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旧 月光のサルヴァトーレ  作者: 天宮 悠
5章:死にたがりの狂戦士
19/106

03

 深く底の見えぬ穴を恐る恐るユーは覗きこむ。しかしその先にあるのは、どこまでも深く光のない闇だ。


「それ以上体重をかけると崩れてしまうかもしれないよ。心苦しいが我々では何もできないな。ここは彼女たちが無事に戻ってきてくれることを祈ろう」


 背後からかけられた声にびくりと肩を震わせてから、ユーは息を吐いて穴に背を向けた。

 目の前にはレナと同じ髪の色をした――というよりレナをもう少し大人にしたらこんな感じになるだろうかと、そんな風貌の女性が手を差し出してくる。


「あ、ありがと……」


 その手を取って段差から飛び降りると、ユーはベレー帽を深めに被ってなるべく女性と目を合わせないようにしながらアティの元へと戻る。


「どうですユーさん?」

「駄目ね、暗くてここからじゃ底が見えない。無事だといいんだけど……」


 気持ちを表すように力なく垂れる白髮。アティは心底レナの安否が心配なのだろう、ぎゅっとスカートの裾を両手で掴んで顔を伏せる。


「まさか敵の大将と一緒に落ちちまうとはなぁ……まあレナ嬢でよかったというべきか。いんやしっかし、妙なことになっちまったな」


 顎髭を擦るルークも困惑した様子だ。その視線の先には、薄金色の髪をした女性――エルザと、地面に突き立てた漆黒の剣の刀身に縄で括りつけられたリーシャという少女。

 そう、この二人は覚醒者の仲間であり、ユー達が戦っていた相手でもある。

 それがなぜこうなったかといえば、まあレナ達が穴に落ちていったというのもあるが、リーシャが放った一撃で森が危うく焼失しかけたのをエルザとともになんとか消火し、その時に結んだ一時休戦協定がいまだ有効だからというわけだ。双方の頭がいない状況では手の出しようがないというのもある。


「ちょっと! 敵と馴れ合うつもりはないわよ! てかほどけこらぁ!」

「うっさいわねまな板! 黙ってなさいよ!」

「まな板にまな板って言われたくないわよ! ばーかばーか!」

「アンタよりはあるわよ! そのまま穴に落っことしてやろうか放火魔!」


 ついにユーはリーシャに煽られ互いの貧相な胸で喧嘩を始める。その横で呆れるエルザとルークは、顔を見合わせた後で深い溜息をついた。


「いやすまないね、もう少し聞き分けのある子だと思ったのだが」

「いやいやこっちこそ。貧乳がうるさくてすまん」


 深々と頭を下げるルーク。エルザは立てかけた狩猟銃の横で木にもたれると、腕を組んで空を見上げた。まだ月が空を照らし、朝日が登るのは後数時間後といったところだろう。


「あんたは随分落ち着いてるな。見たところリザ嬢と大して歳変わらんだろ」

「リザ……ああ、あの白い魔女か。まああれだよ、長いことこういう暮らしをしていると嫌でも処世の術が身につくというものさ」

「だからこうして休戦ってわけ。傭兵なんでしょ? さっさと逃げちゃえばいいのに。義理立てするほどあの子達と仲いいわけでもないでしょ」


 横から顔を出したリザは、まだエルザに気を許していないらしい。いくら一番脅威となる狩猟銃をレナに破損させられたとはいえ、その戦闘スキルはレナと同等。リザ達全員を相手に勝利するのは無理だろうが、自分一人で逃げるくらいは簡単にできそうなものである。

 しかしエルザはそうせずに、リーシャを助けルーク達に一時休戦を申し出た。おかげでまだやる気だったリーシャはリザ達に袋叩きに合うこともなく、広がる火の手をいち早く片付けることにも成功したのだが。


「はは、手厳しいな。まあ私も金で動く雇われであることに変わりはないさ。しかし心まで腐らせた覚えはないのでね、これでも人としてそれなりの矜持は持ち合わせているつもりだよ」

「ふぅん、理解し難いわね。仲がいい人ならともかく、出会ったばっかりのやつにそこまでするなんて」

「これでも人を見る目はあるつもりでね。あの子は悪い子ではないよ」

「なんだぁリザ嬢、やけにとっつくな?」

「別に。まあいいわよ、戦わないならそれが一番だわ」


 それだけ言うと、リザも木に寄り添って腰を下ろした。ユー達もそれに習ってリザの側に座ると、遠くにリーシャだけを残してそこで暖を取ることにする。


「どうもこの辺りは魔物が多いようだね。まあ火があれば獣の類は寄ってこないし、君達を狙ったオークも私の銃声であと数日はここに来ることもないだろうさ。彼らは愚かだが本能に忠実だ。危険とみればやっては来ない」

「はは、本当にレナ嬢みたいだな。外見もだが雰囲気が似てるっつーか。なんか姉妹みたいだ」

「私があの子と? そんなものかね。はは、まあ妹が生きていれば今頃あの子と同じくらいか……そう考えると確かにまあ、悪いものではないかな」


 エルザはどこか遠く、ここにはいない者を見つめるように目を細め、ルークから受け取ったコーヒーに一度口をつける。


「あ……妹さん、亡くなっちゃって」


 話に耳を傾けていたアティの顔が沈む。小さな手が握るマグカップの中に入ったコーヒーが、彼女の心情を表すかのように不規則に揺れ動いた。


「君は、他人のことなのにそんな顔をしてくれるんだね。優しい子だ。大丈夫さ、確かに後悔は無いとはいえないが、もう随分と前の話だからね。心の傷というものはある程度は時が癒やしてくれる。まあ、それでも忘れることはできないだろうがね」

