ep.20 離別
「痛っ!!」
顔に直撃する木の枝。高速で飛行するルンにとってこれは棍棒で殴られたのと大差なかった。
すでに幾度とぶつかった全身は痣と擦り傷、切り傷でいっぱいだった。
だが止まればそこには死が待っている。竜はルンの後ろをぴったりとついてくるのだ。そして速さで言えば向こうが圧倒的に速い。今は森の中なので追いつかれることはなかったが、森から少しでも抜ければ即座に距離を詰められてお陀仏になるだろう。
よってルンは速度を緩めるわけにもいかず、また一本と体を木にぶつけながら死にものぐるいで逃げ続けている。
「クソっ、あとどれくらい進めばいいんだ。もう…もちそうにない…」
全身から溢れでる血が更に力を奪っていく。片目も血によって見えなくなっているせいで距離感覚がつかめない。木にぶつかる回数も多くなってきていた。
「あぁ、どうすれば。どうしたらこの状況を打破できる!?」
早苗は未だ腕の中で気絶しているため、頼れる人はいない。先ほどまで聞こえていた声の指示も既に圏外になったのか、全く聞こえなくなっていた。方向もわからず、いつ助けが来るかもわからず、またしてもルンのゴールが遠のいてしまった。絶望がドアをノックしている。ドアを開けてしまえば全てが終わる。
必死に中に入れるまいと抵抗するルンだが、扉はついに蹴破られた。
「あっつ!!」
竜の中の一匹が吐いた炎のブレスがルンのすぐ左を通り抜け、左半身の表面を軽く焼かれてしまい、感じたことのないような激痛が走る。そして、そんな状態でまともに飛べるはずもなく、ルンは正面にあった太めの枝を回避しきれずに右肩を強打。声にもならない悲鳴を上げて落ち始めた。
高さはそれほどでもないが、落ち方によっては致命傷にはなる。消えゆく意識の中で反射的にルンは早苗を抱くようにして包み、自分を下、早苗を上にして自らの背中を犠牲に地面に落ちた。
下は舗装もされてない自然な土地。岩や木、草などが入り乱れた地面はヤスリのように背中を削る。飛んでいた時の勢いが未だ止まらず、しばらく滑り続けた後に大きめな岩にぶつかってようやく二人は止まった。
ルンの咄嗟の判断によって早苗は多少の擦り傷は残したものの、ほぼ無傷ですんでいた。
早苗は落ちた衝撃で目がさめた。頭痛が酷かったのでフラフラとしていたが、ふと現状をみて全てを取り戻す。気づけば周りは森、生い茂る木々や見上げるほど大きな岩、草木などが視線を埋め尽くし、やや混乱していたが自分の足元にいる友人の変わり果てた姿を見て絶句する。
「ルンちゃん!!」
額、両腕両足、腹部、首、いたるところが赤く染まっていて、特に腕や肩、顔には目を背けたくなるような紫色の痣が多数ある。そして、虫の息のように静かで今にも命の灯火が消えかかっているようだった。
「ルンちゃぁぁん!!しっかりしてぇぇ!!!」
死にかけのルンを揺さぶりながら呼びかける早苗だが、瞼は一向に開かない。首筋に手を当てて脈を測るが、素人の早苗でさえわかるくらいに弱くなっていた。息はしているがかろうじての状態で、このまま放置すればいつ死んでもおかしくない。
ルンの死という想像もつかない状況を突きつけられた早苗はやや動揺したが、本能的にこの場を改善しようと思考を開始する。
「助けを呼ばないと…でもこんな森の中でどうやって?そうだ!携帯!……は学校で失くしたんだった。とにかくルンちゃんをどうにかしなきゃ…蘇生?いやいや心臓が止まってるわけじゃないし…止血?全身から出血してるのにどこを止血すれば…それじゃあ…それじゃあ…どうしたら…」
ここで、またしても早苗は自覚する。
自分は何もできない役立たずだ。
自分の親友は自らを犠牲にしてまで自分を救ってくれている。自分が無傷なのも全部この子が請け負ってくれていたからなのだ。だけど自分には彼女に返すことはできない。
命懸けで私を守った彼女に対して私は命を懸けることができない。
何もできず、何も守れない。
してもらってばっかり。受け取ってばかりの自分。いざとなった時でさえ返せない。
そんな私がなんで、こんなにも優しい子の近くにいられるのだろうか。
私にはその資格はない。
