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第十四話『最低最悪の敵』

 一から懇切丁寧に事情を説明し終わるころには、もう夜の帳が降りていた。

 ユラはなにか非常に疲れた様に息を吐くと、兄とレニを殺気を孕んだ目で睨んだ。


「あー、すまんな、ユラ」

「……まあ、いいよ兄さん。事情を知らなかったんだから仕方ない」


 早とちりだったことを認め頭を下げるガラに、ユラは唇を尖らせて答える。


「うう、ごめんなさいっすお姉様、許して欲しいっす」

「許さん」


 ひどっ!! とショックを受けるレニを無視してユラは息を吐いた。目を潤ませぐしぐし言うレニに罪悪感ゼロの冷たい一瞥をくれるとユラはとにかく気を取り直そう、そう考え話題を変えようと、ガラの手元の手紙を見た。


「それにしても、兄さん。今度はずいぶんと量があるけど」


 兄が妙に恋文に関する文才があることは知っている。恋文の代筆を頼まれることがあるのも知っていたが、今度はずいぶんと分量がある。


「まあ、この頃仕事が忙しくてかなり依頼を溜め込んでいたからな。入院中も暇だし、こうしてジオに推敲の手伝いをしてもらっている」

「彼の文章は俺にとっても有益だしね」


 包帯で全身を包まれながらジオはガラの言葉を引き継ぐ。そんなユラは、手紙の中にひとつだけ毛色の違うものがあることに気づいた。

 見た目は日記なのだが、問題はその日記に錠をかけるための鍵穴がついていたのである。


「なにこれ」

「どうしたっす? お姉様」


 手紙ではなく日記かな? そう思ってノートを開くユラ。その後ろから覗き込むレニ。

 だが、その行動にガラとジオは表情を青ざめさせ、叫んだ。


「や、やめ……!」「そ、それは……!!」


 表情を恐怖に染め、叫ぶ二人。だが、その前に二人は文章を目に焼き付けてしまっていた。





『拝啓 

 わたくしガラ=イサオミはあなたの事を思うたび(ズキューン!! ズキューン!! ズキューン!! ズキューン!! ズキューン!! ズキューン!! ズキューン!! )(※効果音兼伏字)







 ユラは自分を呼ぶ声をどこか遠くで聞きながら、うっすらと目を覚ました。


「ユラ、ユラ! 無事か?!」


 心臓が高鳴り、動悸が激しく荒ぶっている。胸が甘く締め付けられ、心の中の一番甘い場所を打ち抜く愛の弾丸の銃声を幾度となく聞いた気がした。

 気がつけば、盛大に鼻血を流している。めまいがするのはあまりの出血量で満足に血が回らなくなっているからか。


「まったく、あの文章の持つ『毒』がこれほど強いとはな……」


 溜息を吐くガラ。そんなガラの動作を見るたび、胸の高鳴りが溢れる。馬鹿な、兄弟なのに、しかも男同士なのに。僕は本当に変態になったのか。


「き、禁断の兄弟愛、しかも同性」

「……あの文章の魔力だよ、ユラ君」


 ジオが沈痛な表情で言う。言っていることはマジっぽいが全身ミイラなのでいまいち真剣味に欠けるのは致し方なかった。

 そんな彼の腕の中ではレニががたがたと震えていた。


「じ、自分が筋肉以外のものによろめくなんて信じられないっす……」

「……いや、兄として言わせて貰えばいい加減筋肉以外のものによろめくようになって欲しいんだが」


 実に真っ当な事をいう普段は真っ当ではない変態ジオ=ジンツァー。ガラは溜息を吐いた。


「あれは、な。……一度、出来るだけ情熱的な文章を作ってみようとジオと協力して夜鍋して書き上げた試作品なんだ。全編にわたりあの調子の文章が続いている。まさに最強最悪のラブレターだ」

「……一度書いたものを第三者に見せてみたが、そのあまりの威力に鼻血の出血で生死の境目を彷徨った奴も居る。若気の至りとはいえ、俺たち二人は大変なものを作ってしまった。ユラ君、それにレニ、二人が一時の前後不覚で住んだのは、兄弟愛しかも男という事実、そしてレニは筋肉が大好きという嗜好がブレーキとして働いたんだろう」


