〈化猫の弔い〉-7
しゃがんだ番の膝の上は、狭く、大柄な三毛猫は体をすべて納めることができずに居心地悪そうにもぞもぞと動いていた。番は三毛猫と風呂敷包みを抱え、立ち上がった。
「化け猫、というものをご存知ですか?」
「猫の妖怪ですよね」
女も答えながら立ち上がる。
「そう。昔は猫が10年生きると化け猫になる、と言われていたそうです」
「え、猫って軽く10年以上生きるでしょう?」
10年どころか20年近く生きる個体も珍しくないだろう。
「現代ではそうなのですが、昔は違いました。例えば江戸時代なんかはね。…まあ丁度10年きっかりというわけではなく、長寿の猫が、という意味なのでしょう」
「はあ…」
「化け猫になったら100年以上生きます。人の言葉を話したり、夜道で人を驚かせてからかったり、人を呪い殺したり襲って食すとも、言われています」
「怖いじゃないですか」
「ええ、畏怖されるべき存在でした」
「まさか、ミケがその化け猫だなんて言うんじゃ」
「ですから、信じられないなら聞き流してくださって結構なのです」
「いえ、ちゃんと聞きます。全部聞いてから信じるかどうか決めます」
「では続けます。…私の知っている化け猫は、200年近くを生きたそうです。そして肉体の限界を迎えて死んだ。そののち、肉体は自然に木乃伊と化しました。霊力は強く残っていたので、他の生き物に食われることはなかったのでしょう。
私は縁あって、その化け猫の木乃伊が、肉体と霊体共に土に還る手助けをする事となりました。未練が残ることのないよう、最期の別れをするために、霊力がわずかに残った木乃伊を本人の意思のままに連れて歩くのです。本人がもう充分と思い、土に還ってゆくまで」
番はそこまで言い、黙った。
「じゃあミケはもう死んでいるんですか? でも私、ミケのことが見えるし、触れます」
女が強い調子で言った。
「まだ僅かに霊力が残っているからです」
番が静かに返す。
「そんなの信じられません」
女は番の腕の中にいる三毛猫を奪おうとした。が、すでに彼女の手では三毛猫に触れることができず、その手はただ三毛猫の体をすり抜けるばかりになっていた。
茫然とする女に番は申し訳なさそうに言った。
「霊力が持つのも今夜いっぱいなのです。それでこの子は今夜、あなたを待っていたのでしょう」
「そんなこと言われたって」
女は三毛猫を見つめた。
三毛猫の方も女を見ていた。が、そのうちくたびれたのか体を丸めて目を瞑った。
「ミケ!」
「まだ霊力がなくなったわけではありません」
番が言った。「でもそろそろ行かなくては」
「どこへ」
「この子が望むところへ」
「私も行きます」
女が先刻よりもさらに強い調子で言った。「ついて行きます」
その言葉に、番は少しの間考え込んだ。
そして言った。
「来てもいいと言っています」
すかさず女が訊ねた。
「ミケが言っているんですか」
その問いに番は黙って頷いた。
「じゃあ自転車を家に置いてきます。5分だけ待ってください。ここからすぐなんです」
女は言うと、自転車に手を掛けた。
「この子がいいと言うのですからもっと待ちます」
番は言った。「かなり歩くかもしれません、靴や服も替える方がいいと思います」
「はい。ではそうします」
女が自転車を押した。なぜか乗らずに。
すると自転車は、先刻のように金属音を鳴らしながら動き出したのだった。
番が女の後ろ姿に声をかけた。
「その自転車、壊れたのですか?」
「チェーンが外れてしまったんです。だから今日は乗れなくて」
「ちょっと見せて下さい」
小学校の防犯灯を頼りに、番は自転車の下の方を覗き込んだ。それから三毛猫とその椅子代わりのようになっていた風呂敷包みを脇にそっと置き、女から自転車を受け取ると、何か手を加えたようだ。
「直りました」
すぐに終わり、番が女を見て言った。「確かにチェーンが緩んでしまっていますね、すぐに元に収まりましたから。でもまた外れてしまうでしょうから、早めにチェーンを切り詰めてもらうといいでしょう」
「ありがとうございます! 直すのお上手なんですね」
女は本当に驚いたようだった。
「いえ、このくらいは簡単です」
「私なんて、どう直していいかもわかりません」
女は苦笑いしながら自転車に乗った。「じゃあ、これで急いで行って来ます」
走り去る女を見送る番の手には、いつの間にか三毛猫と風呂敷包みが抱かれていた。
つづく
読んでいただきありがとうございました。もう少し続きます。