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嘘つきカノジョ  作者: 灰原仄火
3/4

第3話

 一週間後、花火大会当日。

 待ち合わせ場所に指定した最寄り駅の前では、新太と同じく待ち合わせをする人で賑わっていた。

 約束の時間は午後六時ちょうど。しかし美羽は時間になっても来ず、五分過ぎてから現れた。

「待たせてごめんね。着付けに時間かかっちゃって」

 美羽は浴衣を着ていた。ピンク色の花柄の浴衣で、浴衣の柄に合う花の髪飾りを付けている。とても女の子らしくて、美羽に似合っていた。

 とても似合ってるよ、と褒めると、美羽は照れながらありがとうと言った。

「じゃあ、行こうか」

 新太が右手を差し出し、そこに美羽が左手を重ねる。ぎゅっと優しく握り、河川敷へと向かった。


 花火が打ち上げられるのは七時からだ。それまでの間、河川敷に並ぶ屋台で夕食でも済まそうと考えていた。

 たくさんの屋台が並ぶ中、オニオンリングを売っている屋台を発見した。屋台でオニオンリングとは珍しいなと思いながら、新太はそこに向かった。

「美羽、オニオンリング好きだろ? 買ってやるよ」

「えっ、本当? ありがとう!」

 店主に二百円払い、紙コップに入れられたオニオンリングを受け取る。それを美羽に渡した。

「じゃあ、ふたりで分けっこしよっか」

「え? いや、俺は食べないけど……」

「あっ。オニオンリング苦手なんだったっけ?」

「オニオンリングっていうか、玉ねぎ自体が苦手なんだよ。……って、前に言わなかったっけ?」

「ああ、うん。そうだったね」

 美羽がオニオンリングを一口齧る。

 食べながら歩いていると、異変が起きた。「痛い」美羽が歩くのを止めてその場にしゃがみこんだのだ。見ると、下駄の鼻緒で擦れたのか皮が剥けて赤くなっていた。履き慣れない下駄ではよくあることだ。

「大丈夫か? 歩けるか?」

「ううん、ちょっと痛いかも」

 ひとまず近くのベンチに座った。この足で人混みの中を歩くのは辛いだろう。本当は花火がよく見える場所まで行きたかったのだが。

 悩んでいると、ある提案を思いついた。

「俺の家来るか? 結構近いんだ。ベランダからなら花火見えるし。ちょうど家族いないし」

 新太なりに気を利かせたつもりだったが、美羽は怪訝な顔をした。

「行きたいけど……変なことしないよね?」

「……保障は出来ない」

「じゃあ行かない」

「わ、わかった! 何もしないよ!」

 美羽を必死に説得する間、遠くのほうで花火が打ち上がる音が聞こえた。


 河川敷から五分もしない場所に新太の家はあった。新興住宅街にある三階建ての一軒家だ。

新太の部屋は三階にあり、ちょうど花火が見える方向にベランダがある。絶好の花火スポットだ。

 新太が自分の部屋に異性を入れるのは、家族を除いて小学生のときに鈴を入れて以来だった。

 美羽をベランダへ案内する。先ほど自分たちがいた河川敷が見下ろせた。屋台の明かりと、大勢の人々がゆっくり動いているのが見える。河川敷の向こうではすでに花火が打ち上げられた。

 打ち上げられる度、花火の色に照らされる美羽の横顔。新太は花火よりも美羽に見惚れていた。とても綺麗だ、と思った。

「ねえ、工藤くん。綺麗だね!」

 先ほどとは違い、まったく疑いのない無邪気な表情を見せる美羽。そんな彼女を見て、今しかないと思った。

 美羽の腕を掴み、ベランダから部屋へと引っ張る。突然のことで混乱しているのか、抵抗しない美羽をベッドに押し倒す。その勢いで美羽の髪飾りが取れた。

「えっと、工藤くん? これはいったいどういう状況なのかな……?」

「だって、俺たち付き合ってもう一年経つし、そろそろいいんじゃね?」

「で、でも、何もしないって言ったじゃん!」

「いや、確かに言ったけどさ。まさか本当に何もしないと思ってたのか?」

 当然、受け入れてくれるだろうと思った。恋人同士であれば当たり前のことだと思っていたのだ。しかし、美羽の反応はよくなく、彼女は悔しそうに、歯を食いしばり目に涙を浮かべた。

