赤い彗星ですか
――室井幸樹<むろいこうき>36歳。
出身は○○県、○○郡。
地元に古くから残る豪農の出身で、幸希<ゆき>という双子の妹がいたが、7歳の時に病で命を落としている。
地元の小学、中学を卒業。その後上京し私立の高等学校に進学。
そのまま大学までを東京で過ごす――
「有名な富山の薬売りって言葉を聞いたことがあるだろ?意外と知られていない話だが、天明の大飢饉の際に富山から○○県に大規模な移民が発生してるんだ。それに乗じて移り住んできた薬売りの男が婿に入った先、それが問題の室井家。元々は豪農として有名だったみたいだが、その男から薬種を扱うノウハウを得てからは一族で薬種問屋を開業。それがなかなかうまく行って、地元ではそこそこ名の知れた金持ちだったみたいね」
いわゆる、地元の名士といったたぐいの。
「昭和期に入ってから業績は落ちる一方で、もともと持っていた土地を切り売りして自転車操業状態で商売を続けてたみたいだけど、まぁあまり上手くはいっていなかった。それが上向きになったのが室井社長の父親の代から。
「室井商店」って名前で薬とは関係のない小売業をやってたみたいだけど、大した経営手腕もない割には経済状態は持ち直し、大学卒業、地元に帰ってきた息子がその跡を継いだ。初心に帰るって意味なのか、それとも現在の風潮に合わせたものなのか、ドラッグストアなんて形態をとってね」
「――さすが、よく調べてるなぁ」
感心するよ、と言いながら、主任の目は笑っていない。
「ま、このくらいならちょっと時間と金さえあればいくらでも調べられる話だからさ。自慢するつもりもないし」
問題は、ここからだ。
「ちょ、ちょっと待ってください!」
「ん?」
「なに、及川くん?大事な話の途中だからちょっと君は黙ってようか?ほら、お茶あげるから」
「いやいやいや、人の家で主人そっちのけで話を進めないでください!ってかそれ私のリプ○ン!」
ぼっち反対!いじめ、カッコ悪い!そしていつの間に主任まで勝手に紅茶を飲み始めた!?
ケンちゃん、なんで喋りながら人んちで勝手にお茶配ってんの。
そして当たり前のような顔をして湯呑にはいった紅茶をすする竜児。
……もういい、見なかったことにしよう。
「主任がなんで例の社長さんを調べようとしているのかはともかく、ケンちゃんはなんで主任が室井さんを調べたがってるのがわかったの?話始めるならそこからでしょ」
そう、そこがまず知りたい。
主語があって述語がある。
何事も流れというものは大切なのだ。
そのへん詳しく説明願いたい。
「まぁ、タカ子に1を聞いて100を知れって言っても無理だよなぁ」
「それどころか2分の1も理解できればいいほうじゃないですか?買いかぶりはよくありませんよ、賢治」
「あんまりだ!」
そこの二人、こそこそ話をしない!
そして主任、大事な話なら隠れて人を笑わないっ!
「なら、その説明は僕がしてあげましょう。簡単に言えばですね、タカ子」
「うんうん」
「君の就職先は、もれなく僕が調査済みです」
「うんう・・・ん!?」
「派遣会社は勿論、派遣先も僕が吟味した場所に送り込みましたので、今まで実に快適な環境で仕事ができたでしょ?」
そう言われてみれば、確かに今までセクハラも残業も休日出勤もなく。
「第一ね、別に君は正社員になんてなる必要はなかったんですよ。最終的には僕の所か賢治の所に落ち着かせる予定でしたし」
「え、それ初耳なんだけど。タカ子と一日中一緒はしんどいわ~」
っておい。
「ちょっとケンちゃん!?なにげに酷くない!?そして現在ほぼ私と一緒の部長の立場は!?」
「タカ子から尊敬してますって伝えといて」
「だが断る!」
やっぱり心のオアシスは部長だけだ!
「いや、最終的な引受先としちゃやっぱり無難なのは竜児のとこだろ。飼い殺しにしてもらうのが一番早
いって。・・・じゃなかった、ほらマスコット的な?」
「飼い殺しって時点で私の人権はどこへいった」
マスコットなんて可愛い言葉ではごまかされないぞ!?
「いやぁ必要な人材だと思うぞ~?なにしろタカ子を側に置いとくだけで竜児のやる気が3倍になる」
私は赤い彗星か?
シ○ア専用ザクになった覚えはない。
「勿論それが一番ですが、タカ子の受け入れ先として候補に挙げただけのこと」
「受け入れ先って……ププッ。及川くん、きみ待機児童扱い……」
「ほっといてください…」
もう涙も出ないや。
へっ。