ep.22 何も知らないお嬢様
空に浮かぶ島と言われている都市型防衛施設ファームに来てから既に3日が経っていた。
あの金髪…アイリさんに用意してもらった個室で二夜を過ごしているわけだが、どうにも落ち着かない。早苗に関しては未だひとつも情報が得られないし、結局私はこれからどうなるのかも分からない。頭の中は不安だらけだが、時間だけは淡々と過ぎていくのだ。
「今頃下では大変なことになっているんだろうな…」
思えばあの巨竜が出現して私の日常が崩壊してからかなりの時間がたった気がする。実際は3日なのだが、この3日は恐ろしく長く感じられた。
それもこれも全てはあの生徒会長のせいだったが…
桜木富子。第一次巨竜大戦時に対巨竜兵器の製造により爆大な利益を得て急成長した桜木コーポレーションの社長令嬢、つまりはお金持ちのお嬢様だ。
その風格は庶民とはかけ離れたオーラを放っていて頭も良く、どこにでても恥のない超人であるが、それはあくまで表の顔なのだ。一見誰もが憧れる存在だが、その腹は焦げたスープのように黒くて粘っこい。
特に竜少女に関しては見れば唾をかけるような女だった。
そんな彼女が何故、竜少女達のホームとも言えるファームにいるのか。ルンは初めて対面した時、驚きのあまり奇声をあげてしまった。
天地がひっくり返っても来ないような場所に彼女がいるなんて、まるで悪夢のようであった。
「ふ、ふぇ!?さ、桜木さん?」
「なっ!あなたは伊藤さんじゃありませんか。どうしてあなたがここにいるのですか?」
「そりゃ、こっちのセリフよ…」
「まぁ丁度いいわ伊藤さん。ちょっとこの融通の利かない人達を黙らせてくれないかしら?さっきから私の言うことをちっとも利かないのよ?」
案の定、桜木さんはどこにいても桜木さんのままだった。
近くで苛立ちながら軽蔑の目を向けていた竜少女の二人に話を聞くと、どうやら一方的に桜木さんの方から『今すぐ私の家まで送りなさい』や『ここの指揮官を呼んできなさい』などの無理難題を押し付けていたようで、この二人はとんだ迷惑をかけられていたそうな。どうもお疲れ様です…
これ以上この二人を厄介ごとに晒すのは気が引けたので、とりあえずここを私に任せてもらい、二人にはご退所願った。なお、彼女達からは手を握られて盛大な感謝をされたが、お門違いな気がしてならなかった。
で、この狭い部屋に口うるさい生徒会長と二人きりになったわけなのだが…
「で、生徒会長。とりあえずここまできた経緯を知らせてくれませんか?」
「いいえ、あなたが先に話してくださいな。ただでさえ警戒していたあなたがどうしてここにいるのかを。」
「はぁ、まあいいですけど。言っておきますけど私は望んでここに来たわけではないですよ?」
「私だってそうよ。突然家が忌々しい竜に襲われて気がついたらここにいたのだがら」
あらら、やっぱりそうなのか。
「それは残念でしたね。でも生きているんだから幸いじゃないですか。」
「あなたね…、まあいいわ。それよりもあなたよ!あなた、どうして竜少女になっているんですの?」
「え、何でって。会長、私に角があったの気づいていたでしょう?」
「確かにあなたの角には気づいていましたが、それとあなたが竜少女になる関係性が分かりません。」
「え?」
おいまさか、桜木さんは…
「失礼ながら、桜木さん。あなた、竜少女についてどこまで知っているんですか?」
「急に何を言いだすかと思えばそんなことですか?竜討伐に先陣を切って最新の兵器を開発している我が桜木コーポレーションの次期社長候補とも言える私がそんなことも知らない筈がないじゃない。竜少女についてはくまなく知っているわ。」
「じゃあまず、竜少女はどうやって生まれるんですか?」
「何を今更、そんなの決まってるじゃない。向こう側からよ?」
「……そうですか。」
なんて言うことだ、ある程度予想はしていたことだがここまでとは。
桜木さんは竜少女というものを微塵も理解していないどころか、誤った認識をしている…いや、させられている。これは桜木さんが自ら学んだことなのか、それとも教えられたことなのかは定かではない。それでも、あろうことか将来に対巨竜兵器の最前線を進む筈の彼女が事実を知らないとは…
「世も末だわ。」
「え、何か言いましたか?」
うん。この社会は終わってるって言ったんだよ。
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
以上のように会長がいかに無知であったことが判明したのが一昨日のこと。
もちろん、その後に竜少女についての正しい情報をファーム内の情報機器を借りて一から説明して差し上げた。
そもそも向こう側、向こう側ってよく言う人がいるが、なんでも向こう側のせいにすればいいと思ってるだけだろうに。
向こう側のことを知っている人間なんてほとんどいないのに、向こう側を原因にできるはずがない。
会長は事実を知らされて初めはそれを信じず、嘲笑っていたが私が何度も同じ説明を繰り返すのだから嫌でも検討せざるを得なかったのか。私が持ってきた端末を借りてしばらくの間眺めていた。
そして、この世の終わりとでもいうような深刻な顔をして私に詰め寄ってきた。
「ここに書いてあること…本当に全部事実なのですか?」
「はい、そうです。私も含め、竜少女は決して向こう側からやってきたなんてことはありません。みんな、元はただの一般人です。そして、私達には生まれた時から角が生えていました。世間ではかつて、英雄扱いだったはずの竜少女が今では手のひらを返したかのように非難を受け、角を持っていると言うだけで差別されました。
ここは、そんな差別から逃れてきた者達の居場所なんです。もちろん全員がそうではないですが…」
「こんな事実、聞いたこともありません。」
「ふつうにネットで探せば出てきますし、ふつうに生活していれば嫌でも耳に入ってきますよ?」
「そんな…じゃあ、私は!」
そう言った切り、桜木さんは考え込むように俯いて黙り込んでしまった。雰囲気的にも気分的にもあまり良くはなかったので私は『失礼します』と一言だけ言って部屋を後にした。
その夜、桜木さんは一睡もできなかったようだった。
補足しておきますが、現段階で「向こう側」についての説明はしません。
もうすこし後の話の方まではご想像にお任せします。