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第十三話『危地からの脱出、そして』

 さて。

 もがもが言いながら何とか脱出しようとしているユラは事の他自分の腕を拘束する紐が妙に頑丈であると気づいた。

 まさか、レニはこういった行為を遣り慣れているのだろうか。怖気が背筋を昇る。非常に青少年にとって宜しくない想像をいたしたユラはとにかく逃げようとする。


『いくらお前といえど、ユラ君との交際は決して認めん! 例え、天が許しても神が許してもガラが許してもこの私が許さぁん!!』

『ぬふふ、察するにその名前はユラお姉様のご親族の方っすね?! 後で菓子折りをつめてご挨拶にいくっす!!』


 早く逃げないと外で絶叫しながらにらみ合う二大変態に戴かれてしまうから結構必死だ。





「……あにしてるかと思えばさ、おめ、緊縛プレイ?」


 そんな時、何処と無く面倒くさそうな声が聞こえた。

 ベッドのそばに視線を向けて見ればそこには見知った顔がひとつ。思わず名前を呼ぶ。


「もがが?」

「……いや、わりーけど何言ってるかさっぱりわからんべ」


 せっかく名前を紹介するにも口が閉じられていてはどうしようも無いのである。作者大弱り。

 言いながら面倒そうに短い黒髪を掻き上げる女性は手品のように掌に短刀を取り出し、一閃させた。

 腕を縛る拘束の布と、口元を縛る猿轡を断ち切る。刃の冷たさが頬を撫でるようなぎりぎりの一撃。一閃の刃の煌きで二撃を放つその女性は女官服の何処に刃を隠したのか、短刀をしまうと、隣のベッドに腰を下ろした。懐からタバコを取り出し、吸う。


「……あなたのお陰で僕は人生最大の危機ver2を乗り越える事が出来ました。ありがとうございます」

「おめ、さり気にハードな人生送ってんなぁー」


 そんな彼女にいきなり土下座するユラ。男児のプライドなんぞどこか遠い所に蹴っ飛ばしているような行動である。

 ちなみに人生最大の危機ver1は現在進行中の女官勤めである。

 その女性は何処と無くだらしなさ、倦怠感を感じさせるような人だった。値踏みするように眇める瞳、頬を掻く仕草、着崩れした女官服は王宮で女官として働くにはどう見ても不適当だった。というかそもそもタバコ吸う時点で失格である。

 だが、女官勤めして一ヶ月、彼女に助けられたことは非常に多い。それに彼女の職業を知ればそんな疑問も吹き飛んだ。

 ササメ=ヤヒガンというのが彼女の名前だ。

 王宮に顔が利くらしいご隠居の口利きでユラの性別を隠すために行動してくれる協力者であり、セレネア=フォン=ドーベルトの身辺警護を勤める刺姫と呼ばれる特殊技術者である。

 そういった技術者が人目には見えないところで暗躍していると言うことをユラは王宮勤めを初めてから知った。


 喪装皇バッカニアスの義兄であり政敵であった白豚公の子飼いの刺客集団『覇王のダイナストコフィン』は解体され、その際喪装皇に忠誠を誓うものは暗殺の技を捨て、特殊技術を持つ密偵、間者、そしてササメのような暗殺者から皇族の身を護る刺姫、カウンターアサシンとして存続しているのである。歴史では白豚公と共に滅んだ事になっているが、そう言った形で生存していたことは純粋な驚きであった。


 ユラの剣術が陽剛とするならば、彼女の体術、暗器術は陰柔。

 暗殺者を殺すには暗殺者が最も適しているということなのだろう。



「でよ。ユラ、おめ、なんでいきなり縛られていやーんばかーんうふーんな事になりかけてたのよ?」

「し、知ってたの?!」


 ユラは叫ぶ。そんな彼に対してササメはうん、と頷き。


「天井裏から耳を当てて一字一句聞き逃すまいと」

「た、助けてくれても良いじゃないか、そんな薄情な!!」


 憤然としたユラが叫ぶ。先ほどの一部始終を見れば、さりげなく作品存続の危機に陥っていた事は一目瞭然だったはずである。そんな彼の言葉に対してササメはにやりと笑った。


「おめぇ、見かけは完璧女の子だから美女美少女二人の百合百合ショーが見られると思って」

「……そうだった。……わかっていたはずなのに、わかっていたはずなのに、僕の周りは変態だらけだって判っていたはずなのに……」


 がっくりとしながらユラは項垂れた。18歳の若人が抱くにはなんかこう、あまりにも絶望的な悩みを抱えるユラはあふれる慟哭を噛み殺し、溜息を吐くにとどめる。そんな彼を見ながらササメはぽん、と手を打った。


