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旧 月光のサルヴァトーレ  作者: 天宮 悠
2章:レンジャー結成
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03

「十週年記念モデルの少数生産特別仕様品……わざわざこんなものまで見繕ってくれなくてもいいのに」


 レナは部屋のベッドの上で下着姿のまま座り込む。その手には、オスティアRM社製モデル700ボルトアクションライフルが握られていた。

 早朝ドアを叩く音で目覚め、開ければ目の前には息を切らせて身の丈程もある大きな箱を抱えてきた新兵らしきオスティア首都防衛隊の少年。その子が持ってきてくれたのが、この銃だ。


 確かに昨日貴族の男に渡した紙にはRM社のモデル700ライフルとしか書いていなかったが、普通こういう時はどこぞの銃砲店で売っているものを選択するだろう。しかし、レナの手に馴染むように収まったモデル700はRM社が創業十週年の記念として作られた型で、しかもその中でも極少数しか生産されず一部のマニアか博物館行きとなった特別なものだ。全ての部品が最高級品に取り換えられ、それが職人の手によって一つ一つ丁寧に組み上げられた至高の逸品。

 さすがのレナも、こんなものを送られて平常心を保ってはいられない。静かに、だが力強く鼓動する胸。そう、レナは興奮していた。今自分が触っているのは、紛れもなく銃の歴史に名を残す最高の品の一つ。


「なんというか……逆にもったいないわね」


 この至高の品もこれから泥に塗れ痛ましいほどの傷がつくのだと思うと、気が重くなる。ここまで来るともうこれは芸術品なのだ。決して人が使うものではない。


「まあ、そんなことも言ってられないか……」


 しぶしぶ内部部品の確認を済ませ、三箱分の新品の弾薬をポーチに入れるとレナは腰のホルスターに収まった拳銃へと視線を落とす。こちらも先ほど送られてきたものだが、ここへ来る前に一度整備されていた形跡があった。採用銃が切り替わってからずっと倉庫の中で埃を被っていたものだろうが、そう長い時は経っていないはずなので堅牢な軍用銃らしく確実に動作してくれるだろう。


「時間は……おっと」


 ちょうど時計を見ようとしたところで、ドアがノックされる。

 レナの部屋にやって来そうな者はおおよそ予想が付いているので、立ち上がらずに返事だけを返す。


「開いてるよ」

「そろそろ時間だけどだいじょ――うぇあ!?」


 ドアを開けると同時に部屋に飛び込んできた帽子の魔女――ユリアナ・H・グリント、ユーはレナの姿を見るやいなや体を反転させる。だが出ていこうにもドアはもう閉まっていて、ユーはドアに顔をぶつけてしまう。


「ちょちょ、なんでそんな格好……」

「女同士だし別にいいでしょ」


 上下共に下着だけしか身に着けていないのは確かだが、レナとユーは同性だ。何を恥じる必要があるのだ、とレナは首を傾げる。


「あんたねぇ、いくら同じ女だからってもうちょっとさ……」


 いくらかは平静を取り戻したユーは咳払いしながらレナの隣に腰を下ろす。と、


「ん? そのペンダント……」


 ユーの視線は、レナの首元から吊るされた青い涙石に注がれた。

 涙石とは、その名の通り涙の雫ような形をした宝石だ。だがこれは鉱物ではなく、地脈に流れる自然の魔力と周辺にいる精霊の力が上手く混ざり合い固形化したものであり、これ自体が魔力の結晶なのである。それ故に希少で、普通の市場に出回ることはまずない。身分の高い者しか参加できないような競売に出されるか、あとは魔法使いが触媒として確保しているのがほとんどだろう。


 これをレナに渡した主である父がなぜ持っていたのかは分からないが、この半分に割れた涙石もまたレナにとっては数少ない大切なものの一つなのだ。これはなによりも、顔も知らぬ妹との唯一の繋がりなのだから。


「ああこれ? まあ、お守りみたいなものかな」

「半分だけのが? 逆に不吉じゃない?」

「あはは……どうだろうね。もう半分は妹が持ってるはずよ」

「妹さんがいるの!?」


 新しいレナの話題にユーは興味ありげに食いついた。これからしばらく共に過ごすのだし、ある程度は打ち解けたほうがいいだろうとレナは作業をしながら口を開く。


「うん。と言っても顔どころか名前も知らないけど」

「え? それって……」

「村に来たばかりの頃……私が四つの時はまだ私と父さんと母さんの三人だった。その時にはもう母さんのお腹には赤ちゃんがいたんだって。けれど一年も経たない内に大きな戦いが起きて……呼ばれて母さんはしかたなく私達を置いて身籠ったまま戦場に出たの。父さんが言うにはそれからしばらくして……そう、たしかここ。シュテルンで生まれたって聞いたけど、結局私が妹に会うことはなかったね」


