。
なんだ、その美女の使い捨ては。
羨ましすぎるじゃないか。
「馬鹿だなぁ、タカ子。そういう場合はな、むしろプライスレスって言うんだぞ?」
「そうですね、金に変えられない価値がありますから」
及川高瀬、販売価格はプライスレス!
どうしてだろう、いいことを言われているはずなのにあんまり嬉しくない。