「と、忘れてた!! 姫様がおめぇなかなかこねぇから、あたしに呼びにやらしたんだった!! ほれ急げユラ!! 光の如く!!」

「うわお、なにその凄い責任転化!! ササメが僕を早く助けていればこんな事にはならなかったんじゃないか!! この女好き!!」

「女体の柔らかさを判らんとはおめそれでも男か!! 貴様には不要だ、いっそ斬れ、斬れ、斬り捨てぃい!!」


 なにをだ、という台詞をユラは気合を入れて飲み込んだ。

 時代劇ではお馴染みの台詞だが、前後の台詞を聞くとオトコノコにとっての悪魔の台詞に聞こえる残酷な言葉を吐くと、ササメは立ち上がった。

 とにかく縛られた時にびったんびったんと大暴れした際、着崩れた衣服を着なおし急いでセレネア姫様の所へ急ごうとするユラ。




「ササメ? ユラさんは、何処にいました?」


 ぶはー、ユラはちょっとピンチだと呟いた。

 似つかわしくない。本当に変態的話題が似つかわしくない綺麗な少女が医務室の入り口に佇んでいる。彼女がそこにいるだけでその一帯が花の園に変じるような雰囲気を纏った少女がそこにいた。あの時ユラが助けた少女であり、今の不本意な状況の元凶でもある少女。

 現皇帝であるディアヌス帝の娘であるセレネア=フォン=ドーベルトは、しずしずと静かに医務室の中に入ってくる。なぜ扉が壊れているのか不思議そうだったが、中にいる目当ての人物を見つけて、嬉しそうにはにかんだ。

 自分を探す使えるべき人の声にユラは振り向く。その視線にすら恥ずかしそうに俯くセレネア。

 そんな彼女は外で死闘を繰り広げる変態二人は似つかわしくない。いつまでもきれいなままのあなたでいてほしい。真剣にそう思った。

 


 ユラはこの内気な姫が嫌いではなかった。破滅の元凶とも言うべき人物ではあったが並外れて内気なだけで彼女自身にはなんら責は無いのだし。知り合ってからは出来るならその内気さ加減を直せるように協力してあげたかった。


「珍しいですね、姫様。ご自分でここまでいらっしゃるなんて」

「……は、はい。ユラさんが、こちらにいらっしゃると……聞いた、……もので……」


 白磁のように白い肌をした頬を、薔薇色に染め、次第に小さくなっていく声でそう答える。

 妹がいればこんな感じなんだろうか。そう思いながらユラは彼女に近づこうとし、その姫の後ろから放たれる殺気に気づいた。

 セレネアの後ろ、そこには先ほどとは違ってきっちりと女官服を着こなしたササメが立っている。いつの間にという疑問もあったが、まあもう気にすることはとうの昔にやめてしまった。そんな彼女が足元にタバコを踏んでいるのが見えたが、指摘しないのがやさしさだろうと思ってユラは黙った。

 彼女はユラの前ではだらしない格好をしているが、セレネア姫の前では完璧な女官をしているのである。その見事な猫被り具合はもはや神業の域。人格すら変えているんじゃなかろうかというのがユラの感想だった。

 その彼女がユラを睨んでいる。あからさまな敵意だ。ナプキンを噛んで引っ張っているというベタな嫉妬振りである。


「ササメ、どうしたの?」

「いえ、なんでもございませんわ、姫様、ほほほ」


 そんな彼女を、セレネアが振り向いて見れば一瞬の早業でにこにこと女官の鏡のような微笑と共に立っている。

 セレネアも背後から発せられる邪念を感じ取ったのだろうか。考えてみれば彼女は偉大なる喪装皇の血を引いているのだからそういった敵意には敏感かもしれない。そんな偉大な喪装皇をユラが筋肉マニアに売った事は読者しか知らないヒミツである。

