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第七話『イサオミさんちの闘神』

 昼のさなかの家は日も差し込み、明るさを保っている。だが、家の中の雰囲気はまさしく地獄のずんどことも言うべき暗さを溢れさせていた。

 普段ならイサオミの家を預かる美女もとい美青年は高い生活環境のレベルを維持すべく掃除選択に勤しみ、穏やかだがせわしなく動き回る姿が目につくはずである。

 だが。


「……出仕……、出仕……、ばれる……、破滅……後ろ指人生……」


 意味不明の毒電波を受信したかのように家を預かるユラの口からはぶつぶつと呪詛に似た呟きが漏れる。其の目は何処までも深い深遠の闇に囚われたかのようであり、果てしなき猜疑の円環に取り込まれたかのようであった。

 だが、その双眸の奥に潜むかすかな輝きは、消えていない。むしろ爛々と燃え盛る炎へと成長していくかのようであった。


 ユラは立ち上がる。

 今までなら二十歳までの我慢と自分を励ます事ができた。あとたった二年間我慢すれば母親の遺言を実行でき、そしてようやく男として生活する事ができるのであった。

 だが、兄が告げたその報。今まで上手くいった環境とは全く違う。始終誰かの目を気にしながら生活していかなければならない。まったく異質な生活でどうやって性別を隠していかなければならないのか。

 破滅だ。終わりだ、ユラ=イサオミは以後男なのに女の格好が似合う変態さんとして近所の奥さんおばさんの井戸端会議のネタとして語り継がれるのであろう。


「……嫌だ、嫌だ!!」


 当然である。


「女の格好が似合う男性ってのはある意味褒め言葉に取れない事もないけど、ジオさんと同じ変態呼ばわりされるのだけは嫌だぁー!!」


 そっちか。

 ジオ本人が聞いたらいじけそうな台詞を吐き、ユラは泣き笑いの表情を浮かべた。

 もう、駄目だ終わりだと考えていた。だが……その嘆きは徐々にベクトルを変えていく。

 そうだ、どうして自分はこんな目にあわなければならないのか。犯罪にかかわる事も無く、むしろ善良で誇れる人間になろうと人一倍努力してきたはずなのに、どうして人の目を恐れて生活していかなければならないのか。そう考えると世の全てが憎く思え、世の尽くが自分に酷い意地悪をしているように思える。

 嘆きは徐々に怒りに。絶望は憤怒にその質を変えていく。

 ユラは、立ち上がった。

 口元から瘴気をごふーごふーと吐き出し、背筋から暗黒闘気を猛らせ、目を狂気に似た危く恐ろしい赤黒い光を輝かせる。子供は怯え、赤子は泣き出し、大の大人ですらその邪悪な闘気に後ずさるであろう。


「……あはははははははははは!! ここで暴れに暴れてすかっと一発ストレス発散すっか!!」


 高笑いを始める。

 その狂気を孕んだ哄笑、背筋から立ち上る邪気、絶望的な威圧感、やけのやんぱち。

 主人公と言うよりはむしろ最終ボスという呼び名が似つかわしかった。




「かえったぞー」


 多少気疲れしながらガラ=イサオミは自宅の扉を開けた。

 後ろには当然の如くご隠居と変態が列をなして一緒に家の玄関をくぐっている。


「おかえりー」


 そして、三人は最終ボスとエンカウントした。

 


 ユラの様子がただ事でないと気付いたのは全員だった。普通こういう変化と言うのはいつも一緒に生活してきた兄のガラが一番真っ先に気付くものなのだが、そのわかりやすい変貌振りに一同顎が外れる思いである。場の空気が違う、コレがRPGだとしたら通常のエンカウントでいきなり最終決戦に移行したようなもんだった。

 ユラの変化、いやそりゃもう一目見れば判る。口から邪気を吐き、背筋から黒い闘気を発散すればいかな節穴だらけの目にも分かるあまりにもあからさまな変身っぷりであった。

 その手には刃が握られている。ガラがユラに誕生日プレゼントとして渡したかなり切れ味のいい包丁だ。見た目美女が包丁を持って立つその姿は、夫婦喧嘩の行き着くところだと言えなくも無い。

