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第十七話『セクハラ大団円』

 ガラ=イサオミは、気がつけば自分がなぜか紳士服を着せられて猿轡をかまされ両手足を縛られている事に気付いた。


「…………も、もがががが」


 辺りを見回せばそこには今回の元凶。憎からず想っている女性がなぜだか知らんがウェディングドレスを着ていた。こちらを見てニッコリと幸せそうな笑みを見せてくれる。少し見惚れかけたが今は明らかに非常時。

 とりあえずどうしようと思案してみる。微細な振動からして恐らく馬車の中なのだろう。


「…………どうしたの、ガラ君。押し黙って」

「もがが……」


 押し黙らせているのは君だろうが、と言いたかったが、話せないのでは反論もままならない。と、そこでまさか、と不安げに思うガラ。自分達が着ている衣装は新婚さんの奴ではないのだろうか。冷や汗が一筋流れる。とにかく喋らせてくれと言わんばかりに自分の口元を隠す猿轡を自由にならない体で強調する。その意を汲んだのか、彼女は近づいて猿轡を外した。ガラは自分では怖い目と信じている瞳で彼女に怒気の入り混じった視線を向けた。


「……レティ、君は何を考えているんだ」

「社交界に出て習った事があるの。強引に行かなければ一歩も事態が望んだ方向に進まないと」

「俺の意思をまるきり無視してか?」

「……ガラ君は、……私のことが嫌い?」


 悲しそうな目でガラのことを見るレティシア。罪悪感にさいなまれ、ガラは視線を逸らした。

 かつては彼女に恋をしたことがあった。だが、自分の途方も無い失敗のせいで彼女の命を奪いかけた。自分が彼女に近づけば、彼女は命の危機にさらされてしまう。そう考えたからこそ、身を引いたのに。だが、心のどこかでこのままでもいいやと囁く悪魔が居た。

 ぶるぶると頭を振って悪魔を追い出し、とにかくどうにかしなければ、と考える。

 


 ユラやご隠居、ジオ達はきっと自分が何処にいるかを突き止めているはずだ。

 なら間違いなく会場に紛れ込んでいるはず。彼らの手を借り突破する。それしかない、そう考えたガラはとりあえずレティシアの言葉に上の空で返事しながら馬車を降りた。降りたというか、降ろされたというべきか。

 周りを護衛の兵士に囲まれたガラはとりあえず両手足を戒めるものを解いてもらい、レティシアが幸せそうに腕を絡ませるに任せて指示された場所に進み出でて、『披露宴会場』と書かれたホールに出た。


 拍手、満開の拍手。誰もが二人の門出を祝ってくれている。

 その全員を裏切るのは少し心苦しいが仕方ない。自分は彼女の隣に居るべきではないのだから。辺りを見回せば、ほとんど人がいなかった。スノーローズの家の規模を考えればささやかな宴であった。

 とにかく、ユラをはじめとするあいつらは何処に居るのだろう、そう考えながら辺りを見回した。

 



 いた。




 最前列で、ものすっごい良い笑顔で、ばりばりに新調した新品の礼服でむちゃくちゃ祝ってくれていた。


「……ちょっと待てー!!」


 怪訝そうな顔をするレティシアを尻目に、ガラは叫んだ。叫ばずには居られなかった。

 誘拐された自分、みんなには心配をかけてしまっていた。きっと自分を探し出すために四方八方に手を尽くしてくれていたはずだ。


 そう、誘拐されていた自分の身を案じてくれていたはずだ。と信じていたのに、なにやらみんな人生の中でベスト3に入るような一番良い笑顔で微笑んでくれている。自分は誘拐され、監禁されて自由を奪われていたにも関わらず、皆なんか少し涙ぐみながら二人の門出を応援してくれていた。


「兄さん、幸せになってね!!」

「ガラ、レティシア!! 私の友人二人のこんなめでたい日を見られて実に幸せだよ」

「ご両人のどちらとも接点のない自分すけども、おめでとうを言わせてくださいっす!!」

「いや目出度きかな、わしもこの二人の前なら自身の思いを抑える事ができそうじゃ……」


 ぱちぱちぱちと拍手の音が鳴り響く中、絶望を示す言葉がさり気無くご隠居の口元から漏れた。



 固まる一同。



 恐怖と絶望に満ちた表情でユラは震える足を自覚し、レニは悪夢におびえる幼子のようにユラの胸元に顔を埋め、ジオは戦慄の汗を漏らし。

 レティシアは、ご隠居の顔を見てあ、とうめき声を漏らした。彼女もこの国の先帝を知っていたのである。


「……ぐはぁ!!」


 ご隠居が血を吐いた。戦っている。あの時呼んでしまった文言の威力はまだご隠居の体を責め苛んでいたのだ。それでもなお平然さを振舞っていたのだろう。だが、あの文章の書き手ガラを見た途端、再び忌わしい愛の文言の力が発揮され、ご隠居の体を傷つけたのであった。なんか知らないがとにかくアブナイと本能で察した異常事態に逃げ始める客の人達。


