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夜行葬  作者: エモトトモエ
5/11

〈化猫の弔い〉-5

役目を終えた懐剣をしまうには、今のように蛇の姿で自らの体に取り込まなくてはならない。その際には息もできぬほどの激痛が伴う。その痛みはあまりに激しく、終わってからも暫くは体が震えるし五感が鈍くなる。ひどい倦怠感も伴う。

体のダメージを()して足を引きずるように歩く。そんな中でも頭の中にはいろいろな思いが浮かぶ。



周りへの集中を欠いた。雨に気を取られ過ぎたからだ。

それに油断していた。箱の中身は永く生き、現世に未練もないと聞いていた。だから小料理屋での出来事には目をつぶったのに。

雨のせいで人通りが途絶えたため、霊体が憑き易くなったのだろう。

化け猫が自分を襲う姿は、猫が小動物をなぶり殺す様子とよく似ていた。ならば自分は逃げられなくなった鼠か蜥蜴か。淡雪が霊体を咥えてこちらを見た時、それが化け猫に食われたかもしれない自分の姿にも見えた。

…いや、自分は勝つことができたのだ。



自分を追い詰める言葉ばかりが浮かんでくる。淡雪を抜いたあとはいつもそうだ。

それでも番にとっては、何も考えずにひたすら苦痛に堪えるよりはずっとましであった。



番が進む先に、小川と、欄干のない小さな木の橋が架かっているのが見えた。その橋を渡る。すると街の灯りが見え、目の前は公園から出てすぐの光景に変わっていた。いつもの、東千住の街並みだった。

雨は上がっていて、雲間から上弦の月が輝いていた。

番は振り返り、公園の中を凝視した。

人ひとりいないはずの公園の中から、幾つもの気配を感じる。それらは落ち着きを失くして闇雲に動き回っているように思えた。おそらく先刻のことで、公園内の見えないバランスを崩してしまったのだ。戻ったらまた何かが起こるかもしれない。

番は公園には戻らずに歩き始めた。

風呂敷包みの中の木乃伊は、先刻までのように番に意志を伝えてはこなくなっていた。最後の霊力をかなり使って…というより、取り憑いた霊体に使われてしまったからかもしれない。

本来ならば、夜通し番が好きなところに連れて行くことで、徐々に霊力が使われ、最期の場所で力を使い果たすと同時に安らかに自然に還ってゆく…それが番のしようとしていた事であった。

その最期が少し早まったかもしれない。

とはいえ、元々今夜までしか持たない程の力しかなかった。それにまだ力尽きたわけではない。それは番には分かっていた。

番はゆっくりと歩きながら、再び木乃伊が語りかけてくるのを待った。

大きな通りは、日が暮れてかなり経っていても人出が多く、賑やかだった。

狭い路地などは、もうだいぶん静かだった。

 国道は車のライトが溢れていて番の目には眩しい。その横断歩道を渡ると、また少し暗い路地に入った。

路地を道なりに進んでゆくと、道の左側が小学校の敷地になった。緑色のフェンスのすぐ脇を歩いていると、ふっと花のかおりがした。

番は立ち止まり、どこからこのかおりがするのかと周囲を見渡した。

それは校庭の片隅、フェンスの近くに植えられた、一本の金木犀(きんもくせい)からだった。学校内を照らす防犯灯の灯りを受けて佇むその2メートル程の樹は、まだ湿気を帯びた夜の微風に撫でられ、濃い黄色の花が放つ芳香を通るものもまばらな外の路地にまで漂わせていたのだ。

番は大きく息を吸い込んだ。

そして息を吐いたとき、風呂敷包みの中からの意思が伝わった。

番はそっと包みをほどいた。

僅かに箱を開ける。すると次の瞬間、番の両腕の中に一匹の三毛猫が現れた。三毛猫は飛び上がり、2メートル程のフェンスを上り、その内側へ下りていった。あっという間の事だった。

番は困ったような顔で猫を見て言った。

「さっきのような事態は困ります」

三毛猫は振り向き、大丈夫だとでもいうように大きく尾を振った。そして小学校の敷地の奥へどんどん進んでゆく。

番はついて行こうとしたが、それは猫に拒否された。

「だったらもう助けられませんよ」

一応番は言った。だがこの敷地内は、気を張った番が見てもおかしな様子はなかった。猫もそれが分かるのか、そのままいなくなってしまう。

しばし自由にさせて欲しい。それが三毛猫の願いのようだった。

番は包みを軽くまとめ、左手に持つと、先刻の三毛猫と引けを取らない身軽さでフェンスの上に乗った。そしてその上に腰を下ろした。

彼が密かに思った通り、金木犀の芳香はフェンスの上の方がよく届いた。

待つことには慣れている。負荷をかけた体を癒すのにも丁度いいかもしれない。番は空を見上げた。雲が急くように流れてゆく。



「ミケ?」

声がしたので振り向くと、番から少し離れた路上で、ひとりこちらを見ている女がいた。


つづく


読んでいただきありがとうございました。

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