たたりじゃ~?
しかしなぜ部長はあぁまで霊に好かれるのか。はっきり言って謎である。
部長の隣におすわりするお犬様は、部長の許可を得たことでますます張り切って護衛を勤めてくれるようだ。
「そういえば部長、こないだ終電を逃す原因になった取引って、結局どうなったんですか?」
なぜか今それが気になった。
「?突然だな。…あの件なら、結局は中止になった」
「どうして」
「取引先の人間が急死したんだ」
「急死?」
それはまた、穏やかではない。
「とある場所にショッピングモールを作るという計画があってな…。うちも一口噛む予定だったんだが、土地の持ち主が急死して、事情が変わったらしい」
「あらま」
いいながら、ちらりと頭をもたげる一つの確信。
「もしかして「たたりだー」とか言われてません?それ」
「……わかるのか?」
「いえ、聞いただけです」
やっぱりかーと内心で思いながらも、そこははぐらかした。
「昔は何かしらの神が祀られていた場所だったらしくてな…。地元の人間が祟りだと言い出して、とても開発どころではなくなってしまったらしい」
そうなればこちらも手を引くしかない。当然の判断だ。
火中の栗を拾いに行く必要はどこにもない。
「亡くなった地主の身内も相続税やらなにやらでなんとしても土地を売ってしまいたいらしくて、なにやらうさんくさい連中を雇ったと聞いているが…」
どっちみち、もう関わるつもりはないらしい。
「部長、もしかして初めから乗り気じゃありませんでした?」
「……個人的な考えだが、先祖代々守ってきた土地を安易な考えで全て無にしてしまうというのはどうもな……」
社としては取りたい案件だったが、部長本人としては反対だったようだ。
おそらくそれは正しい。
「失礼します、部長」
声だけは真面目に、2人のもとへやってきたのは相原主任だった。
「それ、例の件話してるのか?あれならやっぱり手を引いて正解だったわ。地元の連中、弁護士を代理人に立てて真面目に裁判に打って出るつもりらしいぞ」
2人の会話が聞こえたのか、新しい情報を耳打ちする。
「弁護士……」
「それも結構な辣腕で知られてる若手弁護士がついたらしくてな。代金度外視の売名目的だろうが、裁判まで行かれるとさすがに外聞が悪い」
「完全に手を引く。それで他に未練がってる連中も納得するだろう。助かった」
「この時代、いち早い情報入手が命だからな。……覚えといてね、及川君」
「了解で~す」
悪い顔になっている主任に素直に手を挙げて同意し、ついでに気になっていた事を聞く。
「ちなみに、その若手弁護士の名前って、もしかして葉山竜児<りゅうじ>じゃ……」
「え?なに、知り合い?」
「……まぁ……」
「まさか、及川さんの彼氏とかそいういうオチ?だったらちょっとショックなんだけど~。なぁ?」
「なぜ俺に振る……?」
バンバンと肩を叩かれ、身に覚えがない部長は至って不満げだ。
「え?だって彼女お前の嫁さんの第一候補だから」
「またまた悪い冗談を…」
「全くだ」
部長と二人、ナンセンスなジョークに思い切り首を振ったつもりだったが、当の主任は全く動じない。
「いやぁ本気本気。中塚君も気に入ったみたいだし、君のこと本気で欲しくなっちゃったんだよね。
機会をうかがってグイグイ行くつもりだから楽しみにしてて!」
「……なぜ部長の嫁なのに主任がグイグイ行くんです?」
「俺に聞くな。その前に俺の意思はどこへいった……?」
二人で顔を見合わせれば、「ほら~やっぱりお似合いじゃないか~」と余計に主任を調子に乗らせる結果となった。
「んで、結局その弁護士とはどういう関係なの?若手イケメン弁護士って情報入ってるんだけど」
「若手イケメン弁護士……」
「部長、その真面目な顔でイケメンとか言わないでください、笑えます」
ぷぷっ、っと吹き出せば、眉間のしわがさらに深くなった。
いかんいかん、また機嫌を損ねさせてしまう。
「あのですね、部長に紹介した便利屋、まだ覚えてますよね?」
「ああ」
「私と便利屋と弁護士、三人揃って小学校の悪ガキトリオでした」
ちなみに弁護士が親分で私と便利屋が手下です、と付け加えると、実に微妙な顔になった男ふたり。
「あのさ……。悪ガキトリオとか、普通男の子に付けられるあだ名だよね?なんで男の子の中に君が混じってんの?普通女の子ってヒロインポジションでしょ。しずかちゃんでしょ」
「いえ、むしろのび○とス○夫です」
「どっちがの○太?」
「私ですね」
迷わず胸を張ってやると、さらに微妙な表情に。
あれ?なにかおかしなことをいっただろうか。
「ちなみにですが、その弁護士はジャイアンみたいな大柄なガキ大将タイプってわけじゃなくて、腹黒さを兼ね備えた出来○君タイプでした。頭のいい人間の腹が黒いと大変ですよ全く」
「……なかなか面白そうな幼少時代だね。後で飲みながら詳しく聞かせてもらおうかな」
「え?まぁいいですけど、普通ですよ普通」
「……普通の定義がずれているな、君は」
む。なんで部長は苦悩に満ちた顔をしているんだろうか。
「ちなみに昔から物凄く性格悪いんで、敵に回さなくて正解です。ネチネチやられますよ、ネチネチ」
「幼馴染が言うくらいだから相当なんだろうねぇ…。まぁよくわかったよ。頑張れ」
最後の頑張れは、なぜか部長に向けられていたのが解せない。
当の部長本人も同じ気持ちのようだが。
「じゃあ、もし弁護士を頼むようなことが発生したら橋渡しは及川さんにお願いしようかな」
「はぁ…。頼むのは構いませんが、友人割引とか発生しませんよ?なにせ手下1号なんで」
「プッ。大丈夫だよ。危機管理で何かあった時のための弁護士費用はしっかり確保してあるからね」
「おぉ、さすが大企業、頼もしいです」
いつかあいつの顔を札束で叩いてやりたいと思っていたが、意外と早く叶うかも知れない。
「あ、そうだ及川君。中塚君が昔着てたスーツを何着か持ってきたからよかったら着てみて欲しいってさ。ロッカールームで待ってるから連れてくるように言われたんだ」
「むしろそれを早く行ってください!及川、行っきます!」
中塚女史に呼ばれたとあっては忠犬の如く駆けつけねばなるまい。
彼女は秘書課最大の味方だ。
「行ってらっしゃ~い」
ひらひらと手を振る相原主任。
彼は確かに味方だ。
ただし、<部長>の。