 そのあまりの事実にユラとミレニアは呆然とした表情を浮かべる。

 人を殺すラブレターとはいったいなんじゃい。そんな二人は当然階段を上ってくる足音に注意を払えるほど精神の均衡を取り戻しておらず。ガラとジオの二人も扉を開けて入ってくる人物に気づけなかった。


「よお、ガラ。見舞いに来たぞ、……ん? なんじゃ、これは」


 扉を開けて入ってきたスーパーマッスル老人こと通称ご隠居は最悪のタイミングで足元に転がっていた殺人ラブレターを拾い上げた。

 全員が声を上げる暇もない。静止するには全員が間に合わなかった。目を通すご隠居。


 



「愛しておる」





 もっとも聞きたくない台詞がご隠居から漏れた。

 ぎゃああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!! 一同が恐怖し絶叫する。


「な、なんで気絶しないんだ、師匠!! あの本を読んで何で出血多量で死なない!!」


 ユラが叫んだ。というか死んで欲しかったのか。英雄王殺しのラブレターの書き手として歴史に残ってほしくない悪名を刻むかもしれないガラ=イサオミは戦慄と共に呟いた。


「さすがは、さすがは……」


 喪装皇。偉大なる英雄王。その体力、精神力は、人すら殺すその恋文の殺傷力すらねじ伏せた。ねじ伏せたがこの状態ではまったくありがたくない。というかむしろ最悪である。

 そんなユラを差し置いて、ご隠居を見たレニは目をきらきらさせながら叫ぶ。


「おおう、うおおおおおお!! う、美しいっす!! お願いっす!! け、結婚してくださいっす!!」

「いかん、ジオ、お前の妹、先ほどの文章の影響がまだ残っているぞ!!」

「……いや、あれは地だ。さすがご隠居。あの体でレニを虜にしたか」


 冷静に分析を続けるジオ。そんな彼らを差し置き、ご隠居はガラをロックオンした。漫画的表現になるが、目はハートマークである。キモい。

 背筋に寒気が走るガラ。


「お嬢さん、すまんのぉ。……わし、今は自分の恋で手一杯じゃ」


 のしり、とご隠居は音も立てず一歩を踏み出した。ひいいいぃぃ、とお互いの手と手を合わせて恐怖の叫び声を上げるガラとユラ。

 もはや貴方しか状態の見えない愛の虜となったご隠居。




 物語史上、最低最悪の展開が始まろうとしていた。

 てか、誰も見たくねー。




 女装主人公&筋肉大好き変態美少女VS英雄王の戦いが始まろうとしていた。

 名前のかっこ良さであんまりといえばあんまりな大敗を喫している二人は凄絶な闘気を放つご隠居に気圧されたかのようにじりじりと後ろに下がる。


「ユラよ。……今宵我等は弟子と師父という間柄ではない」

「……どうしよう」


 とにかくもう家に帰ってすべて忘れて眠りたいユラは本気の本気であるご隠居を見て呟いた。背筋から立ち上る闘気が陽炎のように揺らめく。これならいっそ真剣で切り結ぶほうが気楽である。なんといっても後ろへの突破を許せば兄とご隠居があっは~んな地獄を繰り広げるのだ。そんな光景見るぐらいなら介錯なくてもいいから割腹自殺してやるとユラは思った。


 後ろではくらくらしてベッドに突っ伏したガラが『処刑部隊が……処刑部隊が……』と漏らしていた。自分の隣ではレニがため息を吐きながら「うう、フラレたっす……」と悲しげに呟いている。唯一まともそうな奴は普段一番まともでない男ジオ=ジンツァーである。彼は、「ご隠居、正気を取り戻してください!!」と言ってご隠居を静止しようとし、豪腕の一撃でもってその辺に吹っ飛ばされている。まともな奴と言っても役に立つかどうかはまた別の次元の話であった。

 と、いうか、役に立ちそうなのは結局自分だけという事実を再認識する結果に終わった。


 

