第1話
一年前に部活内のみ公開の部誌にて掲載した作品です。
部誌のテーマが“オニオンリング”だったため、ところどころオニオンリングが登場します。
それ以外は普通の恋愛モノです。
夏休みが始まって一週間が経った。外に出ることさえ億劫になるほどの猛暑が続き、今日も朝から日差しが強い。出来れば冷房の効いた部屋でアイスを食べながらゲームでもしたいところだが、残念ながら今の|
新太にそんな暇はなかった。
工藤新太は男子バスケットボール部に所属している。夏休みといえどもこの一週間、部活動の練習で毎日学校に来ていた。
新太の通う私立桜ヶ丘学園の中等部は、特に部活動に力を入れているわけではない。去年の今頃であれば夏休みの部活動は週に三、四日程度で、のんびりと活動をしていたのだが、今年から顧問の教員が変わったことで例年に比べて活動が厳しくなったのだ。
それに対して不満を言う生徒は多く、新太もうんざりしているのだが、だからといって辞めるつもりはない。今年三年生の新太はもうすぐ引退ということもあり、せっかくなら三年間続けようと、こうして毎日練習をしている。
練習が始まって二時間ほど経った頃、休憩時間になった。各々が水分補修をしたり汗を拭いたりして休憩をしている中、新太は一人体育館を出た。外にある水道で汗を流すように頭から水を浴びていると、タオルを持っていないことに気付く。仕方なくシャツで顔を拭こうと裾を掴むと、横からタオルが差し出された。見上げると、そこにいたのは体育着姿の鈴だった。
「お疲れ」
「おう。サンキュー」
鈴からタオルを受け取り、顔を拭いた。タオルからは柔軟剤のせいか、いい香りがした。
森田鈴は女子バドミントン部に所属している同級生だ。新太とは家が隣で、いわゆる幼馴染という関係である。昔はよく遊んだり一緒に登下校をしたりしていたのだが、中学に上がり部活動を始めてからはお互い忙しくなり、クラスが違う今は廊下ですれ違う程度で、会うことはほぼない。そんな疎遠になりかけている幼馴染だが、こうして会ったら世間話くらいはする。
「もうすぐ、花火大会だね」
鈴が話を振ってきた。それに対して新太は「そうだな」と返す。
一週間後に近所の河川敷で花火大会が開催される。その花火大会は毎年行われるもので、新太は物心つく前から中学に上がる前まで毎年鈴と一緒に行っていた。
「やっぱり今年も白鳥さんと行くの?」
「まあ、そうだな」
白鳥さんというのは美羽のことだ。白鳥美羽。鈴のクラスメイトで、新太の恋人である。
新太と美羽が出会ったのは一年生のとき。当時同じクラスで席が隣だった美羽を初めて見たとき、新太は一瞬で目を奪われてしまった。いわゆる一目惚れをした新太は、美羽との距離を縮めるためにあらゆる努力をしてきた。結果、努力は実を結び、新太の告白は成功。それが去年の花火大会のことである。
つまり来週の花火大会は美羽と付き合い始めてちょうど一周年。ふたりにとっては特別な日なのだ。
「どう? 白鳥さんとは上手くいってる?」
「まぁな」
「そっか。それはよかったね」
「うん」
「…………」
「…………」
沈黙が訪れる。話が続かない。
先に口を開いたのは鈴だった。
「ねえ。ずっと聞きたかったんだけど、新太は白鳥さんのどこが好きなの?」
「どこって……」
突然の鈴の質問に戸惑いながらも、新太は考えた。
美羽のいいところはたくさんある。まず、新太が美羽に一目惚れしたのは、美羽の外見が可愛いからだ。
大きく丸い瞳。小さな鼻と口。さらさらのセミロングの黒髪。男子ならば誰でも好感を持つだろう。
外見だけでなく、美羽は内面もよかった。みんなに優しく気配りができ、クラスの中心に立つことが多い。また頭がよく、定期テストでは毎回学年五位以内に入っている。新太にはもったいないくらいだ。
しかし鈴は正反対に、「新太が思ってるほど白鳥さんはいい子じゃないよ」と言うのだった。
「知ってるでしょ。白鳥さんが新太と付き合う前、高嶺くんに告って振られてること」
高嶺くん。その名前を聞いて、またか、と思った。
高嶺恵人。彼は新太のクラスの友人であり、学年で一番女子から人気のある男子だ。身長は低いが、中性的で綺麗な顔立ちをしており、同性でもつい見惚れてしまうほどの美少年である。また同年齢の男子にしてはやけに落ち着いており、可愛らしい外見とのギャップが女子に受けるようだった。
噂好きな女子の間では恵人に関する話題が人気だ。クラスの女子グループの会話に耳を傾けてみると、何組の誰々が恵人に告白して振られただとか、そんな話ばかりである。しかし誰一人として告白に成功した者はいなかった。そのせいか学校外に恋人がいるのではないかとか、同性が好きなのではないかとか、確信のない憶測ばかりが飛び交っている。恵人本人に問いただしてもはぐらかすばかりで、結局真実は誰も知らない。
