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夜行葬  作者: エモトトモエ
9/11

〈化猫の弔い〉-9


 (つがい)の進む先が、コンクリートの橋の上ではなく雑草が蔓延る(はびこる)河原になっていた。夏草は枯れかけて、目立つのは番の肩ほどにまで長く伸びたススキの穂。ひんやりとした風が吹くと穂が擦れた音を立て、流される。もうひとつの川がそこにあるように。

少し先には本当の川の流れがあるのだろうが、水の音がするばかりでその様子は見えない。

番はまっすぐに歩いてゆく。それが手に抱く三毛猫…化け猫の意思だった。

 不意に背後から、生ぬるい風を浴びた。

 番は反射的に振り向きながら、身を(かが)めた。

 周囲は暗闇であった。だがそれよりもっと黒い色をした影が、彼のすぐ後ろにいたのだ。大きさは番と同じくらい。

「その手にあるものを」

 影から声がする。男とも女とも若いとも老いているとも分からない声が。

「ここに置いていけ」

 番は駆けだした。三毛猫と風呂敷包みを抱えたまま。

 影は追っては来なかった。番は足を止めた。

 するとまた背後から声。

「その手にあるものをここに置いていけ」

 番はまた走った。声は止んだ。だが番がまた立ち止まると、同じ声で同じ言葉が聞こえてきた。番は止まるのをやめ、走り続けて川に出た。そして川の中に一歩踏み出した。

 甲高い叫び声が上がった。

 それは番の手の中から。三毛猫が発した叫びだった。

 化け猫は水が苦手だといわれている…番はそれを思い出した。

 その時には三毛猫の体は大きくなって番の手から消え、水際(みぎわ)の地面に降り立ち、黒い影と対峙していた。

 化け猫は背を丸め、唸り声を上げた。

 影は風に揺られながら少しずつ大きく、形を変えた。それは化け猫と似たような、四肢で地面に立つ獣のような姿であった。

化け猫がその中央部に向かって飛びついた。影は倒れた。だが化け猫の足元から煙のように浮き上がると、再び元のようになって揺らめいた。

化け猫はまたそれに飛びかかった。

番は風呂敷包みをしっかりと抱えて、水を避けてススキの藪に身を隠した。化け猫の本体はこの風呂敷包みの中にある。影から隠しておきたかった。

息を潜める番。

化け猫と影の戦いはどちらの動きも変わらぬまま続く。

 どうにかしなければ、と番が思ったとき。

 チ チ チ

 番の胸元から小さく音がした。

 それは番の懐剣淡雪(あわゆき)が、白蛇の姿で鳴らす、警戒の音であった。

 生ぬるい風が番の背後から吹いた。

「その手にあるものを置いていけ」

 言い終わらぬ間に番は駆けだした。そしてまた藪の中に隠れた。

 するとまた背後で

「その手にあるものを」

 声がした。

 番は振り向きざまに淡雪を振り下ろした。そこには番と同じくらいの大きさの影が同じように屈んでおり、淡雪が当たると凹み、しかしすぐ元に戻った。

 チ チ チ

 淡雪が懐剣のまま音を立てた。

「その手に」

 影は人のような形をなし、番に近付いた。

「あるもの」

 番がもう一度淡雪を突き立てようとした。が、できない。

「を」

 影は歪み、その後もっと番に迫ってきた。

「置」

 影が番の左手を包み込む。番は左手を引き、風呂敷包みごと羽織と着物の間に隠した。

「い」

 影は動揺したかのように動きを止めた。

 番はそのまま後ろに下がった。影は追って来ない。

 それを確認すると、番は駆けだした。

 


 影から距離を取り、番は考えを巡らせた。

 淡雪が効かないのはどうしてなのか。あの影は霊体ではないのか。番の大きさと化け猫の大きさの2体いるのはなぜか。どうしたら化け猫の木乃伊を守れるのか。

 どうして化け猫はわざわざここへ来たのか。

 水が苦手だというのに川岸などへ。

 


 後ろからススキが揺れる音がして、生ぬるい風が吹いた。

 番は咄嗟に、右手に握った淡雪を袖の内に隠した。

「化け猫の木乃伊はどこじゃ」

 先刻の影と同じ声。生温かくて湿気を帯びたものが番の背中にぴたりと張り付く。番の体じゅうに悪寒が走った。

「いないの。これは…そう」

 影は独り言を呟いた。

「人の死骸」


つづく


読んでいただきありがとうございました。

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