 伏し目がちにレナが言うと、ユーはしまったと眉をひそめた。聞いてはならないことというわけではないし、何より自分から言い出したことなのだ。とユーに片目を瞑って気にするなとレナは笑う。


「あ、ごめん……」

「いいよいいよ、地雷ってわけじゃないから。まあとにかく、母さんが去ってから二年間は父さんと二人で過ごしてた。神様とか剣のお話は退屈だったけど……悪い時間じゃなかったわ。それだけは確かよ」

「妹さんには……会いたくないの?」


 遠慮がちにユーが言う。気にするなとは言われても、こういう話題で気まずくならないほうがおかしいか。レナもなんとか明るい話に持って行こうと考えを巡らせるが、人を笑わせるほどの話が思いつかないことに自分を嘲笑する。それだけ話題性もない狭い場所で暮らしてきたということだろう。


「まさか。でも、あの時父さんは母さんのお家の方で揉めてたらしくて、首都に入るのは難しかったみたい。だから二年間はずっと私の面倒を見てくれてたのよ。きっと……母さんのところに行きたかったでしょうにね」

「でも、それも二年だけ……なんだよね?」

「うん、そだね。ちょうど父さんと過ごして二年になる時に、首都から母さんが失踪したって報告が来てさ。さすがにそんなこと言われたら、父さんも見て見ぬふりは出来なかったみたいで……父さんは母さんを探しに行った。それからはずっと村のおじさんと暮らしてたね。もう十二年くらいかな」


 そこまで言ってレナが口を閉ざすと、ユーは何かを察したように口元に手を当て目を見開いた。


「ごめんなさい、やっぱり私……」

「いいって、聞かれたくないなら私言わないよ。んん、でも辛気臭くなったね。時間もおしてるし、さっさと準備済ませちゃおう」


 レナは立ち上がると、昨日の内に支度していたレンジャーの戦闘服に袖を通す。律儀に背を向けて着替えを見ないでくれているユーにくすりと笑いながら、服の性能を確かめるようにレナは上から下まで触りながら確認する。


 上着は小物を収納するポケットが内側と腕に胸それぞれ数個ついていて、生地は保温性と通気性の両方に優れ丈夫で破れにくい。膝のあたりまで丈がある黒いロングジャケットも、魔物の血避け効果と強靭な爪や牙から着用者を守るために特殊な素材で出来ている。どちらも対魔物戦を重視したもので銃弾には無力だが、こればかりは対応する分野が違うので仕方ないだろう。

 そして、あの覚醒者を相手にするのならば通常の装備よりはこちらの方が合っているはずだ。あれは人ではなく、ただの獣なのだから。それも、血に飢えた。


「じゃあ行こうか」

「お? おお! かっこいい!」


 何故か拍手されながら褒められ、レナは目を逸らしながら頬を掻く。


「いや、別に……それになんか下がスカートでかっこつかないし。レンジャーの戦闘服って男女共ズボンだった気がするんだけど……」


 そこまで言って、貴族の男の顔が頭に浮かんできた。女の子らしい格好をしなさいとか、そんなことを言いそうな感じである。まだそんなに知っていないはずなのに、なぜだかそんな感じがした。

 ともあれ送られてきた以上はこれを付けるしかない。レンジャーはその性質上私服でも言いらしいが、街に入るときや国境を超える時には見える形で制服を着ている人間がいたほうがいいだろう。どうせ魔女たちやエドガーはこれを着ないだろうし。


「でもスカートの方が可愛いよ? レナスタイルいいしさ」

「褒めても何も出ないぞー。それに森に素足晒して歩くの怖いし」

「私のニーソ借りる? 予備あるし」

「おお、助かる」


 ユーから予備のニーソックスを貰い、それを手早く履く。あとはベルトに例の細剣と短剣、そして拳銃の入ったホルスターと道具が入ったポーチを取り付けて準備は完了だ。

 モデル700ライフルはスリングを使って背負い、他に持っていくものを忘れていないか確認する。恐らく、もうここには戻ってこないから。


「じゃあ、行こうか。ユー」

「ええ、レナ」


 部屋を見渡す。もう二度と帰ってこない。この景色に別れを告げるように。

 レナは一瞬目を細めると、背中を向け部屋を後にした。

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