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第二十話『本来の姿形』

 しばらくして。一通り絶技の応酬が終わり、暴力の旋風が止む。以前はレニの色仕掛けを食らって大敗したユラだが心を落ち着ければ負ける道理はなかった。

 肉欲に狂う変態美少女とのリターンマッチを見事勝利で飾ったユラ=イサオミは、やはりあっさり復活したジオにレニの処分を任せ、今では乱れた自分の着衣を直している。

 詰め物の胸を取り外し、暴れる際に少しほころんだ衣服を見てさてどうしようかと首を捻る。


「一度すっぽんぽんになって服を繕おうかしら」


 そう呟いたユラの言葉に、レニが物凄く反応している。今現在梱包されている真っ最中であるにも関わらずその暴れっぷりは跳ね暴れる海老を連想させた。


「ユラ君。こいつが暴れるからそういった過激な発言は控えてくれたまえ」


 そういうジオも鼻から血を流している。想像したのだろう。どーも色事方面になると暴走するのはジンツァーさんちの宿命なのかしら、と首をかしげながらユラはとりあえず繕いを始めるために上着を脱いだユラは、フェルシアの視線に気付いた。

 まるで子供が手の届かない玩具にあこがれるかのような羨望の眼差しをユラが脱いだ上着に向けている。そうだった、彼女も自分と同じなのだった。自分が男性的なさっぱりとした衣服にあこがれるように彼女も女性的なひらひらした服にあこがれている事を思い出す。

 そこまで考えてユラは大事な事を思い出した。

 それなら、それならば。お互いの秘密を知り合う二人ならば別に服を取り替えてもなんら支障は無いではないか。


「ねぇ、親友」

「な、なんだい、親友」


 御免なさい、母上。でもこれは友人の望みをかなえるためなのです、そのついでに僕の望みもお目こぼしください。母の遺言を破ることに一抹の罪悪感を感じながらもユラはその魅力溢れる提案を取り下げる事はできなかった。


「君の服と、僕の服、取替えっこしない?」


 フェルシアの瞳が綺羅星のように輝く。

 新しい世界はすぐそこまで来ていた。




 ガラ=イサオミは新婚生活一ヶ月目の幸せ一杯の青年だった。

 時折妻が思い出したように血を吐くこと意外はまったく幸せそのものを絵に描いたようなカップル二人は、もう二人で一緒にいるだけで幸せな気持ちになれるのだった。

 この日はガラが珍しく休みを取り、朝の食卓もずいぶんとゆっくり摂っている。お互いの顔を見つめあうたびに箸がとまるご馳走様カップルは、見ただけでお腹がいっぱいになる幸せオーラを発していた。


『ただいまー』


 こんこん、とノックの音が聞こえてきた。

 弟のユラの声にガラはおや、と首を傾げて立ち上がる。

 この所二人に気を使うユラはよほどの事が無い限り実家に帰ってこようとしなかったのだが。拗ねたような表情を見せるレティシアに軽い口付けを交わし、ガラは玄関を明けた。




 見知らぬ男女二人がそこに立っていた。

 

 一人は黒く長い髪を後ろで束ねた青年。服の上からでもかすかに覗くその二の腕は、彼が剣を生業にしていることがはっきりとわかる。纏っている衣服が上流貴族の子弟が着る高級なものだったのでますますガラは思い当たる節が無い。


 もう一人は赤毛の美女。隣の青年とほぼ同程度の身長の彼女は、女官服に身を包み嬉しそうに微笑んでいた。唇に引かれた紅が、ひどく艶っぽく見える。

 先ほど聞こえたのは弟のユラの声であることは間違いない。ずっと一緒に暮らしてきた大事な実の弟を聞き間違えるなどガラには有り得なかった。だが、目の前に立つ男女はガラの記憶のどこにも残っていないまったくの見ず知らずの人間だったのである。首をかしげた。