 だが、次の瞬間ユラが見せた動きは明らかに家庭の痴話喧嘩からかけ離れた命のやり取りだった。

 ユラが腰に下げている真っ白いフリルのついたエプロンがはためく。ちなみにこのエプロン、ユラがあんまりにも可愛すぎると以前不満を漏らしたので、ジオが筆を使って達筆で『漢』と書いている。

 墨痕も鮮やかな可愛い『漢』エプロンがはためき、口元から邪気を吐き出しながら獲物を狙う毒蛇の凶速でユラが迫った。


「は?」


 弟がショックを受けているだろうとは思っていたが、まさか刃傷沙汰を起こすまで追い詰められていたのかと思ったガラ。そのガラとユラの間にご隠居が割り込む。

 生半な相手ならば、狂乱しながらも体が習い覚える凶撃を繰り出すユラを止めることは出来なかっただろう。だが、ご隠居は大陸最強の戦士、その毒蛇の一撃を紙一重で捌ききり、超短距離からの肘撃に切り替える。

 直撃すれば胃肺を強打し、相手の戦闘力を根こそぎ奪うであろう一撃は、しかし、ユラの絶妙な体捌きによって不発に終わる。


「ほぅ?!」

「うふふふふふふふふ」


 ご隠居の必殺と思った一撃をかわされた驚きと、弟子の技量を素直に喜ぶその両方が入り混じった声があがる。それに対してかわいらしい微笑を浮かべ、笑い声を上げるユラ。手に刃が無くて背筋から邪気を放っていなければ微笑ましい光景かもしれないが、生憎とそうではない。

 四肢を半身に構え、ユラは新品の包丁での手数を重視した連撃に切り替える。刃ならば攻撃力は十分、鎧を纏わぬ敵ならば切り裂ける。狙いを四肢の末端、相手の手に定めて彼は間隙無い刃撃を繰り出す。


「いやいや、いつのまにやら随分と鍛錬しておったものじゃて」


 刃の連撃をユラの上腕筋の駆動で先読みし、速度を重視した刃を尽く捌いていく。速くは無い、ご隠居の動きは速くは無いが、豊富な戦歴が生み出す絶対的な『上手さ』でぷっつんユラの攻撃を受け流し、その一撃を手首を掴んで止める。ご隠居の眼前で筋力が拮抗し、一瞬静止する刃。瞬間、ユラの体が独楽のように一回転した。


「だが、とりあえず大人しくなれい!!」


 手首を取っての人体の構造を利用した投げ技、地面に叩きつけて抵抗力をそごうとするご隠居の一撃に、ユラは笑った。

 地面に叩きつけられながらも全身を使って両手足、全身を駆使して衝撃を相殺し、受け身。次いで伸びた美脚でご隠居の頭部を狙って蹴りを放つ。以前、『僕、男なのになんでこんなことしなきゃならないんだ……』と愚痴をこぼしながら行った無駄毛処理済の美足が吠えてご隠居の頭に伸びた。


「……ぬ?!」


 間一髪、その一撃を手のひらで防御し、ご隠居は今まで見せなかった狼狽の表情を浮かべる。その隙に腕の拘束を外して一挙動で立ち上がるユラ。

 その彼に相対しながらご隠居は信じられぬものを見る目で呟いた。


「何と言うことだ……」


 驚愕に呻くご隠居にガラは戦慄する。常に冷静沈着であり、非常に優れた武人であるご隠居がこのような表情をするなど通常では考えられない。思わず叫ぶ。


「ご隠居、一体……?!」


 ご隠居は視線をユラに向けたまま言う。


「……今の彼、躊躇無く蹴りを放った。……スカートで。

 気をつけよ!! 今の彼はパンチラを気におらん!! 明らかに正気ではない!!」


 真剣な表情でそんな事を言い出すご隠居にまだまだ余裕あるなぁとガラは呟いた。

 ガラはどうしようかとジオに相談しようとして振り向き、かなり嫌な顔をする。

 ご隠居の言葉の何が衝撃だったのか、ジオは鼻血を押さえながら頬を初心な少女のように赤らめてユラを注視している。その表情はまるで愛を語る事になれた彼らしくない恋する少年の表情であった。

 さすが変態。ガラは呟いた後、とりあえずジオをぶん殴った。


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