「……ユラ、わ、わしが正気を保っている間に早くとどめを!!」

「し、師匠ぉぉぉーー!」


 忌わしき愛の鬼神となるならば自ら命を断つことを選ぶ気高き武人であるご隠居に、ユラは感動の涙を流した。

 だが、ガラは己の持つ能力を同時に思い出した。

 自分はレティシアの傍には居られない男。近くに居ては彼女を傷つけてしまう。しかし、ユラをはじめとする一同はどうやら自分とレティシアをくっつけちまえと考えているようだった。それなら独力で切り抜けるしかない。


「レティ、耳をふさいで目を閉じていてくれ」

「は、はい」


 接吻でもすると想ったのか、耳元まで真っ赤にした彼女は素直にガラの言葉に従い、唇を差し出す。そんな彼女を無視して前に立つ男たちに目を向けた。かなりヒドい奴である。

 彼女のためを想う行動、例え、実の弟といえども容赦はしない。ガラは大きく息を吸い込んだ。今手元に紙もペンも無い。だが、言葉だけでも十分威力はある。全員に対して悪夢の言葉を吐こうとするガラ。そんな彼の行動をジオはいち早く察した。


「いかん!!」


 数秒の推敲と共に、ガラは周辺の生物全てに害を及ぼす愛の囁きを吐き出した。


「拝啓、不詳ガラ=イサオミは、あなたの事を想うたび(ズキューンズキューンズキューンズキューン)であり、わが胸の中は(ズキューンズキューンズキューンズキューン)!!」


 絶対回避不可能の破滅の文言。というか手段選ばなくなってきたのである。必殺の確信を得て解き放つ愛の囁き。必ず殺す愛の囁きってなんじゃい。だが、ご隠居をかばうようにジオが立ちはだかる。

 この中では唯一、ジオ=ジンツァーはガラの致死の文言を受けて立つことのできる男であるが、それでもあの文章の猛毒の威力は凄まじく長い間は耐え切ることができないはずだ。事実、モロに攻撃を受けたジオの耳からは血が一筋流れていた。


「何をする気だジオ!!」


 ガラが不可解そうに叫ぶ。

 レティシアを傷つけてはならない。そのためここから脱出する。立ちはだかるジオには、親友の心情が理解できていた。しかし彼女の為を想ってやっているつもりでも、ここまで女性のほうから言っているのにそれを断ってはあまりにもレティシアが哀れである。

 この節度ある変態としては実に珍しいことにかなり本気で怒りながら叫んだ。


「ガラ、そんなに彼女の事が嫌いか!!」

「……嫌いなわけがなかろう、だが俺は彼女のそばにいてはいかんのだ!! 邪魔するならお前も倒す!! この私、ガラは(ズキューン! ズキューン! ズキューン! ズキューン!)」


 本文二割伏せ字八割の教育に非常に悪そうな悪魔の文言が波動となって空気を震わし、意味ある言葉として人間の脳髄を強打する。そのはずだった。だが、ガラのその半ば精神兵器じみてきた攻撃に対してジオは不敵に微笑んだ。


「親友、この俺は今まで多くの人と愛を語ってきた。そう、言わば別れのプロ、縁切りの達人!!」


 叫ぶジオ、やな達人もあったもんである。


「すなわち、お前が愛の語らいで人を倒せるように、この俺も別れの言葉で心に深い傷を残すことが出来る!! この俺、ジオ=ジンツァーは君との生活が(ズキューン! ズキューン! ズキューン !ズキューン!)しまったんだ、なぜって? それは君が(ズキューン! ズキューン! ズキューン !ズキューン!)」 


 人間は猛毒を受ければ、別の猛毒で持って中和するという。毒をもって毒を制す。この時ジオが行った行動はまさしくまさしくそれであった。人の心を甘く蕩けさせる愛のささやきに対して、人の心をひどく傷つける無常なる別れの宣告で以って相殺して見せたのである。

