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此の国の神語  作者: 八枝
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「洞穴にて」





 思い起こす。

『お止しなさいませ』

 困ったように微笑む様も艶やかに、愁えげに告げる声すらも艶然と匂う。

 そして、緋の双眸はただただ優しく。

『伊吹の御神にはわたくしが取り成して差し上げます。お引き返しなさいませ。葛城の一言主様は力を奪われ屈服なさいましたが、伊吹の御神の神威は衰えておりませぬゆえ、その懐にある限りはあなたの身は守られます』

 秋の山は黄に紅に色づき、吹き抜ける風も涼を帯びて彼女のぬばたまの髪を揺らす。

 父祖たる伊吹の神の客人(まろうど)であるとだけ、そのときは知っていた。力を持て余して暴れ回る日々、それを理由に放逐されようとしていたときだ。

 無論、忠告など聞かなかった。






 洞穴。

 その奥底には外からの光など一切届かないが、彷徨う燐光がすべてを朧に浮かび上がらせる。

 大小様々の岩と石とが影を落とし、燐光はその影にも遊ぶ。

 ちろちろと流れる水に素足を浸して追想に耽る美丈夫が、ふと顔を上げた。

 煌めく魂が還って来るのに気付いたのだ。

 手を伸ばし、それを受け止める。

「もう戻って来たのか、虎熊」

 からかうように言えば、魂は不満げに明滅した。

 苦笑する。

「動きにくかった、か。そうであろうな、あのような木偶、それも出来損ないになど入っては」

 洞穴に豊かな声が響く。

「まあ、休め…………む?」

 魂が明滅する。

 美丈夫はその意図を確かに読み取り、秀麗な眉を顰めた。

「ふむ……健在なのか、荒水波は。まさかまだ俺を八岐大蛇の眷属と勘違いしているのではあるまいな?」

 また、魂が明滅する。

 美丈夫は呵々大笑した。

「違いない。そうでなくとも奴らの敵となるだけのことは、ああ、したとも。したともさ」

 貴族の姫をかどわかし、喰らい、すべてを常に正面から屈服させ、暴虐の限りを尽くしたものだ。

「ともあれ、休め。あれが魂を持って来てくれぬとなると、俺もまだまだここから動けん。茨木はどこへ行ったのかも分からんし、困ったものだ」

 やれやれと言いたげだが、浮かぶ笑みは太い。楽しくて仕方ないのを堪えているようだ。

 むしろ魂こそが、やれやれとばかりに大岩の陰に消えた。

 美丈夫は洞穴の天井を見上げる。

 人形を斬った娘の顔は先ほど伝わって来た。何とも凛々しく静かなまなざしで、堪らない。

「さて、今度俺を止めるのは誰だ。荒水波か、因縁の白鳥(しらとり)か。あるいは……これが(えにし)となるやもしれんな」





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