最終話
次に美羽と会ったのは夏休みが明けた初日だった。花火大会で会った美羽は本物の美羽ではなく翼だったので、約二週間ぶりとなる。
それまでの間、電話やメールでの連絡は取っていたのだが、直接会う気にはなれず、遊びに行こうと誘われても適当な理由をつけて断ってしまった。
下駄箱の前で靴を履きかえていると、「おはよう、工藤くん」と、横から美羽が挨拶をしてきた。美羽の隣には翼もいる。こうしてふたりが一緒に登校してくるのは珍しかった。翼は普段は剣道部の朝練習があるため美羽より早く登校しているのだが、今日は登校初日なので練習は休みなのだろう。
美羽と翼をじっと見比べてみる。確かに顔はそっくりだった。服装と髪型だけでこんなにも雰囲気を変えられるのかと感心する。
美羽と翼が入れ替わって新太の前に現れたのはこれが初めてのことではなかったのだと、花火大会の数日後に鈴から聞いた。家の近所で偶然会ったのだ。
桜ヶ丘学園の中等部は、三年生の五月に二泊三日の修学旅行に行く。三日目は自由行動で、クラスの違う新太と美羽が唯一ふたりきりで行動出来る時間だった。ふたりで観光地を巡り、とてもいい思い出になったのだが、実はそのときにはすでに入れ替わっていたのだ。新太と一緒にいたのは翼で、美羽は恵人とふたりで行動していた。
入れ替わったのは自由行動が始まる前。双子とはいえ学校ではあまり関わらない美羽と翼が珍しく一緒にトイレに行くところを見かけた鈴が、なんとなくあとをつけてみると、個室内でお互いの服を交換しているのがわかったのだという。
「あれで白鳥さんはまだ高嶺くんのこと諦めてないんだなーって確信したんだよ」
「そのこと、誰かに言ったか?」
「うん。白鳥くんに」
鈴は美羽と翼を区別するため、美羽を白鳥さん、翼を白鳥くんと呼ぶ。
「頼むから黙っててくれって、必死にお願いされたよ。うちは白鳥さんのことは嫌いだけど、白鳥くんはいい人だと思ってるよ。だから黙ってたの。まったく、変な双子だよね」
その話を聞き、翼の様子がおかしかったのにも納得がいった。
「やっぱり、新太に白鳥さんは合ってないんだよ。だからさ、もう別れて、そしたら」
「ごめん」鈴の言葉を遮って、新太は言った。「それでも俺は、美羽のことが……」
「このまま白鳥さんと付き合ったって新太のためになんないよ! 変な意地張らないで!」
鈴に激怒されるも、新太はなにも反応しなかった。もう何も話す気力がなかったのだ。
「もう新太なんか知らない!」
こうして、鈴とも気まずい関係のまま、新太の夏休みは終わった。
放課後、新太は美羽と駅前のファストフード店に来ていた。前に来たときと同じく、新太はハンバーガーセット、美羽はオニオンリングとジュースを注文した。
しばらくして商品が運ばれてきたが、食べ始める前に一つ確認しておきたいことがあった。
「美羽、これ」
新太は美羽にピンク色の花の髪飾りを渡した。それは花火大会で美羽に扮した翼が浴衣に合わせて付けていたものだ。新太の部屋でひと悶着あったときに外れ、そのまま部屋に忘れてあった。
「花火のとき、河川敷で失くしただろ。あのあと探したら見つかったよ」
「えっ。わざわざ探してくれたの? ありがとう!」
その反応を見て、翼は本当に何も話していないのだと確信した。美羽はいつもどおりの笑顔を新太に見せる。
今思えば美羽のこの笑顔は営業スマイルのようなものなのかもしれない。新太が好きだから、ではなく、彼氏だから、こんな笑顔を振りまいているのだろうという気がした。美羽の本当の気持ちに気付いた今、彼女の可愛らしい笑顔はどことなく嘘くさい感じがする。
「あのさあ、美羽」
「ん? なあに?」
美羽は小さく首を傾げた。その仕草に、新太は不覚にもドキッとしてしまう。それもそのはずだ。新太は美羽のこういった仕草が可愛らしいところに惹かれたのだから。
――美羽がまだ恵人のことを好きなんだったら。
――そしたら俺たち、別れたほうがいいのかなぁ。
伝えたい気持ちを頭の中に思い浮かべる。しかし、いざ口に出した言葉はまったく別のものだった。
「……それ、一個貰っていいか?」
新太は美羽の前に置かれたオニオンリングを指した。
「え? 別にいいけど、工藤くん、オニオンリング苦手じゃなかった?」
「うん。でも、今日から好きになることにしたんだ」
「ふーん? 変なの」
新太は親指と人差し指でオニオンリングを一つ摘み、真ん中にぽっかりと空いた穴を見つめた。
美羽は嘘をついていた。本当は恵人への気持ちを諦めていないにも関わらず、新太の恋人でいようとしている。この関係が続けば、いつか美羽が新太を本当に好きになってくれるのではないか。
誰かが言った。嘘も突き通せば真実になると。
この嘘が、いつか本当になることを願って。
新太はオニオンリングを齧った。
完結です。
最後まで読んでくださった方、ありがとうございました!