この子の七つのお祝いに
「理由?そんなもの、俺が知りたいくらいだよ」
ヤケ気味な主任の答えに、「まぁ、想定内ですね」と軽く流す竜児。
「んじゃ、今回はその理由も含めて調査しろってことで?」
問いかけた竜児に対して、主任は首をふる。
「いや、理由はどうでも構わない。調べて欲しいのはふたつ。幸希が本当に亡くなったのか。亡くなっているのなら、その遺体がきちんと弔われているのかどうかだ」
―――――弔い?
「それ、どういう意味ですか主任」
本当に亡くなっているのか、なんて。
「言葉通りの意味だよ、及川くん。俺はあの子が亡くなったとは聞かされたけど、葬式に出た覚えがないんだ。幼すぎて覚えていないのかと思って実家に確認したが、やはりあの子の葬式は行われていなかった。――幼馴染だってのに、そんなことがあり得るかい?」
「……確かにそれはおかしいですね」
「ましてや室井家は旧家だぜ?そこの娘の葬式をやらないなんてことはありえないだろ」
「…ふむ。調べてみる価値はありそうですね。しかし幼い子供の死を偽装したのだとしたら理由はなんでしょうか」
「いろいろあんじゃねぇの…?それこそほら、古いお屋敷ってやつの…」
どう考えても、あまり良いイメージはもてない。
「俺の調べた限りじゃ、少なくとも生きてるとは思えなかったが……」
言葉を濁す賢治に、主任は続ける。
「子供の頃の記憶だが、あの家には座敷牢が存在するんだ。……最悪の場合、そこにあの子がずっと監禁されていた、ということも考えられる」
「……精神異常者の私宅監置用の座敷牢、ってやつか。まぁ古い家ならそうおかしなことじゃない」
「私宅監置、その意味がわかりますか?タカ子」
くるりと振り返った竜児が高瀬に尋ねる。
「えっと……。要するに病院とかに預けるんじゃなくて自宅で監視する…ってこと?」
「まぁ概ね正解でいいでしょう。1950年の精神衛生法の施行により禁止され、現在では違法となりますが、少なくとも昔の日本では合法的に行われていた処置のこと」
「座敷牢に閉じ込めるかぁ。なんかあれだよな、うへ~おっかね」
「旧家に限らず、古い田舎では一族の中にそういった人間が出たことを意図的に隠そうとする風潮がありました。まぁ、嫁入りや婿とりに不利になるという事情もあったのでしょうが、臭いものに蓋をするのはいつの時代も変わりませんね」
今さっき聞かされたばかりの事実をあっさりと受け止め、もしかするとその妹が「生きているかもしれない」前提を考え始める二人。
「でも、生きてるとしたら7歳からだから…。28年間だよ?そんなに長い間……」
誰にも知られずこっそり匿われている、などということがあるのだろうか。
「実際30年以上監禁されて周囲の誰にもその存在を知られなかった、とうい例もあります。不可能ではありませんよ」
「ああ、そういやアメリカなんかだと自分の子供をそれこそ十人近く監禁してたなんて事件もあったな。俺にゃ理解できねーや」
「理解する必要がありませんよ」
匙を投げたような賢治に対し、憮然とした表情の竜児。
主任はただ、自分が思い立った可能性がよりリアルなものとして浮かび上がったのか終始無言だ。
「それはともかく、弔いが行われていない可能性がある、というのは?」
「……葬儀もだが、室井家の墓所にあの子が安置された形跡がないんだ。地元の石屋にも尋ねたが、その記録は存在しなかった」
「それはおかしいですね……」
「生きてる可能性が高まった…か?けどそれはそれで面倒なことになるぜ?」
「僕は生きているとは思えませんがね…。まぁ、今の時点ではあらゆる可能性を否定するべきではないでしょう」
互いに話し合いながら、可能性を探っていく賢治と竜児。
高瀬は完全に蚊帳の外。ただ事ではないことだけは理解する。
「……依頼は、受けてもらえるのかな?」
「まぁ構わないけど、成功報酬はいくら出す?」
「……これくらいで。調査費は実費で構わないよ」
こっそり指で金額を示す主任。のぞき見ようとして「こら、やめなさい」と竜児に首根を掴まれる。
「悪くない仕事だな~。よし、この依頼受けた」
元から断るつもりなどなかったろうに、守銭奴とかした賢治がニンマリ笑って主任の肩をたたく。
「なんかまだ訳のわからないことでいっぱいなんだけど……」
3人とも、理解しているのが当然のごとく話を進めているが、まだ謎は山のように残されている。
「全部を知る必要がどこにありますか?」
「そうそ。依頼人の個人情報は守らなきゃな」
「……ごめんね、及川くん」
ちらりとこちらを見た主任も、それ以上詳しく話すつもりはなさそうだ。
『冥婚』に、『座敷牢』
重すぎる話が二つも出て、既に頭の中はいっぱいいっぱいだ。
「そういえば及川くん……。谷崎のやつが連れてたっていう子供の霊、それはどこへ?」
「あぁ…。さっちゃんなら部長の所に」
タクシーの中までは一緒だったのだが、自宅に帰る時になってあっさりまた部長についていってしまった。
人形も一緒になくなっていたのだが、どうやって持って帰ったのだろう?少なくとも手には持っていなかったが。
「谷崎の所?しかし”さっちゃん”ってのは…」
「今日勝手につけた名前ですよ。あの子が会社にあった子供用の人形を気に入ったみたいなんで、その名前で」
「ああ、そういやあったな。おもちゃ会社から送られてきたやつが。適当にダンボールに突っ込んでおいたっけ」
「――犯人は主任ですか」
「いや、ただ単に忘れてただけなんだけどさ……」
それが巡り巡ってあの子の手元に渡るとは不思議な話だ。
「主任は、あの子が例の妹さんだと…?」
「俺には見えないからはっきりとは言えないが、君がいった特徴と俺の覚えてるあの子の姿がどうにもかぶって思えて…」
「着物姿の幼女?」
この時代に?という高瀬の疑問に気づいたのだろう。主任が苦笑する。
「あの子が7歳で死んだってのは聞いたろ?俺が最後にあの子を見たのは、あの子の7つのお祝い…。七五三の時の記憶なんだ」
「あぁ、なるほど……」
確かにありえない話ではない。
「地元の神社にお参りに行った帰りに近所の川に足を滑らせて落ちた。それが原因で肺炎をこじらせてなくなったと俺は聞かされてる」
もともと体の弱い子供だったから、疑問に思うことはなかった。
「後で……とりあえず顔を確認してみます?明日もきっと部長の側についていると思いますよ」
最もな提案だったが、それには主任が首を振る。
「正直、顔はもううろ覚えなんだ。写真も、探しては見たがあの子のものはろくになくてね」
記憶というのは美化されるもの。
確かに、はっきり本人だと言い切るのは難しいかも知れない。
「でも、あの子自身は主任の事を…」
「7歳の子が、28年も経過した幼馴染の顔を判別できると思うかい?」
「……無理、ですかね……」
つまり、あの子が主任の顔になんの反応も示さなくとも不思議ではない。
ならなぜ部長に興味を示したのかは未だ謎だが…。
「でも俺、タカ子なら何年たってもすぐにわかる自信あるぜ」
「ふむ。君ばかりではありませんよ賢治、僕だってそうです」
「二人共……」
さすが幼馴染、綺麗にまとめてくれたと思った次の瞬間。
「「タカ子は」」「何年たっても大してかわりませんから」
「子供の頃からほとんど成長してねぇもん」
―――――ガッデム!!!
主任、かわいそうなものを見る目で見ないで!!