 その親友の言葉に、己の言葉を打ち消され、ガラは驚愕する。というか言葉が効かないなら普通に物理的暴力に訴えればいいようなもんであるが、本人は気づいていない。


「くっ! ……初めて会ったときから君の事を(ズキューン! ズキューン! ズキューン !ズキューン!)」

「やるな! ……最初会ったときは素晴らしいと思ったが今では(ズキューン! ズキューン!ズキューン !ズキューン!)」


 筆舌に尽くしがたい、というか伏せ字だらけで読んでいる分にはひたすらわけのわからない言語を尽くした壮絶な死闘にユラとレニはまるで哀れな小動物のように怯える事しか出来なかった。


「お、お姉さま!! あんちゃんあんなに酷い奴だったんすね!! 自分、あんちゃんがこわいっす!!

「安心しろ、僕も今兄さんが超怖い!!」


 お互いを庇い合うように抱きしめ合い、ぶるぶる震えるユラとレニ。その後ろではご隠居が自らの頭をその辺の壁にぶつけて強制的に意識を断絶している。




 しばらくの後に二人の戦いはようやく終わりを告げる。お互いに喉が枯れ果てて仕方なくなったのであった。


「……まさか、ジオ。お前もあんなことが出来るようになっていたとは想わなかったよ」

「……もう良いだろう、ガラ。彼女にとってはお前と一緒に居る事が一番の幸せなんだ」 


 気分的には夕焼け空をバックにするガラとジオ、二人の親友はお互い肩を組み合ってどっか明後日の方向を見て微笑むのであった。後ろの会場の惨状はこの際だから視界に入らないのである。


「……ガラ君」


 悲しそうな表情でガラを見やるレティシア。口元が赤い。血を吐いている。

 接吻でもしてくれるものと思っていたが、なかなか来ない。でも目を開けたら彼の顔がすぐそばにあるかもしれないし、と思いながら一人悶々としつつじっと待っていたのである。

 ちなみにバックではユラとレニがお互い抱き合う格好で相手の耳をふさぎ合いながら今からやる事に目を背けている。目を覚ましたご隠居も耳栓しながらあさっての方向を見ていた。

 ガラはレティシアに近づく。


「レティ、あー、と、だな。……えーとだな」


 溢れんばかりの文才を持つガラだったが、この時は言葉が浮かばなかった。

 伝えたい想いはただひとつだけだった。だがどうやればその言葉を美しく飾れる事が出来るのか悩みに悩み、結局、言葉を飾るのを止めた。少し、恥ずかしげに笑う。


「今度、指輪を買いに行く。受け取って欲しい」


 結局のところ、その一言で十分だった。


 