「……申し訳ないですが、弟の知り合いですか?」


 その言葉がよほど意外だったのか、黒髪の青年は少しきょとんとした後、吹き出した。なにがおかしかったのか、声を抑えて笑い声を潜める努力をしながら何とか喋ろうとする。


「……あ、あはは……、わからないんだ……う、うふふ、ぶふっ……!!」


 笑いの衝動を堪えるのに必死で、その青年はお腹を抱えてひどく愉快げに笑い声を漏らす。

 隣の女性もくく、と笑いを押し殺すので精一杯らしく、黒髪の青年を確かめる余裕は無いらしい。

 さすがに面白くないガラは、顔を不愉快そうに顰めて言い放った。


「あなたが何者かは存じないが、いきなり人の家に押しかけて笑い声を上げるのは無礼だろう」


 言葉に断縁を潜ませるガラの台詞にあわてたらしい黒髪の青年は、すぐさま直立して頭を下げた。

 ついで、彼は自分の長い黒髪を縛る髪留めをはずして、ガラに向き直って言う。


「ごめんごめん、ちょっとつぼに嵌っちゃったよ、兄さん」


 自分を兄と呼ぶのは弟のユラだけ、冷静に相手の間違いを指摘しようとしたガラは、黒髪を肩に流すその青年の姿を見て一瞬言葉を失った。

 夢想したことはある。

 自分の弟が二十を過ぎて母の遺言を果たし、男性に戻った時、どれほど立派な若武者になっているだろうと考えたことがある。

 ……まったく、自分が考えていたよりも遥かに。凛々しい青年の姿だった。


「ユラ、か……?」

「ただいま、兄さん。驚かせてごめん」


 晴れ晴れしく自然に笑うユラの姿にガラは思わず言葉を失った。

 ぽろりと、一筋ガラの頬に涙が流れる。驚きに目をむくユラ。流れる涙を自覚しないまま、ガラはユラの顔を両手で押さえてまじまじと見るように顔を近づけた。


「に、兄さん? な、なんで泣いてるのさ?」

「あ? ……そうか、俺は泣いてるのか」


 自分が落涙していることを些事とする口調でガラはユラをじっと見た。

 二十になるまで育てていこうとした弟の、その男性としての姿は驚くほど立派でガラは胸を詰まらせる。思わず掻き抱き胸元に引き寄せた。


「そうか、いつもお前が女の姿をしたところしか見ていなかったからな、まるで気づけ……」


 そこまで行ってガラはそばにいる赤毛の女性、フェルシアの存在を思い出す。彼女がユラと同じ秘密を持つとは知らないガラは自分が口走った囁きにまずい、と漏らす。


「聞いたか?!」

「え? な、何をですか?」


 ガラの真剣な表情に、不思議そうな呟きを漏らすフェルシア。ガラにとって今は火急の時、弟の人生を破壊しかねない秘事を自らの失敗で明かしたとあっては死んでも死にきれないと言うやつだ。確認しなければ。

 ガラの不安を一瞬で理解したユラは兄をとめようと耳元で叫ぶ。


「兄さん、違う!! フェルシアは全部知ってるから大丈夫なんだ!!」


 その言葉でフェルシアを逃すまいとしたガラは動きを止めた。思わず詰め寄ろうとしていたがユラのその言葉でとりあえず動きを止める。


「全部知っているとは、……どういう」


 ガラが首を傾げて、目の前の女性を見ながら呟く。

 ユラの言葉が正しいとすれば既に秘密を知っているはずだ。自宅から離れているうちに重要な秘密を知らせることの出来る知己を得たのか? 疑問を浮かべるガラの後ろから扉を開ける音がする。


「ガラ君、どうしたの?」


 なかなか戻ってこないガラを不審に思ったのか、社交界の麗人をやめて妻になったレティシアは玄関を開けてあたりを一瞥し、そこでフェルシアに視線を止めた。一瞬見て、何かを不審に感じたのだろう。どこか心に引っかかりを感じた彼女はフェルシアを『んー?』と注視し、その引っ掛かりを理解したのか、あ、と声を上げた。表情を驚きに染めて口元を抑える。