 不思議そうに首をかしげたセレネアが視線をはずせば、再び、ササメの瞳から赤黒い殺意の光線がユラに発射される。

 普段は万事において面倒そうな彼女ではあるが、事、姫が絡むと有能な完璧女官に変身する。その完璧さ加減が姫に対するちょっとアブナイ愛情に起因するものだとユラはなんとなく感じていた。

 ササメはたぶん女性が好きであり、男性であるユラが女性であるセレネア姫に近づいていることが気に入らないのだろう。

 だが、そう言われてもユラにはどうしようも無いのだ。恨まれても実際困るのである。




 もちろん、ササメがセレネア姫にアブナイ愛情を抱いていることはただの推測だ。

 だが、言動、行動からその可能性は高いと感じているユラ。

 そんな彼は、一度世話になっている彼女の好物でも作ってあげようとしたことがある。イサオミさんちの台所を預かる彼は料理の腕前は結構なものだ。うまいと言わせてやるというなんか主婦的な気合を入れて、ユラはササメに聞いた。


『ササメ、食べ物じゃ何が好き? 手が空いてるし、作ったげるよ』

『のこりもの』


 誰のだ、とユラは思ったが口には出せなかった。

 あれから数日経つが、あまりにも怖くて、結局彼女の言う『のこりもの』とは誰ののこりものだったのか、聞くことは出来ていない。

 もう謎は謎のままでいいやと思うユラ=イサオミ十八歳であった。




 ユラ=イサオミが姫様を連れ出して変態三重奏の可能性があった医務室から抜け出し、その後に出仕の時間に遅れたことに侘びを入れて兄の見舞いに行けたのはその日の夕方だった。

 もうすでに空は赤く染まり、鴉の啼く声が妙に郷愁を誘う。


「兄さん、大丈夫かな?」


 割と頻繁に兄の所に行くユラ。

 知り合いらしい知り合いは兄に師匠に変態であり、そうなりゃ必然的に会いに行くのは師匠か兄となる。好き好んで後者に会いに行く人は素直に変態だろう。

 兄の入院している病院に入り、慣れた様子で足を踏み入れ病室に入るユラ。


「兄さん、具合どう?」


 ノックの後、中に入り挨拶と共に部屋の中を見やるユラ。

 兄のガラはいつものように病室のベッドで上半身を起こしていた。手元にはペンを持ち、台座の上でなにやら手紙に文章を書き綴っている。よく見れば、かなりうず高く積み上げられている。どうやら合法的に休めるうちに副業に集中することにしたらしい。ユラはもう、と頬を膨らせて言う。


「治療に集中しなきゃ駄目じゃないか、兄さん」

「ああ、悪い。……今のうちに書き溜めたものを終わらせておこうと思ってな。それに協力してくれる相手もいるもんだし」


 そう言いながらガラは近くの菓子折りに手を伸ばした。


「? そのお菓子は?」

「隣のベッドの人に頂いた」


 横に視線をスライドさせるユラ。

 そこにいたのは全身を包帯でくるんだミイラ男な具合の青年と、その隣で立ち上がりこちらに大股で近づいてくる少女がいた。先ほどまで王城の練兵場で死闘を繰り広げていた相手、なぜここにいる、ユラは呻き声をあげる。

 とっさに戦闘態勢に入り叫んだ。


「寄るな見るな触るな近づくな!!」

「会うなりひどい台詞を連呼しないで欲しいっす、お姉様!!」


 酷い台詞も彼女の心には一個も傷をつけることは出来なかったらしい。

 ユラのなんかいろいろ大切なものを奪おうとした変態美少女ミレニア=ジンツァーはぷう、と頬を膨らませた。ユラはとっさに彼女の近くに居た包帯男を見た。とすればこれがジオだろう。