 ユラ=イサオミはどうやってこの本作品中最低最悪の展開を乗り切るか考えた。

 ご隠居の精神力は強大だ。なにせあの魔道書(注・ラブレターの事です)を見て死ななかったのだから。どうでもいいが、どうしてラブレターの事で生き死にが関わってくるのだろう。作者としてもこの辺の馬鹿展開は実に不思議である。

 自分が命を賭けて兄の、言葉にするにはなんかこういろいろ多すぎる大切なものを守るため戦った所でおそらく数秒も持たないだろう。

 そう考えていたユラはいつの間にか隣で恨めしげな目でご隠居を見ているレニに気づいた。燃えている。なぜかは知らないが物凄く戦意に猛っていた。


「……手に入らないならいっそ始末してしまうっす!!」


 ふしゅー、と(筋)肉欲に爛れた邪気を吐きながら危険な言葉を言うレニ。と、いうかその理論に従えばユラも始末されてしまいそうである。

 とにかく戦意に猛るレニを見て、そんな彼女をうまく利用しながら闘えばなんとかなるか? と思うユラ。


 その彼の眼前で鬼神のように背筋から物理的圧力を伴うような物凄まじい闘気を吐き出すご隠居。


「ふんぬぁ!!」


 気合一閃。

 ご隠居の掛け声と共に、服の中に押し込められた筋肉がいっせいに脈動する。

 撓み、膨れ上がる膨大な筋肉が、凄まじい圧力で全身の服を吹き飛ばした。爆発のような勢いで千切れ、吹き飛ぶご隠居の全身の衣服。纏っているのは腰にさげたふんどし一丁である。ああ、なんという変態。作者はこれを書きたくて物語を始めたのである。もう怖いものなし、なんでもこいであった。。マッスルポーズのまま静止するご隠居。胸筋が揺れる。


「ぶはぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」


 そのあまりのセクシーさ、レニは自分自身の嗜好を直撃するご隠居の行動を見て、顔に物凄く幸せそうな恍惚の笑みを浮かべて後ろに仰け反り、鼻血を流しながらぶっ倒れた。沖に上がった魚のように四肢がびくびくと引きつっている。

 さすがは兄に良く似て変態。ユラはそう思うと、とりあえずその辺のジオに蹴る殴るの暴行を加えた。


「な、何故ぇぇぇぇぇぇ?!」


 理不尽きわまる主人公の行動に叫び声をあげるジオ。  

 ジオをとりあえず理由も無くボコボコにしたユラは、ふーと一仕事終えた漢の顔でご隠居を見た。これで一対一.状況はひたすら悪い。ふんどし一丁爺VS女装美青年。これを変態と言わずしてなんと言おうか。否、断じて否である。だが、ユラにとって少しだけましになった点もある。ご隠居が半裸になったことで名前のかっこ良さだけはなんとか五分五分に持ち込めた。まあ、勝敗にはぜんぜん関係ない点であるが。


 とりあえずどうしようと考えたユラは、そこで後ろを振り向き。

 そしてようやく兄のガラの姿が無くなっている事に気づいたのである。




 ほんの少し時は遡り。

 なんかもういろいろ駄目な気分のガラ=イサオミは自分に向けられるご隠居のピンク色を帯びた視線とは別の視線を感じた。

 その方向に向き直る。というかご隠居の視線から逃げた。


 そこには、馬がいた。窓枠に両足を引っ掛け、その顎で手すりを噛んで全身を支えるという馬離れした荒業でもって中の様子を中止していたのである。


「岳蝶?!」


 ご隠居の愛騎である竜馬『岳蝶』はその黒い体に銀色の鬣を揺らし、ガラを見た。目が語っている、俺を使えと。


 まさに天の助け。隣で筋肉の圧力で衣服を爆砕している更に大変なご隠居を無視してガラは窓枠に近づいた。脱出するつもりのガラを見た岳蝶は同時に地面に着地し、自らの背を向ける。

 さすがはご隠居と共に戦乱の時代を駆け抜けた龍馬。岳蝶は窓枠から飛び降りたガラをその背に背負い、とにかくアブナイ事になってしまった主が正気を取り戻すまで逃げるため、疾走を始めたのであった。



 そして、ガラ=イサオミはこの日を境に行方不明となるのである。

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