 その驚きはフェルシアも同様だったらしい。

 社交界で名を知られる淑女が、親友の実家に居座っていたのだから。


「ば、バルアミー男爵殿?! で、でもその格好は……」

「レティシア様?! ど、どうしてユラの実家にいらっしゃって……」


 あまりに思わぬ場所で知り合いに出会った二人は、驚きで硬直している。

 両者につながりをもたらしたイサオミの兄弟は、とりあえずお互い不可解そうに視線を交わした。




「ご結婚なさっていたとは、驚きました」

「まだ、婚約だけですよ。式は挙げていません。……でも驚いたのはわたくしも。……バルアミー男爵殿が、まさか女性でしただなんて……」


 イサオミの家の中、食堂の中で四人の男女が席を並べていた。

 ガラとユラを除く二人の表情には驚きの色が濃い。だが、冷静になって考えてみればそう不思議な話でもなかった。スノーローズとバルアミーの家は両方とも先代皇帝、つまりご隠居の代に頭角を現した一族であり、ともに国内でも有数の力のある一族だ。

 華やかな晩餐会などで顔を合わせたことも一度ならずあったのである。


「いや、しかしよくバルアミー殿が女性と分かったな、ユラ」


 ガラは話に聞いた今までの事情を反芻しながら苦笑した。フェルシアは今まで男性であると周りに信じ込ませてきた年季の入った男装の女性だ。あらかじめ『女性である』と言われていなければ想像だにしなかっただろう。ガラの言葉にフェルシアは頷く。


「私もユラも、共に性別を偽っているのは同様でしたから」

「なんというか、うん、ビビっと来たと言うかね。今から考えると直感だなぁ」


 ユラとフェルシア、二人して顔を見合わせ笑った。本人たちも、今から考えてみればよく気づけたと感心していたのである。それもこれも、共に本来の性別を封じられ続けていたもの同士の超常的な直感か。

 だが、そう気にしたことでもあるまい。その直感がなければ自分と同じ境遇の親友を得ることが出来なかったのだから感謝こそすれ、恨む筋合いはない。



「しかし、参りましたね」

「ええ。……どうやって断ろうか私も考えていたの」


 フェルシアとレティシアは共に溜息を吐いた。

 その様子にユラとガラはおや? と首を傾げる。どうでもいいが、この兄弟首をかしげるしぐさも似通っていた。鏡で移したような動作の酷似である。


「親友、それに義姉さん、どうしたの?」


 フェルシアとレティシアの悩んだ様子にユラが疑問を投げかける。二人は悩み深そうに視線を交わすと、互いに頷きあった。


「実はね。……親友、僕とレティシア様とは婚約話が持ち上がっているんだ」

「ふぇ?!」


 驚きで目を剥くユラ。


「と言う事は俺と君は恋敵になるのか? ……確かに家柄を考えればそういった事態も想定できないわけではないよな」


 言葉の前半は冗談めかして、後半は真剣な語調で呟くガラ。そんな彼の頬を、レティシアは『私の気持ちを疑う? 憎らしい人』と言って拗ねたような表情でつねっている。そんな様子をご馳走さまな気分で見ていたユラは口を開いた。


「でも、義姉さんと兄さんはくっついているでしょう? それにフェルは女性だし、そもそも結婚できるわけないし」


 と、そこで最悪の可能性に思い至るユラ。


「ま、まさか義姉さんは実は男性で……、兄さんは男性と知って結婚したそっち系のカップル……!!」


 戦慄で恐れおののくユラ。かたかたと指先が震える。

 そんなユラの背後に立ったガラは、弟のこめかみに両方の拳を当ててぐりぐりと押し当て、にこやかに微笑むレティシアのハイヒールがユラの足元に突き刺さりぐりぐり激痛を与える。


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!! 今のギャグ冗談洒落です!! 夫婦攻撃めおとこうげきはやめて本当に痛いから!!」


 いたいいたいいたいと半泣きで連呼するユラに『今のは君が全面的に悪いよ親友』とフェルシアは苦笑し、ずずと紅茶をすすった。



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