私は、友達失格だ…
その後、早苗はルンにひとことだげ告げたのちに少し離れたところまで走り、竜をおびき寄せるために大声をだしながら森の奥の方へと去っていった。
「ごめんね…さよなら、私のルンちゃん」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
「早苗ぇ!!」
「うわぁぁぁ!!」
突然の叫び声に驚いた白衣を着た女医が点滴台をひっくり返しながら盛大に転んだ。それもそのはず、1週間以上昏睡状態にあった重傷患者が突然ベットから飛び上がったのだ。誰でも死ぬほどびっくりするだろう。
「な、な、なんなんですか?」
「えっ…あ、えと。ここは?」
お互いに混乱した状態で見つめ合い、しばらくの間静寂が続く。どちらも口をポカンと開けてなんとも間抜けな光景であった。
しかし、その静寂は病室の扉の開く音によって遮られる。中に入ってきたのは何故か犬耳のカチューシャにつけ尻尾、手足には肉球付きの手袋と靴を履いた獣コスプレのアホ毛娘、ドロシーだった。
「よぉ、ようやく起きたか寝坊助。早速だがこれからお前には選択肢をやる。
ひとつ、このままここで私に殺されて死ぬ。ふたつ、私の奴隷になって死ぬ。みっつ、窓から逃げて死ぬ。さぁ、どれだ?」
「は、はぁ?あの、展開がよくわからないんですけど…」
うーん、本当にこれはなんなんだろうか…私が病室で寝ていたことまでは分かる。女医さんを驚かせてしまったのは申し訳ない。だが…この目の前にいるアホは誰なんだろう。
「あぁ?そんなことはどーでもいいんだよ!さぁどれか選べや小娘。3秒以内に応えないと勝手に決めさせてもらうぜ?」
うわ、アホな上に面倒なタイプの人だ。そして若干うざい。
「じゃあ、4のこんなアホとではなく話の通じる人に説明してもらう、で…」
「…お前、今なんつった?」
「あなたみたいなアホな人とは話せないって言ってるんです。だれか他の人を呼んでください。」
そもそもその服装はなんなの?その説明を真っ先にして欲しいところだわ。
「おいてめぇ、ちょっとツラ貸せや。表に出ろゴグファぁぁぁ!!」
「あんたはまた何バカやってるんですか?」
犬コスプレの変態銀髪アホ毛は、私に向かってきて胸ぐらを掴んでベッドから引きずり降ろそうとしたが、いつのまにかその後ろにいた金髪の女の人が頭に肘打ちを決めていた。おかげでアホ毛の方は頭を抑えてながら悶絶している。ざまみろ。
「ウチのバカが失礼したわね、伊藤ルンさん。」
「えっ私の名前…」
「あなたについて少々調べさせてもらったわ。伊藤ルン、私立竜星高校1年。身長は160センチ、体重は…」
「わわわ、なんてこというんですか!ていうかなんでそこまで知ってるんですか!?」
「そんなもん、私たちの諜報部に任せれば簡単よ。一般市民の個人データを得るなんて造作もないことだわ。」
「それって犯罪では…」
「そんな法律、今のこの国で通用するのかしらね…まぁいいわ。とりあえずお腹が空いてるでしょうから何か食べなさい。その後でたっぷりと話を聞かせてもらうから。」
「わ、分かりました。」
「それと、何があってもここから逃げ出そうなんてやわなことは考えないことね。」
「ここは…そういう施設なんですね。」
「まぁ、そうね。恐らくその考えであっているわ。だから絶対にダメよ?分かったわね?」
「はい…」
「ではまたあとで。」
「あの、この人は…」
「あぁ、こいつは放っておいていいわ。あなたも分かっているようにこいつはバカなの。気にしちゃダメよ。」
「はぁ」
「じゃあまたねー。」
「はい…また。」
はぁ…予想外の展開の連続で疲れた。それにしてもこの施設、一体どうなっているのだろう。私は果たして生きてここから出られるのか…
まぁでもそれはお腹を満たしてからでも遅くはないわね。
「あ、言い忘れてたけど。あなたの体重、60超えてるのね」
あのやろう、ほんとなんてこと言いやがる。おかげで飯が食い辛くなったじゃないか。
こんな稚拙な文章を読んでいただき感謝でございます。もし文章の矛盾や誤字脱字に気がつきましたらコメント等で教えてもらえると助かります。