「妹さんはその……病気か何か、で?」


 控えめにアティが尋ねる。すると、エルザは軽く首を横に振って空に浮かぶ月を眺めながら口を開いた。


「いや、私も実際どんなものだったのかはよくわからないんだ。……私の父は聖職者でね、しきたりだのなんだのとうるさくて、当時の私はよく喧嘩したものさ。同じ道を行くのはまっぴらだと、ちょうどその辺りの時から銃に手を出してね。あの時も、言いつけを無視して山に狩りに行っていた。そして帰ってみれば、今朝まで村だったところは一つまるごと瓦礫の山さ。だから何が起こったのかは詳しくは知らないし、村は今もオスティア軍が封鎖している。ただひとつ私に知らされたのは、私以外の村人は全員死んだという事実だけ。それだけのことさ。腑に落ちんところはいくつもあるがね。……っと、すまない。私の身の上話などつまらないね」


「い、いえ。そんなことないです……でも、それじゃあエルザさんが可哀想で」

「ふふ、それは君が気にすることではないよ。本当に優しい子だね、君は」


 そっとエルザがアティの頭を撫でる。まるで悲しみに沈む妹を慰める姉のように。


「やっぱりみんな……そういうのがあるんだよね」


 と、そこでユーが両膝を抱えてその間に顔を埋めながら呟いた。


「みんな苦労して、大変な目にあって……私にはそういうのないから」

「ないならそれでいいじゃないか。重荷は好んで背負うものではないし、それは望むものではないさ」

「でも! みんながそうなのに自分だけとか、そういうのは……」

「なんだぁ? そんなの気にしてんのかよ。お前さんくらいの歳じゃそんな経験ある方が珍しいんだっての。この金髪の嬢ちゃんや俺らの周りがおかしいだけだ。気にすることなんてねぇぜ。嬢ちゃんはまだ先も長いんだしな。そんなことより胸の成長を気にしろよなー」

「なぁ!? そこ関係ない! そこ関係ないでしょ!」


 間に入ったルークのおかげで、僅かだが場に活気が戻った。それを見越しての発言だろうか、やはりなんだかんだと言ってもルークは大人なのだ。

 一部不貞腐れたリザや少し気落ち気味のアティもいるが、少なくとも今この瞬間だけは敵だ味方だとそんなことを問わずに打ち解けられている。


 そんなやり取りが一時間ほど続き、皆が談笑する光景を目にしながら、静まり返った森の片隅でルーク達に羨望の眼差しを向ける者が約三人。


「あぅ……」

「いうな、何も言うなエイラ。俺たちはジャンケンに負けた。負けちまったんだ」


 自分に言い聞かせるようにエドガーは手に持ったスープに必死に息を吹きかけていた。それもこれも、目の前で特大剣に縛られた少女がすさまじいまでの猫舌なのが原因である。


「これくらいでいいか?」

「まだ湯気立ってるじゃない!」

「おまっ!? 限度があるだろ! どんだけ猫舌なんだよ!」


 体を縛る縄がなければ今にでも飛びかかってきそうな紺色の髪の快活そうな少女、リーシャ・プロッティは先程までルーク達が戦っていた敵の一人。しかしコントロール出来ない魔法を使用し自滅した挙句、休戦を呼びかけた彼女の仲間のエルザと共にルーク達が消火活動をし、それが終わった際にいきなり切りかかってきたせいでこうしてエルザに拘束されている。


 そしてさすがに可哀想だからと、食事をあげる者をジャンケンで選ぶことになりこうしてエドガーとエイラがその任についているというわけだ。リーシャは呼び出した岩漿の熱で軽度だが火傷をしているし、治癒の魔法を使えるエイラはどの道こちらがわに来ることにはなっていただろうが。


「ん……治療はもういい。魔女の魔法も使うと疲れるんでしょ」

「え……で、でもまだ完全には」


 狼狽するエイラにはっきりと拒絶を示すように、リーシャは首を横に振る。


「いいのよ。敵をこれ以上助ける義理はないでしょ。トーリャ達が戻ってくればまた私たちは敵同士。力を敵のために使うなんて馬鹿げてるもの」

「でも……」

「優しいのね。でもそんなんじゃいずれ死ぬわよ。あんた達自分が何を追っているか――むぐぅ!? あっつぅい!? あつ!? ちょっと! やめ――」


 深刻な顔だったリーシャの表情は一瞬の内に面白おかしく変貌する。それもそのはずだ、エドガーがまだ熱の冷めないスープをすくったスプーンの先をリーシャの口に無理矢理突っ込んだのだから。


「うっせぇな。俺だって敵と馴れ合いはごめんだ。だがこっちもレナが穴に落ちちまった以上移動もできねぇ。状況はそっちも同じ。このままやりあえば俺らが数で勝てる。そこを見逃してやってる上に食料までくれてやってんだから文句言うんじゃねぇ」


「ばっ――わかっ、わかったから待って! もうちょっと冷まし……熱い! え、エルザ! エルザー! 拷問されてる! 私拷問されてる! 助けて! 助けてぇー!」

「ばっかお前大声出すんじゃねぇよ! またオークが来たらどうすんだ!」

「~~~~ッ!?」


 つい、底のほうで熱を持ったままのスープをすくい上げてリーシャの口に突っ込んでしまう。当然のように悶絶したリーシャはスプーンを加えたまま動かなくなり、再び頭が動いたのはそれから五分後の事だった。

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