ep.18 絶望の中で
早苗は意外と美味しいもの好きだったりする。
「な、なんてことしやがるんだあいつは…」
「こんなの非現実的です。危険すぎます!」
「おい、こいつわたしより飛ぶのうまいじゃないか。」
「ええ、それには激しく同意します。この子、本当に何者なの?」
「うーん、この女の子…なんかよくわかんない」
多種多様な評価をする五人の少女達。ファーム総合指令室にいる全員は一眼に中央に置かれたモニターに映る二人の竜少女に釘付けになっていた。具体的には一人で早苗を抱えながら樹海の中を飛び回るルンのことである。
ルンが考えた案はひとまず追いかけてくる竜達の追跡から逃れるため、身を隠しやすい森の中で潜伏しようとするものだ。
無論それだけでは包囲網を形成され、いずれ発見されてしまうのでそれまでに何かしらの方法で追っ手を撃退するのだが、ハッキリと言ってこれといった具体性のかけらもない。
それもそのはず、ルンはそもそも竜少女になって数時間程度しか経っていないのだ。そしてその力の使い方を全く教わってもいない、ならばただひたすら逃げるしかないのである。それでもルンはなんとか竜達を倒す方法を模索していたが。
だが、予想以上に竜は速かった。かなり離れていたはずのルンの元へものの数分で追いつき、ルンが樹海へ入ろうとした頃には既に目前にまで接近されてしまっていた。慌ててルンは高度を目一杯下げ、地面スレスレを飛ぶことにしたのだが、下は一面に広がる樹海。迷路のように入り組んで生える木々がルンの前に立ちはだかった。
スピードを緩めれば背後の竜達に空の藻屑にされ、気を抜けば木にぶつかりスクラップになってしまうという絶望的な状況にルンは耐えていた。集中力を極限にまで研ぎ澄まし、はち切れそうな胸の鼓動を抑え、挫折しそうになる心を噛み締めて耐える。
一人の少女にはあまりに重すぎる試練であった。
「おい、デルタ9達はどこにいる?まだ間に合わないのか!いくらなんでも彼女はもう持たないぞ。」
「向かってます!ですが、あまりに彼女が速いせいで追いつくのに時間がかかってるみたいです。」
「くそっ、頼む…耐えてくれよ。」
いつもは冷静でクールな要が、焦りで額に汗を流している。ファームのトップとはいえ、彼女もまだ年齢的には高校生である上に要には思い出したくもない暗い過去があった。しかし、そんなことを今思い悩んでいても仕方なく、要はすぐさま次のプランを考える。
「マワリ、今砲撃中の砲台を一部支援に回せないか?」
「可能ではあるのですが、やはり彼女が早すぎて正確に当てることはほぼ不可能です。」
「そうか…なら近くの支部にある指向性拡声器を使って彼女を誘導できないか?」
「それなら…可能です。支部とのコンタクトを確認。拡声器使用可能、今すぐにでも使えます!」
「よし、音量MAXで彼女にデルタ9の方へ誘導してくれ。」
「わかりました。はじめます!」
〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜・〜
だんだんと意識が朦朧としてくる…
心臓はこの上ないほどに鼓動を続け、息が苦しい…めまいがする、気持ち悪い、頭が痛い、体が…全身が痛い。
私はここで死ぬのだろうか…
いや、それはダメだ。私が死んだら早苗を誰が守るんだ…私しかいないじゃないか。
右、左、左、下、上、真ん中、下、ああ…何度繰り返したんだろう。
目の前に迫る太い木の幹を瞬時に判断して避ける。
目の前に迫る大きな岩を瞬時に判断してかわす。
目の前に迫る天然のトンネルを瞬時に判断して中をくぐる。
後ろから迫るあいつらの炎を瞬時に判断して回避する。
後ろから迫るあいつらの牙を瞬時に判断して蹴り飛ばす。
ああ…いつまで続くのだろうか、この苦痛は。
なんだか高校に入学してすぐに行ったマラソン大会と同じ気分だ。
終わりが長い苦しみは辛いのだが、終わりが見えない苦しみというのは最早地獄だ。今自分がどこにいて、あとどれだけ進めばいいのか、それがわからないだけでも人はいとも容易く折れてしまう。
もちろんどんなことにもゴールはあって、終わりのないものなどないのだが、人はゴールというものが見えていないと絶望してしまいがちである。逆にいえばゴールさえ見えていれば人はそこまで努力し続けることができるのだ。
では、今の私のゴールはどこだろうか?
このまま逃げ切る?あいつらとの差は一向に離れないのだからこれはない。
あいつらを倒す?逃げるので精一杯なのに何を言ってるんだ。
ここで死ぬ?人生のゴールはこんな樹海で迎えたくはない、よって却下。
ふぅ、どうやら私のゴールはないようだ。まさに絶望。
絶望した人はその後どうなると思う?
死ぬまで…いや、死んでも苦しみ続けるんだ。絶望は無限である。
だが、それでもわたしは…
『…こえますか?こちらDG本部指令室。樹海を飛行中の赤髪の竜少女へ、繰り返します。こちらDG本部指令室。樹海を飛行中の赤髪の竜少女へ、ただいまそちらに応援部隊が接近中。至急そちらの方へ向かってください!進路はこちら側から指示します。了解したのならなにか合図をください。繰り返します…』
それは、どこからともなく聞こえてきた誰のかもわからないノイズだらけの音声だったが、わたしには天使のささやきに聞こえた。
とりあえずわたしはその指示通り合図として目元にピースサインを作ってウインクをしておいた。
後に指令室内にいた誰もがわたしを不審な目で見たのは言うまでもない。
次回も明日の朝ごろに更新予定です。