美羽が恵人に告白をした、という噂を聞いたのは一年生の夏休み前のこと。学年ではなにかと目立つふたりの噂はすぐに広まった。美羽本人に確認したところ、その噂はどうやら事実のようだ。
「でも、それがなんだっていうんだよ。美羽は、前は恵人のこと好きだったんだろうけど、今は俺の彼女だ。付き合ってもうすぐ一年経つし、とっくに恵人のことなんてなんとも思ってないだろ」
「そうとも限らないよ」鈴は真剣な顔つきで言った。「白鳥さんはまだ高嶺くんのこと諦めてないよ。新太と付き合ってるのも、高嶺くんに近づくためだよ」
「はあ?」
言っている意味がわからなかった。
確かに新太と恵人は友人で、クラスメイトということもあり一緒に行動することも多い。そのため美羽が恵人と関わる機会は少なくない。しかし今まで美羽が恵人を特別意識しているようには見えなかった。それに美羽が恵人に告白したのは新太と付き合う一年も前のことだ。
「そんなの、証拠あんのかよ」
「ないけど……」
「証拠もないことテキトーに言うなよ。鈴、お前さっきからいったい何がしたいたいんだよ」
新太は声を荒げて言った。いくら幼馴染とはいえ、恋人の悪口を言われるのは腹が立った。
「うちは」鈴は言った。「新太と白鳥さんの関係がこれ以上進んでほしくないだけ」
またわけのわからないことを、と新太は思う。顔に出ていたのか、察した鈴はため息を深くつき、言った。
「まだわかんない? うちはね、ずっと前から新太が好きだったんだよ」
「えっ」
突然の幼馴染からの告白に新太は動揺した。冗談かと思ったが、鈴の顔が赤くなっているのを見て、嘘ではないとわかる。
「好きな人が幸せなら自分も幸せだなんて、そんなの綺麗事だよ。うちが新太の彼女になりたかった。白鳥さんなんて嫌われればいい。ふたりが別れたらいいのにっていつも思ってる」
「そ、そんなこと言われても……」
「新太、人を見る目ないよ。何でよりによって白鳥さんなの。もっといい人だったら、うちもこんな風にならなかったのに……」
「お前が美羽の何を知ってるっていうんだよ」
「知ってるよ。だってうちは見たんだよ。修学旅行のとき、白鳥さんが――」
「おい」
鈴の声を遮るように、突然後ろから声をかけられた。振り返ると、そこには翼がいた。
翼は新太と同じのクラスの友人だ。成績がよく生徒会に所属している一方、剣道部の主将を務めている。男子からも女子からも人望がある優等生だ。
翼も剣道部の活動で学校に来ていたようで、紺色の袴を着ている。休憩中なのか、防具は付けていない。
第三者に声をかけられたことで冷静になったのか、我に返った鈴は急に慌てだした。
「じゃ、じゃあ、そういうことだから!」
鈴は体育館のほうへ駆け足で去っていった。
嵐のような数分間だった。突然恋人の悪口を言われ、告白をされ、肝心なことは何も聞けずじまいだ。
鈴の姿が見えなくなり、ふと後ろを振り返ると、翼は剣道部の練習場所である武道場のほうへと歩き出していた。新太は追いかけて、翼の隣に並び話しかける。
「なあ。さっきの話、聞いてたか?」
「まあ、聞いていたけど」
「わかってるだろうけど、美羽には言わないでくれよ」
「ああ、わかっている。僕がふたりに声をかけたのは、あの会話を僕以外の誰かに聞かれたら困るんじゃないかと思ったからだ。よかったな、あの場に居合わせたのが僕で」
「そうだな。ありがとう、翼。助かったよ」
「別に。お礼の言葉なんていらないさ。僕が今欲しいのはそこの自販機のコーラだ」
「おごれってことかよ! 現金な奴だな!」
翼はあまり感情を表に出さない。本人曰くリアクションをするのが恥ずかしいようで、ほとんど真顔のことが多いのだが、決して感情がないわけではない。内心では色々なことを思ったり考えたりしているのだろう。
今のやりとりが面白かったのか、翼は唇を噛みしめたまま口角を上げ、肩を震わせていた。どうやら笑っているようだ。
自動販売機でコーラを買い、翼に渡した。もともと自分の飲み物を買おうと思い小銭を持ってきていたのだ。
さっそくコーラを飲む翼。ふと、新太は翼の腕に複数の痣があるのに気付いた。
「お前、その痣どうしたんだ?」
「ああ。竹刀だよ。剣道しているとよくこうなるんだ」
「ふーん。たいへんだな」
「ところで。話を戻して悪いけど、あまり軽く考えないほうがいいぞ」
「さっきのことか?」
「うん。もしあのとき、僕以外の人が話を聞いていたら、噂は広まっていたかもしれないぞ。証拠がなければいいわけじゃない。特に中学生なんて、他人のゴシップネタは好きだろ。面白そうだったら真実に関係なく無責任に言いふらすんだよ」
感情を表に出さないことと関係しているのかは不明だが、翼は口数も少ない。こんなに喋る翼は珍しかった。
「翼、なんかあったのか?」
心配になりそう尋ねてみたが、翼は相変わらずの真顔で「別に」と一言で答えるだけだった。
続きます。
全4話構成です。