第十二話『二大変態頂上大決戦』
作者としては既に今回タイトルの時点で幾人かの方が見るのをやめたような気がしたが、もう気にしないことにした。
ユラ=イサオミはうつらうつらとしながらようやっとこさ目を覚ました。半ば、まどろみに似た感覚が残り、意識が覚醒しきっていない。とりあえず起き上がろうとして、ユラは自分の身体が柔らかいものに接触している事に気づいた。淫靡な蛇に体を甘く甘美に締め付けられているような感触にユラは首を傾げて不可解そうに呟く。
「もが?」
自分の『あれ?』と呟いたはずの言葉がおかしなくぐもり方をする。目を覚ました直後だからといってこんな妙な言葉遣いするほどでもないはず。そこまで考えてユラは自分の両腕が拘束されている事に気付いた。口にも猿轡を噛まされ、発声を防がれている。驚きに声を上げる。
「も、もがががががが?!」
「うふふ、お姉さま、ようやくお目覚めっすね」
そうだった。こいつだった。ユラ=イサオミは背筋に危機感が走るのを感じた。
周りを見てみればここは医務室。で、両腕をベッド脇に拘束されている自分は、今筋肉大好き少女ことミレニアに横合いから抱きつかれている。両足は無事だが、両腕を固定されたこの体勢では起き上がる事すら不可能だ。
「もがー、もがー!!」
色々と危機。なんか色々大切なものが奪われてしまうような恐怖にユラは両足をじたばたさせる。だがそんな反応を楽しむようにレニは妖しく微笑みながらベッドに花のように広がるユラの黒髪を撫でた。もう一本の手で首筋に触れる。敏感すぎるかのようにユラの背筋がびくんと緊張した。
「……やはり首筋も相当に絞られているっすね」
さわさわとレニの人差し指が首筋を往復する。その柔らかな指の感触に怯えるかのようにユラはベッドに顔を押し付け、紅潮する頬を隠すように埋めた。羞恥で震えるユラに、んふふ、と息を漏らすと、レニは縛られたままのユラの腕を服の上から感触を楽しむように撫で始めた。
まずい。ヤバイ。エロい。
このままではいろいろ大変な事になってしまう。このまま突っ走ってしまえという声が己の中のどこかから聞こえたような気がしたがそれでもまずい。
このままではユラはなんかこう口にしてはいけない大変な状態になってしまうし、それに十八禁指定が入ってしまうのである。この作品は(たぶん)良い子も読んでいるはずだからそれはいけない。
ユラは祈った。あと作者も危機を打開してくれるよう祈った。
誰か、誰か助けて。
今病院で入院している兄のガラが胃痛を無視して患者服のまま登場してもいい。
ご隠居が、自分が売られたにも関わらず愛弟子を護るため扉を蹴破っても良い。
隠居の龍馬『岳蝶』が、種族の差を越えて燃え盛る友情を胸に突入してくれても良い。
セレネア姫様が自分を探してここに来るというレアなイベントが発生しても良い。
だれでも、誰でも良いから。ここにいる変態をなんとかしてくれーーーー!!
「そこまでだ」
魂の叫びは、確かに届いていた。
ユラの心の叫びに応えるように開け放たれる扉。鍵ごと吹き飛ばし、医務室の扉が開く。
ユラは地獄の中で蜘蛛の糸を一本見つけたかのような思いで扉を見、レニは舌打ちを漏らしてそちらを見た。
線の細い体に蟲惑的な微笑を浮かべたどこか妖しげな雰囲気を孕んだ青年。銀色の髪の毛に不健康と思うまで肌の白い美貌の虚弱児。イメージカラーはパープル。
そう、新たなる変態ジオ=ジンツァーは扉を蹴破って姿を現したのである。
レニはユラとの蜜月(相手にとっては色々大変な危機)を破る相手を憎憎しげに見た。
にらみ合う二人の変態。
彼らの身体から発せられるなんか変な力が相互干渉を起こし、医務室の中に妖しいピンクフィールドが形成されていくのである。
ああ、これぞまさしく前門の変態、後門の変態と言う奴であった。なにやら引用を激しく間違えている気がしたが、意味合い的には大差ないと思うのでこのまま通すのである。
とにかく今迄一対一だった変態比率が今ではもはや二対一である。文字通り二倍に膨れ上がった変態比率にユラはもう一度気絶したくなった。例え助けられても相手が新たな変態では感謝していいものかどうか。
「……外に出ていたユラ君と、栗色の髪の少女が一緒に歩いていたと聞いたが、……やはりお前だったか、レニ」
「自分も、まさかこんなに早くあんちゃんと遭遇するとは思っていなかったっす」
顔見知りらしいその物言いに、ユラは猿轡を噛まされ上手く喋れないまま思考する。確かジオ=ジンツァーに、ミレニア=ジンツァー。二大変態に挟まれその瘴気でぐったりしていたユラはその苗字の符号に疑問の声を漏らした。
「も、もがもが?」
「……ああ、言いたいことは判るよユラ君。……そこにいるミレニア=ジンツァーは私の不詳の妹という奴だ。……鉄姫隊に入隊したいと言っていたから私の住んでいる借家の一室を貸してやろうと思ったら……」
ぎろりと、怒りを含んだ目でジオはレニを睨み付けた。憎悪に焦げ付くような口調で言う。
「……私の恋人を寝取ろうとしていたとは……!!」
「もがー!! もがが、もががががー!!」
びったんびったんとユラの身体が跳ね上がる。あまりにも理不尽な決め付けの言葉に首を振り海老のように大暴れするユラのその様子にレニは頬を掻いた。
「……なにやら、ユラお姉様。すんごい不服そうなんすけど……」
「そんな事はない!! 今はただ照れているだけだ!!」
「もがー!! もがが、もががが、もががが!!」
滅茶苦茶全身を使って否定するユラ。そんな彼に対して「ふはは、素直になりたまえユラ君」と無駄に晴れ晴れとした表情で言い切るジオ。相手が返答できないから言いたい放題である。
レニはふむふむ? とユラとジオを交互に見た後、とりあえずジオをぶん殴った。血の繋がった兄妹を感じさせない容赦なき一撃に派手にぶっとぶジオ。
「もがもがが」
「いえいえ、どういたしましてっす」
どうやらありがとうと言ったらしいユラに、にこにこしながらレニは応えた。そしてすぐに立ち上がるジオに対して、レニはユラを抱きしめて言った。豊かな胸が肩辺りに当たって気恥ずかしい。
「兎に角、ユラお姉様はあんちゃんには絶対にわたさんっす! 自分、既にユラお姉様の肉奴隷という奴っす!!」
「な、ユラ君!! いきなり会ったうちの妹をしょっぱなからそんな具合に?!」
流石に驚くジオ。その顔は驚愕に歪んでいる。違う違うと真っ赤になりながら否定の意を首を振って示すユラ。
「私という愛の奴隷一人では不服だったというのか、そこまで君は溢れ出る肉欲を押さえきれないと?
