十二支の由来 ウサギVer.
十二月三十一日のこと。動物たちに神様からの手紙が届いた。
「一月一日の朝、私のところに新年の挨拶に来てください。先着十二名を、毎年順番に動物の大将にしてあげます!皆来てね!
神様より」
ウサギさんも、この手紙を受け取った。
「明日の朝か!僕は走るのなら得意だし、いけるかも…」
ウサギさんから笑顔がこぼれる。ウサギさんは『走りのウサギ』を自称するほど、足には自信があった。
ところが、それを見ていたヘビさんが、こんなことを言った。
「でも、ウサギさん本当に大丈夫なの?」
「どうして?」
「だって、この前カメさんに負けたよね?『走りのウサギ』とか言っておきながらあんなノロマなカメさんに負けたんだから、動物の大将なんて無理無理!」
ヘビさんは大笑い。ウサギさんのどこかで、何かが切れる音がした。
「勝つもん!カメさんには絶対に勝つもん!あのときとは違うんだ!」
ウサギさんはさっそくカメさんに果たし状を送りつけた。
カメさんとは1年前に山の麓まで競走したのだが、その時ウサギさんは大敗を喫した。これは「走りのウサギ」の名を大きく落とすものであり、仲間のウサギから爪弾きにされるきっかけにもなったのである。
カメさんとの山での競走で負けて以来、ウサギさんはずっと努力を続けてきた。まずはフォームを修正するために、自分の走りを撮影して分析をした。また、小高い丘での走り込みや、スタートの感覚を繰り返し確認することも毎日欠かさずやった。
それだけではない。ウサギさんは、身体だけでなく心も鍛えることにした。カメさんとの勝負の時は油断をして途中で居眠りしてしまったのが一番の敗因だった。そこで、自分がどんなに勝っていても慢心しないように、起きたときと寝るときに「日頃の努力も、相手を見くびれば水の泡」という自分で考えた言葉を三回繰り返すことに決めた。そして、週に一度は禅で集中力を鍛え、心を落ち着かせるようつとめた。
神様からの手紙を受け取っても、ウサギさんはいつもと同じトレーニングをいつも通りに行った。ここで下手に新しいことをやっても大きな変化があるとは思えないし、筋肉や関節に悪影響があっても困るからだ。
「よし、今日のトレーニングはここで終わりにしよう。明日は早いし、ここでしっかり寝ておかなくちゃ」
ウサギさんは「日頃の努力も云々」を三度繰り返すと、いつもより早めに眠りについた。
さて、いよいよ当日である。勝つべき相手はカメさんのみ。ウサギさんは満を持して出発した。
「いつも通りにやれば大丈夫、僕はやれる。待ってろよ、神様!覚悟しとけ、カメさん!」
ウサギさんは走った。その姿はまるで弾丸のよう。チーターも顔負けの走りっぷりである。その上スタミナもあるので、いつまでも走っていられた。日頃のトレーニングのたまものだ。なんだか走る趣旨が変わっているような気がするが、そんなことはもういい。とにかくカメさんに勝つ、それだけだ。
ウサギさんの走りは快調だった。すると、草むらからヘビさんが現れた。
「やあウサギさん、頑張ってるねえ」
ウサギさんは走りながら答える。
「ああ、ヘビさん」
「実は、耳寄りなお話があるんだけど」
「今忙しいんだ、あとでね」
「つれないなあ。ならいいよ、カメさんの今の様子を教えてあげようと思ったんだけどなあ」
ウサギさんの目の色が変わった。
「えっ、カメさん?今どこにいるの?」
「それはね…」
ヘビさんはにやりと笑った。
「カメさんは、リュウさんの背中に乗せてもらっているらしいんだ。リュウさんは今はまだ後ろの丘の方にいるみたいだけど、追いつくのは時間の問題かもね」
亀が竜の背中にバランスを保って乗り続けるのは無理なような気もするが、そのときのウサギさんはそこに思い至るほど冷静ではなかった。
「そんな…」
「もう諦めたら?カメさんに勝つなんて、君には出来ないよ」
ウサギさんはしばらくうつむいていたが、やがてぱっと顔を上げた。
「…ううん、僕は諦めない。僕はカメさんに勝つために今まで苦しいトレーニングに耐えてきたんだ。カメさんがリュウさんの背中に乗っているっていうんなら、僕はそれに勝つまでだ!」
ヘビさんのおかげでやる気を出したのか、ウサギさんはさらにスピードを上げて走り去った。一方ヘビさんは
