ep.10 はじまり
あけおめです。食べ過ぎて腹痛い。
「………D1、おう……しろ!きこえ………か?おうと…してくれ!おい!クソっ、あちら側と連絡がつかねぇ、くたばりやがった。」
男の人の声がする。
とても焦っているようで、言葉は暴力的で騒がしい。
私はその乱暴な目覚まし時計に叩き起こされるそうに目を覚ます。まだ寝起きだからか、視界がぼやける。
「どう、なっているの?」
現状が分からない。あの光はなんだったのだろうか、そしてなぜあの男たちはバタバタと忙しそうにしているのか。
「とりあえず本部に戻るぞ、そいつらもだ。抵抗するようなら気絶させても構わん。急げ!」
「りょ、了解!!おいお前、来い!」
「い、いや…やめて、やめてください!ルナちゃんがまだ…」
……早苗ちゃん?
その弱々しく、悲痛な声に反応して体を即座に起こす。だが、自分の体は思うように動いてくれない。まるで安っぽいおもちゃのロボットのようにぎこちない動きでなんとか体勢を立て直して声の元へと赴く。
目もようやく慣れてきて、辺り一面の光景が一気に私の脳内に入り込んできた。
まるで太陽が落ちてきたかのように明るい外の景色。窓から見える街並は炎に包まれ、もくもくとどす黒い煙を上げて空を覆っていた。そのせいか、外は明るいのに空は暗いという幻想的な光景を生み出している。だが、そんなことは私の目には入ってこなかった。
早苗ちゃんが、私の親友が黒服に片腕を掴まれ床に拘束されている。それでも必死に抵抗する彼女だったが、抑えつける男は離すつもりはない。
私は全力で黒服に向かって飛び蹴りを食らわしたかった。やつを気がすむまで殴ってやりたかった。早苗ちゃんを助けたかった。だけどそれは叶わない。私の意識は未だおぼつかない。走り出せない。立つことができない。
そのまま再び地面に体を預けることになった。特に手をつくこともなく、頭からゴツンとぶつけてしまい鈍痛が走る。そんな私を見て早苗ちゃんがまたしても叫び出す。自分が危険な状態だというのに私の心配をしてくれるなんて…あぁ何故私はこんなにも弱いんだろう…友を、たったひとりの親友を助けることもできないなんて…
「ルンちゃぁぁん!!離して!ルンちゃんがぁぁ!!」
「くそ、仕方ねぇしばらく寝てもらうぞ!」
早苗ちゃんを抑えていた黒服の男が胸元からスマートフォンくらいの大きさの機械を取り出し、親指でスイッチを軽く一度入れる。
するとその機械の先からバチバチという激しい音と小さな青色の閃光が走った。そして男は倒れている早苗ちゃんの体に触れないように少し離れ、右手に持ったそれを彼女に向けて振り下ろす。
そう、男が取り出したのはスタンガンだ。か弱い女の子を行動不能にさせるには十分なほどのそれは、迷うことなく早苗ちゃんの太ももあたりに接触した。
早苗ちゃんは悲鳴をあげる間も無く、全身を痙攣させたのちピクピクと死にかけの虫のように動かなくなってしまった。意識はあるようだったが、声も出せず目も閉じれず口も開いたままでとても見ていられる光景ではなかった。
「早苗ちゃん!!!」
ジンジンと痛む頭を抑えながら私は早苗ちゃんのもとへ床を這いながら近く。もう私にはどうすることもできない、彼女を助けることも、この黒服に一撃食らわすことも…だけど、せめて彼女の元へ行きたい。離れているのはとても不安だ。ずっと一緒でいたい…
あと少し、あと少しで届く。しかし、それすらも許されることはないようで…
「メンドクセェ、こいつも黙らせてさっさと逃げるか…」
私と早苗ちゃんとの間に立ちふさがる黒い男、そして先ほど彼女にやったように右手に持ったスタンガンを私に向けて振り下げる。
「いやぁぁぁぁぁぁ!!!!」
私が叫ぶと同時に窓側から先程と同じような…いや、さっきの10倍は明るい白色の閃光が部屋を純白に染め、その後に遅れるように鼓膜を破らんとする轟音が響き渡り、私は気づくと自由落下をしていた。
フリーホールの落ちる瞬間のような臓器が浮遊する感覚の後、右足と左手そしてお腹あたりにジーンと来るような激しい痛みに襲われ、落ちているのだから叫ぶこともできずにただ悶絶するだけ。まるでスローモーションのように時間がゆっくりと流れ、あたりの様子を見渡せる程の余裕がある。
私は落ちていた。正確には床が落ちた。よって床の上にいた私は支えが無くなって重量に従って下に、地面に向かって落下する。
あぁ、この前私は死ぬのか、それにしてはやたらと落ち着いているな…。人間死ぬときは大抵こういうものなのだろうか、走馬灯のような物は見えないけど、不思議と恐怖も不安も微塵も感じない。いわば今の私はまさに「無」だ。何が起きても何も感じず、それに何も示すこともない。ただ、そのまま受け流す。自然と同化し、自然そのものになる。そう、私は自然体だ。すごいなー私。
………なんで今こんなこと考えてんだろう…
ーードン!!
背中全体に激しい衝撃を受け、痛みを感じる前に私は意識を手放した。