「ジオさん、なんでこんなあっさり負けたのさ!! ぼ、僕はあなたに勝って欲しかったのに!!」


 武術の腕は上々、更には女の武器を駆使する凶敵である彼女よりは、節度のある変態であるジオの方がなんぼかマシである。ああ、なんて救いのない二択なのかしら。

 ユラの叫びに変わってレニがにこにこしながら答えた。


「お姉様は肝心要のことを忘れているっす」

「肝心な事?」


 わからないユラは首を傾げる。


「100×0は、所詮ゼロっす!!」

「…………ふふ、すまない、ユラ君。君の愛に応えることは出来なかった」


 体中ぼこぼこになって包帯を巻かれているジオが答えた。


「まあ、安心したまえ。一日で退院できると医者の先生のお墨付きをもらった」

「……その大怪我で、なんで一日で退院できるの?」


 いつものことではあるが、相変わらず妖怪じみた生命力である。

 とりあえず何の因果か兄の隣のベッドに居座る変態兄妹を無視してユラは兄の方を向き直った。とにかく兄の具合を確認しなければ気になって仕方ない。調子はどう? そう聞こうとしたユラは、ガラの悲しげな視線に思わず言葉を呑んだ。ガラは涙を振り絞るような声で言う。


「……ユラ。彼ら二人がお前をめぐって戦ったとは聞いたが、……そこの綺麗なお嬢さんよりも、ジオがいいのか……」

「ち、違う!!」

「そうっす、そうっす!! お姉様もあんちゃんより綺麗で可愛い自分を応援するべきっす!!」


 いいんだ気にしなくても、と、首を振るガラの言葉にユラは絶叫する。確かにレニは普通に美少女だ。男性であるユラが見てくれだけで判断するとしたら綺麗で可愛くて女性であるレニを選ぶのが普通である。しかし、彼女の性癖を知った今ではそんな選択を出来るわけもない。

 ジオの方に勝って欲しかったというのも、消去法だ。結論から言えば、どっちも嫌なのである。


「……父上、母上。貴方達の息子は、どうやら好みも見てくれと同じ女性になってしまったようです。しかし、強く生きてさえいれば俺としてはもう満足なわけで。ジオ。手塩にかけて育てた大事な弟だ。大事にしてやってくれ」

「任せてくれたまえ、友よ。空が砕けようと、地が裂けようと、俺は彼を愛し守り続けるだろう」

「遠い目をしてお星様になった父上と母上に報告するなぁぁぁぁぁぁ!! 僕を貰う算段を勝手に進めないでくれぇぇぇぇぇ!!!」


 瞳の端に涙をためて窓の外から夜空を見上げるガラはタイミング良く瞬いた一番星に報告し、同じくベッドに横たわるジオに話しかける。

 その後ろで絶叫するユラ。


「そうっす!! すでに自分はお姉様の魅力にきゅんきゅんな肉奴隷っす!! あんちゃんがユラお姉さまとくっつくなんて認めないっす!! 一緒にひとつのお布団で抱き合った仲じゃないっすか!!」

「ユラぁぁぁぁ!! 貴様男児として恥ずべき振る舞いをぉぉぉぉぉ!!」


 肉奴隷という言葉に咀嚼していた菓子を吹き出し、ガラは病状の身を忘れてそばにあった剣を掴んだ。

 恋愛には固いガラはそういった卑劣な振る舞いを許せず、剣を片手に叫んだ。ためらいもせず鞘ぐるみで殴打の一撃を放つ。

 なんで暴力沙汰になるんだこんちきしょうとユラは呟くと、はしっと両の手を合わせ、振り下ろされる一撃を真剣白羽取りで止められなかった。

 ごつんと頭を殴られる。めらめらとユラの瞳の中で怒りの炎が燃え上がった。


「まず自己弁護させてもらうならな、僕はレニのご主人になった覚えもないし、彼女を肉奴隷として飼った覚えもない!! それにジオさんとくっついた覚えもない!! それに布団に一緒に居たのは、僕を気絶させた上、猿轡をかませて腕を拘束して自由を奪ってから事を起こそうとされたんだ!! どいつもこいつも僕を変態にしたいのかこのやろぉぉぉぉ!!」


 いろいろとムカついたユラはぎゃおーとヤケクソのように叫んだ。


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