「まさかあんなデタラメに騙されるとは…。その上さらに燃えるなんて…」
と呆れていた。
ようやく神様のお住まいが見えてきた。ゴールは目前だ。よく見ると、前方にトラさんが走っているのがわかる。ウサギさんはトラさんを追い越さんばかりの勢いで駆け抜けた。今ならカメさんに勝てる。そう思ったときだった。
「やっべ!ネズミさんとウシさんはもう着いちゃってるのか?ちゃんと目覚ましかけときゃよかった!」
そんな声がした。恐る恐る振り返ると、そこには先ほどまで話題になっていたリュウさんがいた。リュウさんはすぐにウサギさんに追いついた。
「え?カメさんは?背中に乗せてきたんじゃなかったの?」
「カメさん?知らねえよ。俺はこんな大事な日に寝坊しちまったんだ、カメさんなんて構ってる暇はねえ!」
「てことは…、僕、ヘビさんに騙された!?どうしよう、もうカメさんはゴールに近いんじゃ…?」
「いや、それは無いと」
ウサギさんには、もはやリュウさんの声は聞こえていなかった。
「まずいぞ、カメさんは超努力家だからな…、こうしちゃいられない!早く行かなきゃ!」
リュウさんは矢のごとく走っていくウサギさんを呆然と見ていたが、すぐに気を取り直してウサギさんの後を追った。
神様のお住まいまであと少し。トラさんは
「一番乗りではないだろうけど、とりあえず十二番以内には入れそうだな。よかったよかった」
などと思っていた。ふと振り返ると、何かがものすごい勢いで近づいてくる。
「ん…?なんだあれ?」
よく見るとそれは、鬼のような形相でこちらに向かって走ってくるウサギさんだった。
「うわああああ!なんでそんなに必死なの、怖い!」
あんなのにぶつかられたらたまらない、とトラさんはウサギさんから逃げるように走った。一方、少しでも早くお住まいに着きたいウサギさん。どちらも全力で駆けていく。二匹が門をくぐったのはほぼ同時に見えた。
門の中に入ると、神様のお付きの者が立っていた。
「新年おめでとうございます。すごいレースでしたねえ…結果は後でお知らせしますので、まずは神様のもとへ!」
「え、神様?あっそうか、僕は新年の挨拶をするためにここへ来たんだっけ…」
やはり、本来の目的をすっかり忘れていたようだ。
ウサギさんは、神様の待つ広間に入り、お辞儀をして言った。
「神様、あけましておめでとうございます。」
「おお、ウサギか、おめでとう。早かったなあ。さあ、あっちに御馳走を用意したから、食べるといい」
「ありがとうございます」
ようやく神様への挨拶が終わったが、ウサギさんはそれどころではない。周りを見渡してカメさんを探したが、ほかの動物たちが次々とゴールしてくるのでよくわからなくなってしまった。そこで、たまたま近くにいたトリさんに話しかけた。
「ねえ、カメさんはいつ頃ここへ来たか知らない?」
「さあ、知らないな。ヒツジさん、知ってるか?」
「もうすぐ順位が発表されるから、そこまで待てよ」
「もうすぐ…」
ウサギさんがそわそわしながら待っていると、神様のお付きの者が御殿の前に立った。
「皆さん、お待たせしました。それでは、順位を発表します。第一位、ネズミさん、第二位、ウシさん、第三位、トラさん、第四位、ウサギさん…」
第一位の意外さに、動物たちはざわついた。まさかのネズミさん優勝という結果に、みんな驚きを隠せなかった。ところが、ウサギさんの反応は少し違うものだった。
「やったあああああ!勝った!カメさんに勝った!」
ウサギさんの喜びようは尋常ではなかった。あちこち跳びはね、踊り狂い、何枚も自撮りをするほどだった。ウサギさんは宿命のライバル・カメさんに勝利した。ついに山での競走の雪辱を果たしたのだ。
喜ぶウサギさんを見ながら、ヒツジさんはトリさんに話しかけた。
「ウサギさんは、カメさんに負けるはずはなかったんだ」
「それだけ頑張ったってことかい?」
「いいや、カメさんはね…、そもそもこのイベントには参加してなかったんだ」
「……え?」
「新年は家族と過ごしたいんだって。まあ、そりゃそうだよなあ。あいつ、子だくさんだし」
そのことはウサギさんには言わないようにしよう、とトリさんは決意した。