「おめでとう、ガラ、レティシア」


 ジオが心の底からの祝福を込めて言う。ありがとう、ジオ君、と微笑んでレティシアは応えた。


「おめでとうじゃ、お二人さん」


 いつの間にか復活したご隠居が額から血を流しながら拍手する。あ、ありがとうございます、せ、先帝陛下、と多少震える小さな声でレティシアは応えた。


「おめでとうっす、ガラさん、レティシアさん」


 ミレニアが微笑みながら祝福する。ありがとう、レニちゃんと微笑んでレティシアは応えた。


「兄さんの弁当作るの、今度からレティシアさんにお願いしますね」


 ユラが微笑みながら祝福する。ありがとうと微笑んで応えかけ、彼女は、なぬ、と呟く。レティシアは聞き捨てならぬ一言を聞いた。




 般若の微笑みで彼女はガラを見る。


「お弁当を作ってもらって? ……ガラ君、どういうことかしら?」


 ニコニコと微笑みながらレティシアはガラを見る。唇の端から滴る血がひたすらに怖かった。

 慌てて、誤解を解こうとするガラ。


「あ、いや、違う。こいつは俺の弟で」

「弟? ……嘘はつかなくていいのよ、ガラ君。そんな綺麗な男の人が居るわけ無いでしょう?」


 なにやら地揺れの音を聞いた気がするガラ。冷や汗を掻く。ちなみに後ろではユラがちょっと傷ついたような表情をしている。


「……私が3年間、ずっと君の事を想っていたのに、君は私のことはすっかり忘れて、新しい恋人を作っていたんだ? ふーん、へー」

「いやいやいやいやいやいや、違う、違いますレティシアさん!」


 叫ぶユラ。


「うむ、レティシア殿。彼は正真正銘の男性であり、ガラの弟のユラ=イサオミじゃ」

「……あなたまでそんな見え透いたうそをついて私を騙すんですね?」


 幸せなまま終わりそうだった今回の騒動に再び吹き荒れる嫉妬の炎。レティシアは淑女の微笑と共にガラの足をヒールで踏んでいる。シリアスに超痛い。


 ご隠居はすす、と何気ない動作でユラの後ろに回りこんだ。レティシアに言う。


「と、言う事は、レティシア殿。この子が男性であることを証明できれば良いんですな?」


 へ? と訊ねかけたユラの後頭部にご隠居は手刀を叩き込み、あっさりと気絶させる。崩れ落ちるユラを抱え上げるご隠居。


「では、レティシア殿。となりの部屋へこの子を連れて行きます。ご存分に女性であることを確認し、ガラを責めてやりなされ」

「え? でも」

「あなたが仰るとおり女性ならば何の問題もありますまい?」


 納得いかない様子のレティシアであったが、一緒にご隠居と別の一室の中に入った。

 一緒についていこうとしたジオを殴り飛ばすガラ。


「な、なぜ殴るガラ!! 俺はレティシア一人では確認するのは難儀だろうと……!!」

「弟に恋愛感情を抱くお前を通せるわけあるか!!」

「ち、ばれたか、さすがだな、ガラ!!」


 途端戦いが始まる。そしていつものように一方的にガラにボコられるジオ。

 しばらくして外に出てくるご隠居。

 少しの沈黙。ご隠居とレ二は礼儀正しく正座して時を待った。


『キャ、キャーーーーーーーーーーーーーー!!』

 

 その悲鳴に、

 ガラは、

 ジオは、

 ご隠居は、

 レニは、

 みんな仲良くユラの冥福を祈ってお祈りした。 




 ユラ=イサオミが目を覚ますと、なぜだか物凄く豪華な椅子に寝そべっている事に気付いた。

 目を開けて辺りを見ればなぜか凄い量の贅を尽くした料理がある。


「あ、お姉さま、お目覚めになったすか? 今日はいい気分なので膝枕してさしあげるっす!!」

「やあユラ君。さあ食べようさあ呑もう!!」

「ユラ。今日は豪華に行こうか!!」

「ユラ、そういえば剣が欲しいと言っておったのぉ、そうじゃ、今度竜殺し(ドラクンバスター)をやろう!!」


 あからさまに怪しい全員の行動にユラはへんな顔をした。あたりから大きな団扇で風を仰ぐ使用人扱いのご隠居とガラにさすがに、はぁ? と呻く。ご隠居にいたっては現皇帝ディアヌスの腰にある国宝をやろうと言い出す始末である。みんながみんな、なぜかユラの機嫌を取ろうと必死であることがひしひしと伝わってきた。


「今日の主役は兄さんとレティシアさんじゃないか、何やってるの? 兄さん」

「いいい、いやなに!! たまには体をうごかしたいなぁとオモッテナ、ハハハハハハハ!!」

「うむ、そうじゃそうじゃ!! ユラは気にせず飲み食いしてくれれば良いぞ? ヌハハハハハハハハハ!!」

「……どうしたのみんな?」


 幾らなんでも怪しすぎる全員の行動に首を傾げるユラ。とりあえず部屋に居るレティシアに声をかける。


「あ、レティシアさん。結局兄さんと僕の関係の疑いは晴れましたか?」


 レティシアは返事も出来ず、顔を茹蛸のように赤らめて気絶した。


「……あやしい」

「そそそ、そんなことないぞユラ君!! おお、俺たちは君に隠し事なんか知れないぞなぁ妹よ!!」

「そそそそうっす! みんな清廉潔白っす!! お姉様を騙してなんかいないっすよ!!」


 では、とユラは訊ねる。


「じゃあ、さ。さっきの誤解はどうやって解けたの? あと、なんか記憶が曖昧なんだけど……。教えてくれない?」


 凍りつく一同。


「な、なんでみんなして僕から目を逸らして涙を流しているんだ!! 怖いよ!!」


 返事はない。


「無言で僕に食事と酒を与えようとするなよ、なんでこんなにみんな僕に優しいんだぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 



 こうして。


 一連の騒動は。


 一組の男女に幸せをもたらし。


 一人の女装美青年に対して墓の中まで持っていく秘密を作ったのであった。

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