「工藤くんの嘘つき」

 嘘つき。美羽が放ったその一言を聞いて、新太の心の奥にあった糸が切れた。

「嘘ついてんのは美羽だろ」

「えっ?」

「俺、知ってんだからな。恵人のことまだ諦めてないことも、恵人に近づくために俺と付き合ってることも。お前は本当は俺のこと好きじゃないんだ。だからしたくないんだろ!」

 そこまで言って新太は我に返った。こんなことを言うつもりなどなかった。こんな証拠もない鈴の言葉を鵜呑みにするなんて。

 美羽がどんな反応をするのかが恐ろしかった。怒るだろうか、泣くだろうか。新太が何も言えないでいると、美羽は意味深な笑みを浮かべ、言った。

「あんただって、私のことそんなに好きじゃないくせに」

「!?」

 その言葉は新太を酷く激昂させた。新太は一年生のときから美羽のことを一途に想ってきたのだ。その気持ちを踏みにじられた気がした。

「そんなことない! 俺はずっとお前のこと……」

「好きなんだったら! ……いい加減気付いてよ。私が美羽じゃないってこと」

「はあ? 何言って……」

 そう言われて、新太はあることに気が付いた。自分が掴んでいる美羽の色白の細い腕。暗いところではよくわからなかったが、明るいところで見ると複数の痣が目立った。

 新太はこの痣の正体が一瞬でわかった。剣道をしているとよくあるのだと、彼女自身が言っていたのだ。


「そうか。お前、美羽じゃなくて、翼か」


 翼。白鳥翼。新太と恵人の友人で、そして白鳥美羽の双子の姉である。

 一卵性双生児の美羽と翼は、外見だけでは区別がつかないほどそっくりな容姿をしている。顔や体型、髪の長さ、声までも、まったくといっていいほどそっくりだ。それでも美羽が美羽で、翼が翼だと区別が出来るのは、ふたりの性格や雰囲気、格好がまったく違うからである。

 美羽は女の子らしくお淑やかな文化系の女子だが、翼は一人称が僕であるようにボーイッシュでクールな体育会系の女子だ。翼は、外見は美羽と同じく可愛らしい顔をしているのだが、スカートを穿きたくないという理由でいつもジャージを着ていたり、邪魔だからとセミロングの黒髪を後ろでまとめていたりと、女の子らしくする意識がまったくない。

 このように普段、美羽と翼は双子らしくない振る舞いをする。そのお陰で区別がつけられているというのに、それを意図的に変えられてしまっては、いくら新太が美羽の恋人であろうと、翼の友人であろうと、気付けるわけがない。しかし、あんなに美羽が好きだと言った以上、気付くべきなのだろう。

「美羽は今頃、僕の振りをして高嶺と会っているよ」

 愕然として放心状態になっている新太に対し、翼は淡々とこれまでの経緯について語った。

「もともと僕は高嶺と花火を見に行く予定だったんだ。そのことを昨日言ったら美羽は嬉しそうに『じゃあ入れ替わってよ』って言ってきたよ。お前のことなんて微塵も考えてなかった。僕の振りをしてまで高嶺と一緒にいたいんだよ、美羽は」

「何で……そうまでして美羽は恵人を……」

「さあ? 双子だからって何もかも似ているわけじゃない。僕は高嶺とよく一緒にいるけど異性として意識したことはないし、だから美羽が高嶺を好きな理由は知らないしわからない。……ああ、でも。これは双子の僕だからわかることだけど、美羽はお前が思っているほど淑やかな女じゃないぞ。自分が欲しいものを手に入れるためには手段を選ばない、傲慢な女だよ」

 乱れた髪と直し、翼は立ち上がった。帰るのだろう。

「僕はこの件を黙っている。普通にふたりで花火を見ていたことにする。だから、ここから先はお前次第だ、工藤。これまでと同じように美羽と恋人でいたいなら、今日のことも自分の本音も黙っていろ。でも、どんなに頑張ったって、今のお前に美羽の気持ちが向くことはない。それに耐えられないようだったら、さっさと縁を切るんだな」

 部屋を出ていく際、そういえば、と最後に言い残す。

「僕はあんまり好きじゃないよ、オニオンリング」

次で完結します。

全4話構成です。


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