ならば私にその蒼い情欲の全てをぶつけ給え!!」
無言でジオを殴るレニ。今度は棍を使ったかなり本格的な殺しの一撃である。
「……もが、もががが、もががが」
「……不詳の兄がご迷惑をお掛けしているようで、申し訳ないっす……」
しくしくと泣きながら声にならない声をあげるユラ。流石にレニの顔にも謝罪の色が濃い。色々穢された気がするユラの頭を胸元に掻き抱き、慰めている。
そしてレニはダメージを感じさせない動きで立ち上がるジオを見た。睨んで叫ぶ。
「さっきも言いましたが、自分は既にユラお姉様の筋肉の魅力の奴隷、略して肉奴隷になったんす!! あんちゃんには絶対に渡せないっす!!」
「……決して略してはいけないところを略しまくっているね、妹よ」
頭を人差し指で押さえ、溜息をつくジオ。
さっきからひっきりなしに突っ込み役とボケ役が入れ代わって作者は面倒くさいのである。
「どうあっても、彼を譲る気は無いと言うことか、妹よ」
「たとえあんちゃんと言えども、これだけは譲れないっす」
「ならば、仕方ない。ユラ君はたった一人。ならば自動的に彼を手に入れることが出来るのも故にただ一人だけ」
「自分がお姉様を手に入れるか、あんちゃんが手に入れるか、勝負して決めるっす」
にやりと、レニは笑った。文官であるジオと、武人の道を目指す自分では勝負などするまでも無い。絶対に自分が勝つに決まっているではないか。
棍を構えるレニ。だが、自らの圧倒的不利を知りながらもジオはなお、嘲笑って見せた。ひゅーと、口元から細い息を吐くジオ。
「……お前が何を考えているかわかるさ、レニ。こう見えて兄弟だからね」
ジオは構える。一流の武人を目指すレニにはそれが隙だらけの素人の構えであると見て取れた。だが、だがいったいなんなのだ。この肌をあわ立てる圧迫感は。まるで巨大な肉食獣と相対しているようなこの感触は。
変態離れした凄絶な闘気を放ちながら愛に全てを捧げる漢、ジオは言った。
「確かに、私とお前の実力の差は歴然。……だが、その程度の実力差、愛で埋めて見せよう!!」
空気が膨らみ、ジオは凄まじい愛のオーラを纏いながら、口元から内功を吐き出した。ああ、何ということか、ただ思いの強さだけで自分を上回る実力の持ち主を倒そうとするその姿は恐ろしくも、美しくさえあった。愛する人を護ろうとするその行動はとても荘厳であるはずなのに、どうしてここまでアヤシイ空気で満ちているのだろう。もうそこいらは作者にすらわからない。
その兄の姿に気圧されぬ様、レニも叫ぶ。
「……く、負けないっす!! 自分のお姉様の(筋肉への)愛は、そうたやすく負けないっす!!」
棍を構え、レニは外へと駆け出した。
愛を護る為闘う漢(変態)と、(筋)肉欲に狂った獣(変態)は、場外へと駆け出し、そこでハリウッドアクション映画終了十五分前並みの壮絶な死闘を始めるのであった。
「も、もがががががぁぁ!!」
そして忘れ去られていた主人公は猿轡を噛まされ言葉にならない叫び声をあげた。
逃げなければ、兎に角逃げなければ。決着が付けばあのどちらかに貰われてしまうユラは人生最大の危機を乗り越えるべく叫ぶ。
どちらかというとレニよりはジオに勝って欲しい。彼は肉欲よりも心を重んじる人ということは知っている。無理強いするようなことはあるまい。しかし、彼が勝てば、自分に対する想いの激しさが、絶望的な戦力差を埋めるほど強大なものであるという証明になってしまう。勝ってもなんか微妙な気分だ。
そしてレニは綺麗で可愛い女の子だが、筋肉が好きな変態である。
どっちにしたってあの両者のうちどちらかが勝利してもユラには絶望の明日しか待っていないのであった。
これもご隠居を売って自分だけ助かろうという浅ましい心の罰なのだろうか。
そしてとりあえず誤字脱字を探すため読み返してみる作者は、その余りの『変態』という単語の数に、少し死にたくなるのであった。




